聖書通読クラブ Day 263

聖書通読クラブ Day 263【ダニエル書 10章-12章】

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シャローム!

今日でダニエル書のつうどくは終わります。11章は非常に長く、まるで歴史の授業のようになってしまいましたが、大変興味深い内容になっていると思います。
私たちはダニエルから何を学んだのでしょうか。私は彼の生き方、信仰、そして人格を教えられました。私の最終目標はイエス様ですが、その手前にいるダニエルをめざし、そしてイエス様に到達したいと願っています。
ダニエル書の最後を、共に通読していきましょう。

今日の通読箇所:ダニエル書 10章-12章

■アウトライン

●みことばを伝えるために:10章
  ・真実な一つのことば:1節
  ・ダニエルだけが見た幻:2-9節
  ・交代する御使い:10-14節
  ・くちびるに触れる:15-17節
  ・立ち向かう者はひとりもいない:18-21節

●反キリスト:11章
  ・ひとりの勇敢な王:1-6節
  ・女の根からの一つの芽:7-9節
  ・北の王と南の王:10-19節
  ・終わりは定めの時にかかっている:20-28節
  ・荒らす忌むべきものを据える:29-35節
  ・自分を大きいものとする:36-39節
  ・時に彼の終わりが来る:40-45節

●休みに入れ:12章
  ・ミカエルが立ち上がる:1-4節
  ・終わりまで歩み休みに入れ:5-13節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【10章】みことばを伝えるために

・真実な一つのことば:1節
ペルシャのクロス王の第三年の出来事です。おそらく、ダニエルは90歳近くの年齢になっています。彼は民と共にエルサレムに帰還せず、バビロンに留まっていました。その時に主からの幻がありました。それを書き記さなければなりません。「真実な一つのことば、大きな戦い」です。

・ダニエルだけが見た幻:2-9節
ダニエルは三週間、喪に服しています。おそらく、帰還民たちからの知らせで、エルサレムの荒廃が想像以上だったのを聞いたのかもしれません。ネヘミヤも同様にエルサレムの惨状を聞いて泣いて祈っています。神からの希望と励ましの幻、みことばを受け取っていますが、やはり現状を見ると心が揺さぶられます。
この幻を受けた日付は第一の月の24日となっています。過越の祭のすぐ後です。過越の祭は出エジプトが起源となっている祭りです。そして、彼らは第二の出エジプトを経験しました。多くの民はバビロンからエルサレムに戻っていますが、ダニエルは残ってティグリス川にいました。どのような気持ちでこのシーズンを過ごしていたのでしょうか。
5節からは、ダニエルが幻を見ます。しかし、他の人は見えていません。しかし、周りの人は見えないけれども震え上がって逃げています。まるでパウロがダマスコの途上でイエス様に出会ったときのようです。この箇所を読んで、黙示録1:13-16を見てみてください。ここに書かれている人物はイエス様であると言うことがわかるでしょう。
しかし、中にはミカエルが助けに来ているのでイエス様ではないと言う人もいます。全能の神であるイエス様が堕落した天使の抵抗に打ち勝てないはずが無いと考えるからです。
とにかく、ダニエルはその幻を見て衝撃を受けました。使徒ヨハネもまた、主からの啓示を受けたときに倒れてしまいました。主のあまりの聖さに私たちの肉体が耐えられないのです。ですから、神の子として生きるなら、キリストによって自我が殺され、キリスト共に復活することが必要です。そうしてはじめて、主と交わることができます。みことばを通して、神との親しい交わりを続けていきましょう。

