聖書通読クラブ Day 256

聖書通読クラブ Day 256【ホセア書 5章-7章】

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シャローム!

私たちは自分が変わりたいと願います。しかし、なかなか変わることができません。本当に自分が嫌になりそうな時があります。その様なときの多くは、私たちの思いが自分自身に向いている時です。その時すべきことは、主に目を向けることです。
今日の箇所では、主の恵みに答えない人々が出てきます。言い換えるなら、感謝することができない者です。これは2テモテ3:2によると、罪のリストの中にはいっているものです。
感謝することができるのも神の恵みです。いつも喜び、絶えず祈り、全てに感謝できるのがキリスト者としての生き方です。今日もみことばから教えられていきましょう。

今日の通読箇所:ホセア書 5章-7章

■アウトライン

●神のさばき:5章
  ・祭司にさばきがくだる:1-7節
  ・苦しみながら主を求める:8-15節

●誠実さと神を知ることを喜ぶ:6章
  ・主を知ることを切に追い求めよう:1-3節
  ・いけにえよりも喜ぶこと:4-11節

●陰謀の愚かさ:7章
  ・陰謀を持って近づく:1-7節
  ・むなしいものに立ち返る:8-16節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【5章】神のさばき

・祭司にさばきがくだる:1-7節
前の章でイスラエルが行っている事実を明らかにされました。その事実の上、主がさばかれます。
主はエフライム、すなわち北イスラエルを知っておられました。しかし、イスラエルは主を知りませんでした。ホセアはゴメルをめとり、ゴメルを知っていましたがゴメルは他の男のところに行きました。私たちも神に知られています。しかし、私たちは神様をよく知りません。このお方の愛を知るとき、もっと深く主を知りたいという願いに導かれます。
しかし、エフライム、つまりイスラエルは姦淫をし身を汚します。自分のわざを捨てて神に帰ろうとしません。なぜなら、彼らの内には姦淫の霊があるからです。その様な状態は主を知らないという状態です。悔い改めの祈りをしない人がいます。しかし、私はあるときに気づきました。しないのではなく、できないのです。それは大切な自分の中の聖所に主以外の偶像がいるからです。すなわち、姦淫の霊です。
6節からを見ると、彼らは形だけ主の名を唱えています。主が彼らを離れ去っています。本来なら喜びであるはずの礼拝が宗教の儀式になっています。

・苦しみながら主を求める:8-15節
ここからはイスラエルだけでなく、ユダも含めた神の警告です。「ベニヤミンよ警戒せよ」とあります。アッシリヤ軍が攻めてきているからです。ベニヤミンは北イスラエルと南ユダの境にあります。
北イスラエルはアッシリヤに攻め入れられますが、そのことを「しみ」と表現しています。まるでツァラアトのようです。その病は皮膚に深くしみこみ、全身へと広がっていく病です。つまり、ツァラアトのように南ユダにも広がっていくことが書かれています。

【6章】誠実さと神を知ることを喜ぶ

・主を知ることを切に追い求めよう:1-3節
ここでは、突然力強い預言がなされています。まるで放蕩息子のように「さあ、主に立ち返ろう」と言っています。主はユダとエフライムを引き裂くと言われましたが、その目的はいやすためでした。彼らを打たれましたが、それは包んでくださるためです。また、三日目の復活が書かれています。まさにイエス様の復活です。
そして3節、「主を知ることを切に追い求めよう」とあります。ダビデをはじめ、多くの神の器が願ったことです。この事を主は喜んでくださいます。そうするなら、主は暁のように来て下さり、雨で地を潤して下さいます。

