シャローム!
通読は続いていますでしょうか?今週はアモス書、オバデヤ書、ヨナ書、ミカ書と小預言書の通読が続きます。
その中でも今日はヨナ書を見ていきましょう。ヨナ書は全部で4章と短い書簡ですが、イエス様ご自身がこの書を引用されたことで、その意味が一気に深まります。今日はそこを中心に読んでいきましょう。
ヨナ書をひとことで言うなら、「逃げた預言者が、図らずも復活を演じた書」です。ヨナは神に「ニネベへ行け」と命じられましたが、ヨナは真逆の方向、タルシシュへ船で逃げます。ちなみに、タルシシュは「この世」を象徴する街だそうです。神のことばに従おうとしない与那に対して、神は嵐を起こされ、海に投げ込まれ、大きな魚に飲み込ませます。そして三日三晩、魚の腹の中にいたヨナは、祈りの後に吐き出されました。それから渋々ニネベへ行って宣べ伝えると、なんと王から民まで、そして家畜に至るまで全員が悔い改めたのです。それを見て、神は裁きを思いとどまられます。すると、なんとヨナは怒り出すのです——「だから来たくなかったんだ!あなたが赦すとわかっていたから!」と。
ヨナ書はここで終わります。答えのない神の問いかけとともに。
このヨナ書をイエス様は引用されます。パリサイ人たちが「しるしを見せてください」と迫ったとき、イエス様はこう答えられました。
「ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられません。ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、地の中にいるでしょう」
(マタイ12:39-40)
イエス様ご自身が、ヨナの三日三晩をご自身の死と復活の予型として明示されたのです。魚の腹は墓、吐き出されることは復活——旧約の出来事が、十字架の影絵として機能していたのです。
そしてイエス様はさらに踏み込まれます。
「ニネベの人々は、さばきのときにこの時代の人々とともに立って、この時代の人々を罪に定めます。なぜなら、彼らはヨナの宣教によって悔い改めたからです。そして見なさい、ヨナよりも偉大な者がここにいます」
(マタイ12:41)
「さばきのとき」——これは終わりの日の審判の場面です。イエス様が描く構図はこうです。終わりの日、ニネベの人々が証人として立つ。彼らは渋々やってきた預言者ヨナの言葉を聞いただけで悔い改めた。しかし今、ヨナよりも遥かに偉大な者が目の前にいるのに、悔い改めようとしない——その対比が、裁きの根拠になるというのです。これは遠い昔話ではありません。御言葉を聞いている私たちへの問いかけでもあります。
ヨナとイエスの決定的な違いは何でしょうか?ヨナは神が「行け」と言われたニネベに渋々行きましたが、イエス様は十字架の死にまでも従われました。
ヨナはニネベが救われることを嫌がりましたが、イエス様はすべての人が救われることを願われました。
ヨナは逃げましたが、イエスは十字架から逃げませんでした。
「ヨナよりも偉大な者がここにいます」
この一言に、福音の核心が詰まっています。
ヨナ書の最後で神はこう問われています。
「わたしが、あの大きな都ニネベを惜しむのは当然ではないか」
(4:11)
この問いへの答えは書かれていません。読者である皆さんへの問いとして、開かれたまま残されています。皆さんが「あの人には福音はもったいない」と思っている人は、誰かいますか?神の恵みは、皆さんの想像よりも広いかもしれません。
たとえ自分が「行きたくない」と言う道であっても、神が「行きなさい」と言われるなら、私たちはただ従うのみです。一時的な痛みや苦しみはあるかもしれませんが、その先には主の栄光と祝福が待ち受けていると信じます。今週も神の御声を聴き、従って行きましょう。
【今週の通読】
●Day 269:アモス書 1章-3章
●Day 270:アモス書 4章-6章
●Day 271:アモス書 7章-9章
●Day 272:オバデヤ書
●Day 273:ヨナ書 1章-4章
●Day 274:ミカ書 1章-3章
●Day 275:ミカ書 4章-7章