・交代する御使い:10-14節
ダニエルは神に愛されている人です。御使いもそのことを証ししています。この愛の関係の中で主は御使いを通して、奥義をダニエルに語られます。ダニエルは恐れを持って、震えながら立ち上がっています。そして12節に注目してください。大きな励ましがあります。ダニエルが祈り始めた時から、ダニエルの祈りは聞かれていたというのです。私たちは祈るとき、すぐに主からの応えが来ないときに失望してしまいます。全ての事に時があります。主の時を待つ忍耐が必要です。そして、私は祈りの生活の中で100%祈りが聞かれる秘訣を主から教えていただきました。それは、祈りが聞かれるまで祈り続けると言うことです。ルカの18章では祈りについて様々なたとえがありますが、その共通項はしつこさです。祈り始めた時から祈りは聞かれていると言うことを覚えて、祈り続けましょう。
そして、ここでは御使いが後退している様子が書かれています。ここで語っているのは「私」と書かれているので、イエス様では無く御使いでは無いかと思います。おそらくガブリエルです。ガブリエルの働きはメッセンジャーです。神のことばを告げる役目があります。主のことばを持ってダニエルの所に行こうとした所、ペルシャの霊性がガブリエルを21日間引き止めました。そこにミカエルが応援に来てくれました。ミカエルは戦いの御使いです。それで、御使いが交代し、ミカエルがペルシヤに対応し、ガブリエルは本来の働きであるメッセージをダニエルの所に伝えに来たのです。それで、本来よりも少し遅れて主のことばがダニエルに届きました。

・くちびるに触れる:15-17節
ダニエルはこれらのことばを聞いているとき、うつむいていました。その時、人のような姿をした方がダニエルの唇に触れます。それでようやくことばを発することができるようになりました。

・立ち向かう者はひとりもいない:18-21節
そして、御使いはさらにダニエルを励まします。「特別に愛されている人よ、恐れるな。安心せよ。強くあれ。強くあれ。」と。それで、ダニエルは主のことばを聞く準備ができました。誰でも、たとえ牧舎で会ってもこのような励ましを必要とすることがあるでしょう。おべっかを使って心にも無いことを言って持ち上げる必要はありませんが、心の素直な感動を感謝を持って牧者に伝える機会があってもいいのではないでしょうか。
ダニエルにメッセージを伝えたガブリエルは再びペルシヤの君と戦うために戻っていきます。次にはギリシャの君と野戦いが待っています。その様な中でも、本当に必要なみことばを伝えるために、主は御使いを送ってくださることがあります。主から語られたみことばがあるなら、それを何度も朗読し、吟味し、主の心を受け取ることができるように祈り求めましょう。

【11章】反キリスト

・ひとりの勇敢な王:1-6節
私たちは旧約聖書を全て過去のこととして読んでいますが、ダニエルはこの歴史のまっただ中に生かされていました。ここからはダニエルから二世紀ほど後に起こる出来事を幻で受けています。私たちは全てが過去のことなのでよくわかりますが、ダニエルの状況を考えると、よくこれほど詳細な、まるでそれを見たかのように詳しく書くことができたなと感心します。これこそ、神が見せられた幻だと歴史が証明しているでしょう。
冒頭の「私」とは10章の御使いです。御使いはメディヤ人ダレイオスを強めます。彼はバビロンの崩壊後、王になった人物です。
ここからが正に、ダニエルにとって未来の話になります。これから起こることです。この三人の王はカンビュセス、スメルディス、ダレイオスです。第四のものはこのダレイオスの息子、クセルクスです。彼はエステル記に登場します。
3節の勇敢な王とはアレクサンダー大王です。彼は大きな権力をもって治め、思いのままにふるまいます。アレクサンダー大王は当時の世界を制覇します。このまま勢いを伸ばし続けるかと思いましたが、32歳という若さでこの世を去ります。それで、四人の王に国が分割されます。彼の息子も殺されたので、総督同士の権力争いが始まります。それで、彼の国は根こそぎにされます。
5節から20節までは昨日もお伝えしたアンティオコス・エピファネスに至るまでのプトレマイオス朝とセレウコス朝の戦いが描かれています。
南の王はプトレマイオスです。その軍の長の一人はセレウコス一世です。初代セレウコス朝の王です。その後、セレウコス一世はバビロンにいるもう一人の総督アンティノゴスに攻められます。それでセレウコスはプトレマイオスに助けを求め、共にアンティノゴスと戦います。それでアンティノゴスに勝利し、バビロンに戻ります。その後セレウコス一世は勢力を増します。
6節では何年か経ってとあります。プトレマイオス一世は死にます。息子のプトレマイオス二世が治めます。セレウコスも殺されます。そして息子のアンティオコス一世が王となります。その後、セレウコスの息子アンティオコス二世が王となります。
このアンティオコス二世とプトレマイオス二世は犬猿の仲でした。それをなんとか打開したいと考えたのが政略結婚での同盟です。プトレマイオス二世の娘ベルニケをアンティオコス二世に与えました。
しかし問題になったのがアンティオコス二世の元妻です。プトレマイオス二世が娘のベルニケをアンティオコス二世に与えるときの条件として、元妻と離縁するように命じ、そうしたのです。
ところがプトレマイオス二世が数年後にこの世を去ります。そこでアンティオコス二世は元妻とよりを戻しました。ところが元妻のラオディケは離縁された恨みを一気に晴らします。新しい妻ベルニケが生んだ全ての赤子を殺してしまうのです。「この女と、彼女を連れてきた者」「彼女を力づけた者」が死に渡されると書いてあるとおりです。彼女を連れてきた者はアンティオコス二世、力づけた者は赤ちゃん、彼女を生んだ者は父のプトレマイオス二世です。つまり、彼の死が多くの死をもたらしました。