・いけにえよりも喜ぶこと:4-11節
上の預言と祈りは素晴らしいものです。ところが、主は彼らの心の奥深くまでご存じです。ユダとイスラエルの悔い改めの宣言を聞かれ、主は「あなたがたの誠実は朝もやのようだ」と言われています。彼らの言っていることは素晴らしいのですが、心からそれを求めていないと言うことを主はご存じでした。それなので主は預言者たちによって切り倒すと言われています。
そして、7節ではアダムが出てきます。最初に造られた人物であり、最初に神への不従順を行った人物です。自己中心がありました。それは神との契約違反でした。そのことから始まり、ギルアデ、シェケム、そしてエフライムとイスラエル。すべて主を裏切るような行為が関係します。
そして、主の刈り入れ、さばきが起こります。「捕らわれ人を帰らせる」とありますが、北イスラエルが捕虜として連れて行ったユダの人々を介抱したときの事を指しています。ユダの王アハズの時、イスラエルがユダに対して戦いを仕掛け、女性と子どもたち12万人をサマリヤに連れてきました。その時、預言者オデデが彼らを帰すように警告し、捕らわれ人を丁寧にエリコまで送り届けました。
それを見たアハズ王は神様に感謝することをせず、アッシリヤにシリヤとイスラエルを倒すように要請します。そこで借り入れが始まります。

【7章】陰謀の愚かさ

・陰謀を持って近づく:1-7節
ここでは、主がイスラエルをいやされると言うことばで始まっています。しかし、癒やされた彼らは主に感謝しません。むしろ、そのことで悪があらわにされます。主が癒やされたのはヤロブアム二世の頃でした。その時、周辺諸国から攻められるイスラエルに対して主が憐れんで下さり、国を豊かにして下さいました。しかし、ヤロブアム二世の死後、策略と暗殺が続きます。そのうち国は弱くなり、アッシリヤに侵略されます。
そのような状態で家臣たちが自分の君主に対して暗殺を企んでいる姿をパンを焼くことにたとえています。パンをかまどにいれますが、膨れるまで火を入れるのを待っています。時が来るのを待っている状態です。その間、陰謀を持って近づいています。時を狙い、その時がきたら王を打ち殺します。彼らは神を知ろうとしませんでした。主に助けを呼び求めるなら、主は助けて下さいます。しかし、それをしませんでした。

・むなしいものに立ち返る:8-16節
主は、彼らがいかに弱まっているかを「生焼けのパン」と言っています。彼らは狡猾でした。非常に賢い人々です。陰謀をたくらみ、巧妙に罠を仕掛け、時を読み王を狙います。しかし、最も大切な知恵、主を知ることがごっそりと抜けています。自分のことに関しては狡猾に頭が働きますが、主を恐れる事を知りませんでした。「彼らは、彼らの神、主に立ち返らず、こうなっても、主を尋ね求めない」とあります。
彼らは自分たちが弱くなるので、エジプトやアッシリヤなどの大国になんとかしてもらおうとすがります。そのことを主は「愚かで思慮のない鳩」と言われています。自分から罠の中に飛び込んでいくようです。
13節からを読むと、胸が痛いです。主は何度も何度もその御手を伸ばされています。しかし、その度にイスラエルは拒みます。主の御前に進みゆけば良いのに、それ以外の方法で救いを求めています。10節には「イスラエルの高慢は顔に表れている」とあります。何が高慢なのでしょうか。主を求めないことです。主がこれほどまでに行為を注いでくださっているのに、それに気づかず、頼ろうともせず、自分だけで何とかしようとしています。主に拠り頼まないことが高慢です。
16節を見ると、主に立ち返るのではなく、むなしいものに立ち返っています。その結果、たるんだ弓のように使い物にならなくなっています。そのようになったことは自分たちのせいなのに、首長たちは神を罵っています。実に自分勝手です。神様がして下さった良いことには感謝せず、自分たちが苦しくなったら神様に文句を言っています。
そして、ついに、彼らはエジプトの国であざけりとなります。エジプトに助けを求めましたが、結局はアッシリヤに捕らえ移されます。
彼らは出エジプトをして、奴隷から解放されたのにまた同じ事をしようとしています。2ペテロ2:22には「彼らに起こったことは、『犬は自分の吐いた物に戻る』とか、『豚は身を洗って、またどろの中にころがる』とかいう、ことわざどおりです。」とあります。また、エレミヤ17:9には「人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知ることができよう。」とあります。自分の力で自分を変えることはできません。しかし、主の恵みに拠り頼むなら、私たちを造りかえてくださいます。主を求めましょう。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

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