聖書通読クラブ Week 38

聖書通読クラブ Week 38

Spread the love

シャローム!

今週の通読はホセア書に入ります。この書を開いてまず驚くのは、神がホセアに「語れ」ではなく「結婚せよ」と命じたことです。ホセアの人生そのものが、神のメッセージとなった——そのような書物は他にありません。

このホセアとはどのような人物なのでしょうか。ホセアは紀元前8世紀、北イスラエル王国が繁栄から滅亡へと向かう時代の人物です。表面的には豊かなのに、バアル礼拝や混合宗教が深く蔓延し、霊的には荒廃しきっていた時代です。そこに神は、ホセアを預言者として立てられました。しかしその召命の形が型破りでした。

「行って、淫行の女を妻にせよ」(1:2)

ホセアはゴメルという女性と結婚します。しかし彼女は子を産みながら、次々と他の男のもとへ去っていった。やがて奴隷として売られたゴメルを、ホセアは自ら代価を払って買い戻します(3章)。この結婚生活そのものが、神とイスラエルの関係の生きた比喩でした。

ホセア書のポイントは以下の3つにまとめられます。

① 感情的に揺さぶられる神(11:8)

「エフライムよ、あなたをどうして引き渡すことができようか。…わたしの心はわたしのうちで沸き返り、わたしはあわれみで胸が熱くなっている」

これは冷静な契約者の言葉ではありません。怒りながらも、愛することをやめられない神の姿です。ホセア書の神は、私たちの想像よりずっと感情的に私たちを愛しておられるお方です。

② 「知る」とはどういうことか(6:6)

「わたしは誠実を喜ぶが、いけにえは喜ばない。全焼のいけにえより、むしろ神を知ることを喜ぶ」

ここでの「知る」はヘブライ語で「ヤーダ」です。頭の知識ではなく、夫婦が互いを知るような親密な関係的知識です。神が求めておられるのは宗教的パフォーマンスではなく、深い関係そのものだということです。イエスがマタイ9:13でこの箇所を引用されたのも、偶然ではありません。

荒野が望みの門に変わる(2:14-15)

「それゆえ、見よ。わたしは彼女をくどいて荒野に連れて行き、優しく彼女に語ろう。わたしはその所を彼女のためにぶどう畑にし、アコルの谷を望みの門としよう。彼女が若かった日のように、彼女がエジプトの国から上って来たときのように、彼女はその所で答えよう」

アコルの谷はヨシュア記7章に出てくる「呪われた場所」です。しかし神はその呪われた場所を「望みの門」に変えると言われます。神は最も痛みの深い場所から、回復を始められるお方です。

このホセア書をイエス様の十字架を通して見ると、何が見えてくるでしょうか。十字架を通して見ると、ホセアがゴメルを買い戻した場面は、十字架の先取りとして読めます。神は私たちを、ホセアがゴメルを買い戻したように、代価を払って取り戻してくださいました。しかしその代価は銀と大麦ではなく、御子のいのちそのものでした(Ⅰコリント6:20)。
そして特筆すべきはこの箇所です。

「主は二日の後、私たちを生き返らせ、三日目に私たちを立ち上がらせる。私たちは、御前に生きるのだ。」

(6:2)

パウロが「キリストは三日目によみがえられた」と語るとき(Ⅰコリント15:4)、この箇所が背景にあると言われています。ホセアはすでに、復活の朝を見ていたのかもしれません。

私たちは神から離れてしまっていないでしょうか。ホセアがゴメルを追いかけたように、神はあなたを追いかけておられます。裁きの荒野でさえ、神は「あなたの心に語りかける」(2:14)と言われます。神の愛は、私たちが思うよりも深く、どこまでも私たちを追いかけてくださる愛です。今週もみことばと共に歩みましょう。

【今週の通読】
●Day 262:ダニエル書 7章-9章
●Day 263:ダニエル書 10章-12章
●Day 264:ホセア書 1章-4章
●Day 265:ホセア書 5章-7章
●Day 266:ホセア書 8章-10章
●Day 267:ホセア書 11章-14章
●Day 268:ヨエル書 1章-3章

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です