・女の根からの一つの芽:7-9節
ここでの「女の根」とはプトレマイオス二世です。芽とはベルニケの兄弟であるプトレマイオス三世です。彼がセレウコス二世に対して戦いを挑み、大勝利をおさめます。シリアの地から多くの偶像を分捕り物とします。金は実に四万タラントも運び去ったそうです。
その後、セレウコス二世はエジプトに攻め入ります。9節に「南の王の国に侵入した」とあるとおりです。

・北の王と南の王:10-19節
ここからまた新しい世代です。アンティオコス三世とセレウコス三世です。しかし、セレウコス三世はすぐに戦死してしまいます。
アンティオコス三世はプトレマイオス四世に戦争を仕掛けます。プトレマイオス四世は国を治める事を怠け気味だったようで、国内が混乱している隙を狙って攻め入られます。そしてシリアに至るまでを支配します。それでユダヤ人の住む所までシリヤの影響が及びます。
プトレマイオス4世はアンティオコス三世と共にエジプトと戦います。場所はエジプトとイスラエルの国境辺りで戦います。結果はエジプトの勝利です。お互いの軍隊は七万人を超えていました。みことばに「数万人を倒す」と書かれてあります。また、エジプトはアンティオコス三世を負いませんでした。「勝利を得ない」とみことばに書かれているとおりです。
13節、アンティオコス三世はしばらくエジプトから撤退します。その間に経済を蓄えます。プトレマイオス四世が死に、その息子のプトレマイオス五世が即位します。年齢はなんと5歳です。それを見たアンティオコス三世は大規模な軍をエジプトに派遣します。
14節、エジプトに敵対するのはシリアだけで無くギリシャもそうでした、「あなたの民の暴徒」と書かれているのがそれです。この時、ユダヤ人もアンティオコス三世に協力してエジプトに反抗しました。
15節、アンティオコス三世はエジプトの将軍をシドンにて降伏させました。「城壁のある町」はシドンです。「精鋭たち」は将軍を救おうとした特殊部隊ですが、作戦は失敗しました。
16節、アンティオコス三世がエルサレムに来て、ユダヤ人に好意を示します。自分の戦いに加わってくれたからです。しかし、時を同じくしてイスラエルはシリアの影響下に置かれます。そして、その後、アンティオコス四世、別名アンティオコス・エピファネスがこの地を踏みにじります。
17節、アンティオコス三世は当時、まだ七歳だったプトレマイオス五世エピファネスに自分の娘、クレオパトラを妻として与えます。(これは絶世の美女と呼ばれたクレオパトラとは別人です)それによってエジプトに入り込み、シリアの影響力を拡大しようと考えました。「その国を滅ぼそうとする」というのがそれです。ところがクレオパトラは父の意向を無視して、夫のプトレマイオス五世エピファネスの側についてしまいます。
18節、そこで彼は地中海の島々に目を向けます。ローマの将軍が彼に「あなたがたローマにはアジアのことはわからないでしょう」とあしらいましたが、後にギリシャの戦いでこの将軍に敗れてしまいました。「かえってその侮辱を彼の上に返す」とあるとおりです。
19節、ついにアンティオコス三世の生涯に終わりが来ます。エラム州の宮を攻略しようとしたときに殺されます。彼は欲を出して地中海に進軍しなければもう少し長生きできたかも知れません。彼の中の欲望、高ぶりが彼に死を招きました。
20節、アンティオコス三世の息子セレウコス四世が王となります。この時はローマが勢力を持っています。シリアに対して年に一線タラントの貢ぎものが必要でした。そのことでイスラエルにもとばっちりが来て、重税が課せられます。しかし、その間にセレウコス四世が毒殺されます。みことばに「怒りにも戦いにもよらず滅ぼされる」とあるとおりです。

・終わりは定めの時にかかっている:20-28節
セレウコス朝は次の後継者がいませんでしたが、そこで出てきたのがアンティオコス四世エピファネスです。ここから35節までが彼の物語です。今ではいわば前置きです。この王が出てくるまでの序章でした。彼が本丸です。
アンティオコス四世は卑劣で狡猾、打算的で裏切り者です。どこまでも権力を追い求め、人を人とも思わぬ者でした。また、彼は非常に口が達者だったようです。魅力的なことばで人々を引きつけます。彼は平和に物事を進めていましたが、突如として権力を振りかざします。それを「不意にやってきた」と表現しています。
このアンティオコス四世は反キリストのひながたです。最初は平和的に人々を引きつけますが、いざ自分に権力が集まったと判断すると手のひらを返したような横暴さが出てきます。
また、彼の特長は極度なまでの反ユダヤ主義です。彼はヘレニズムを心から愛していました。
このアンティオコス四世は死んでしまったセレウコス・フィロパトルの弟になります。フィロパトルが死んだとき、跡継ぎは息子のデメトリオスになるはずでした。しかし、デメトリオスはローマに人質として拘束されます。また、もう一人の息子はまだ幼子でしたがシリアにいました。アンティオコス四世はそのような隙を突いて、ことば巧みにあれよあれよという間にセレウコス朝の王座を獲得してしまったのです。そして、秘密裏に赤ん坊のアンティオコスは殺されます。
22節、エジプトから次々と送られる軍勢にアンティオコス四世は勝利を重ねます。「契約の君主」とありますが、大祭司オニアス三世がこれです。彼は殺されますがその後、一気にイスラエルのヘレニズム化が加速します。
23節、自分につく者が少ししかいないのにもかかわらず、同盟によって勢力を得ています。彼は巧妙にこれを進め、特にエジプトに対してこれを行います。エジプトの王はプトレマイオス6世です。彼はアンティオコス4世の甥です。アンティオコス三世の娘、クレオパトラが生んだ息子です。彼は幼かったので後見人がいましたが、アンティオコス四世は自分があたかもプトレマイオス六世の後見人のように振る舞ってアレキサンドリア以外の地域を掌握するに至ります。
24節、「州の肥沃な地域」はエジプトです。アンティオコス四世は自分に追従する者たちにかすめ奪ったものを分け与え、そのようにして支持者を増やしました。このようにエジプトの「要害を攻め」ますが、「時が来るまで」とあります。神の時が来たら止められます。
25節、エジプト人たちはアンティオコス四世のもう一人の甥、プトレマイオス8世を王に立てます。それでアンティオコス四世は大規模な遠征に出ます。そしてアンティオコス四世が勝ちます。ここでもアンティオコス四世の狡猾さが出ます。表向きはエジプトと友好関係を持っているように見せかけていますが、実はエジプトを掌握していました。
そのことが27節に書かれています。二人の王が一つの食卓に着いています。しかし腹の内はお互い違っていました。しかし、彼は成功しません。神の定められた時があります。
いよいよアンティオコス四世の本心が出てきます。ついに激しいユダヤ人の迫害、そして神殿荒らしが始まります。この戦いの後「自分の国に帰っていく」最中にエルサレムに立ち寄り、多くの人を殺し、捕虜にし、奴隷として売り飛ばしました。そして、聖所の中の聖なる器具を盗みます。

・荒らす忌むべきものを据える:29-35節
アンティオコス四世は力を蓄えて再び二回目のエジプト遠征に行きます。しかしこの時、エジプトはローマに助けを求めます。勝利目前だったアンティオコス四世はローマの介入で勝利できず、非常にむしゃくしゃしながら自分の国に帰る途中、上にあるようにユダヤ人を迫害し神殿を破壊します。
そして31節、ここに「荒らす忌むべきもの」が出てきます。アンティオコス四世であり、終わりの時代の反キリストです。黙示録において反キリストは聖所の中に入り、自分が神であると宣言し、偽預言者が彼の像を作りそれを拝ませます。そして、その像がしゃべるようにさせます。アンティオコス四世はこの時、神殿を破壊しただけでは無く、汚れた動物である豚の血を神殿にまき散らし、神殿の中に沢山のゼウス像を立てました。
ユダヤ人は律法を読むことが禁止されました。その他安息日を守ること、いけにえをささげることなどが禁止されました。悪の力の目的はいつも礼拝をさせないようにすることです。
32節、ユダヤ人はここで二分されます。アンティオコス四世に従う背信者と、硬くたって神に従い続ける者です。その代表者はイェフダ・マカバイです。この者は祭司でしたが同時に戦士でした。イスラエルの地形を熟知している彼はアンティオコス四世の軍をうまくおびき寄せ、地形を利用して次々と打ち破って行きました。そしてついに勝利し、神殿を建て直し、きよめ、神にささげる奉献式を行いました。これがハヌカの祭りの起源です。イエス様もヨハネの福音書で宮清めの祭りに参加されていることがわかります。

・自分を大きいものとする:36-39節
ここからは特に終末に関してフォーカスされています。アンティオコス四世のようなひな形では無く、直接反キリストを指しています。
天においても神に仕えていた御使い、ルシファーが自分は神よりも上に立つことができると考え、そのことで地に落とされました。いつでも自分を高くしようとする所に悪の霊性が働いています。
そのことから考えても、アンティオコス四世がユダヤ人を激しく嫌ったのは、彼が自分が神になりたかったからです。反キリストの特長としては、神に対して汚し事を言います。
そして、既存の宗教を否定します。「先祖の神々」は古くからあるあらゆる宗教です。「女たちの慕うもの、どんな神も心にかけない」とあります。反キリストはキリストに対して心も留めません。
その代わりにあがめるのは金銀などです。また、砦の神です。これは軍事力の事です。
39節には「異国の神」とあります。既存の宗教をまとめあげて、ひとつにし、世界統一宗教ができます。反キリストはそれを利用します。黙示録17章の獣、つまり反キリストの上に乗っている大淫婦バビロンがそれです。そして、本来は神の者である土地を我が物のようにし、それを褒美として分割しています。

・彼の終わりが来る:40-45節
このように反キリストは宗教、経済、政治などを一つにした獣の国を打ち立てます。しかし、それが揺るがされ、世界の最終戦争へとつながっていきます。
40節には南の王が出てきますが、これは終わりの出来事なのでプトレマイオス朝ではありません。
この反キリストはイスラエルも攻めます。多くの国々が倒れますが、「エドムとモアブ、またアンモン人のおもだった人々は彼の手から逃げる」とあります。イザヤ16:3に、モアブに対する預言があります。そこでは「散らされた者をかくまう」と言うのがあります。終わりの時代、イスラエルの人々はこのモアブの地方、ボツラ(ペトラ)に逃げ込み、反キリストの手から逃れます。イエス様もマタイ24で「エルサレムが囲まれたら山に逃げなさい」と言われています。山とはこの地方を指します。併せて黙示録12章も見てみましょう。
44節、ついに最後の戦いが始まります。東と北からの教えが彼をおびえさせます。
そして、世界中の軍隊が集まります。黙示録16章を見るとそれはメギドの丘、別名ハルマゲドンです。この場所が「海と聖なる麗しい山との間」です。
しかし、イエス様は御口から出るするどい剣、みことばによってこれの軍隊を破ります。そして反キリストと偽預言者は生きたまま地の深みへと投げ入れられます。こうして千年の間主の王国が続き、その後ヘビが完全にさばかれ、天から降りてくる都、新しいエルサレムで永遠の時を過ごすこととなります。

【12章】休みに入れ

・ミカエルが立ち上がる:1-4節
その時、ミカエルが立ち上がります。戦いの御使いです。それは国が始まって以来、その時までかつてなかったほどの苦難の時となります。大きな患難ですが、そこを通されてこそ救われる者もいます。
そして、「あなたの民で、あの書に記されている者はみな救われる」とあります。あの書とは10章に出てきた真理の書です。
2節は肉体の復活の約束があります。信じる者のいのちがとられるときは「死」ではなく「眠っている」ということばが使われます。終わりの時代、新しい栄光の体へとよみがえるからです。これが永遠のいのちです。しかし信じない者もよみがえります。それは最後のさばきを受けるためです。
3節には復活した聖徒への報いがあります。賢明な者とはどんなときでもみことばを握りしめて離さない者です。みことばに生きる者です。4節には、ダニエルの苦悩があります。これだけの事を教えられて、黙っておけと言われています。何かを聞けば言いたくなるのが人の心情ですが、それでもダニエルは従います。これは世界の終わりに関する事だから、その時が来るまで秘めておかなければなりませんでした。しかし、多くの人が終末について知りたいので探し回ります。そのことが完成したのがイエス様が来られたときでした。このお方が鍵となり、みことばを真理が解き明かされていきます。

・終わりまで歩み休みに入れ:5-13節
ダニエルは「この苦難はいつ終わるのか」と問います。この苦難に耐えられそうに無かったからでしょうか。
すると、彼は両手を天に上げ、永遠に生きている方に誓います。そして、明確な時を示します。「一時と二時と半時」です。これがダニエルの第七十週の後半の半週にあたります。三年半、42ヶ月、1260日、どれも同じです。黙示録にも沢山出てくる日数です。
大患難を通して、主は主が主であられることを教えられます。徹底的に自分に死に、キリストにあって生きる事を学びます。
8節からを見ると、ダニエルはまだこれを聞いても悟ることができません。再びダニエルは尋ねますが、御使いは「終わりの時まで秘められ、封じられている」と言います。
最後の部分にさしかかりましたが、ここで日付がでてきています。ここでは1290日と書かれています。先ほどの三年半は1260日でしたので30日多くなっています。続く12節には1335日とあり、更に45日追加されています。この75日間は一体何でしょうか。
正直、このことはわかりませんが、キリストが地上に再び来られて、それから千年王国を建てられるまでの期間では無いかという人もいます。
そして、ダニエル書はこの13節を持って終わります。この地上でなすべき事をなした者に与えられる報いです。天でやすらぐことができます。「休みの日」とは、この地上での人生の終わりを意味します。しかし、イエス様が再び来られるなら、復活の体をいただき、よみがえります。
さあ、これでダニエル書の通読は終わりです。ダニエルはどこまでもへりくだって神に仕える人物です。信仰と人格を共に持った者でした。私もダニエルのような信仰と人格を目指していきたいと思わされました。そして、イエス様に似たものと造りかえられて行きたいです。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

3件のコメント

  1. 祈りを聞いてくださる主に感謝します。祈りが聞かれるまで祈り続けられるように、自分に死にキリストにあって生きるように祈ります。

  2. 私は学生時代、歴史が大の苦手でした。今もです。
    しかし、歴史は彼(イエス様)を頭とする家が造られていく物語だと知った時から、神の愛を知って、歴史は苦手ですが好きになりました。
    ヒストリー 彼の物語ですね。
    エゼキエル書11章、理解するのにしんどかったです。でも先生の解説でアウトラインをつかめ興味深く学ぶことが出来ました。
    世界史の教科書では、アレキサンダー大王の後には三人の後継者としかなかったのに、
    聖書では四人いるので、高校の世界史図録を改めて確かめると、ありましたリシュマコス朝フィルタエルスが、そしてウイキでも存在していたので、ほっとしました。
    よく似た名前が出て来て、のめり込んでこの王は何者?なんてやっているうちに、
    通読が遅れました。明日から挽回します。

    “イザヤ書の43章9節
    それを聞く者に「ほんどうだ」と言わせよ。
    あなたがたはわたしの証人“

    とあります。以前も証したのですが、私はイザヤ書43章を神様からいただきました。。
    歴史的事実を宣べて、聖書の預言は正確なことを証するにとどまらず、私自身が主イエスと一体となって、私のすべてをもって主イエスは神だ、それは「ほんとうだ」と言われるまでになっていきたいです。
    自分の至らなさや罪を日々示され、主イエスの十字架を仰ぐしかない我が身ですが、
    この希望は失望に終わらないことを信じて、主イエスが来られる日まで諦めずに御霊によって歩んでいけますように。

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