シャローム!
先週は、イスラエルの民がエジプトから救い出され、葦の海を渡り、荒野を旅する姿を読みました。今週は出エジプト記の後半、19章から最後の40章までを読んでまいります。舞台はシナイ山。救い出された民が、ここで神と契約を結び、神と共に生きる民として形づくられていきます。
それでは、今週の通読箇所の一部を見ていきましょう。
宝の民、祭司の王国(19章)
シナイ山のふもとで、神はモーセを通して民にこう語られます。
「あなたがたは、わたしがエジプトにしたこと、また、あなたがたを鷲の翼に乗せて、わたしのもとに連れて来たことを見た」(19:4)
そして続けて、こう約束されます。
「あなたがたは、わたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる」(19:6)
ペテロはこの言葉を、キリストにある私たちに向けて語り直しています(Ⅰペテロ2:9)。神の民とは、神と世界の間に立ち、神を指し示すために選ばれた民なのです。
十戒──恵みが先、律法は後(20章)
十戒は、命令から始まるのではありません。最初の言葉はこうです。
「わたしは、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出したあなたの神、主である」(20:2)
神はまず民を救い出し、その後で戒めを与えられました。律法を守ったから救われたのではなく、救われた者として律法が与えられたのです。これはガラテヤ人への手紙で学んだ福音の順序と同じです。
十戒は、自由にされた民が再び奴隷に戻らないための、自由の中で生きる道しるべでした。
契約の血(24章)
モーセは契約の書を読み上げ、いけにえの血を民に振りかけて言いました。
「見よ。これは、主がこれらすべてのことばに基づいて、あなたがたと結ばれる契約の血である」(24:8)
最後の晩餐で、イエス様は杯を取ってこう言われました。
「これは多くの人のために流される、わたしの契約の血です」(マタイ26:28)
シナイ山で結ばれた契約は、イエス様の血によって、新しい契約として完成したのです。
幕屋──「わたしは彼らのただ中に住む」(25〜31章)
ここから神は、幕屋の設計を細かく指示されます。その目的は、はっきり記されています。
「彼らにわたしのための聖所を造らせよ。そうすれば、わたしは彼らのただ中に住む」(25:8)
幕屋の中心、至聖所には契約の箱が置かれ、その上に「贖いの蓋」がありました。大贖罪日に血が注がれた、あの場所です。
ヨハネの福音書は、イエス様の誕生をこう表現しています。
「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた」(ヨハネ1:14)
この「住まわれた」はギリシャ語で ἐσκήνωσεν(エスケーノーセン)、直訳すると「幕屋を張られた」です。イエス様ご自身が、神が人と共に住まわれる真の幕屋だったのです。
金の子牛と執り成し(32〜34章)
モーセが山の上にいる間に、民は待ちきれず、金の子牛を造って拝んでしまいます。契約を結んだばかりの、あまりにも早い裏切りでした。
しかしモーセは、民のために必死に執り成します。そして神にこう願いました。
「もしあなたご自身が一緒に行かれないのなら、私たちをここから上らせないでください」(33:15)
約束の地よりも、神の臨在そのものを求めたのです。
神はこれに応え、モーセの前を通り過ぎながら、ご自身をこう宣言されます。
「主、主は、あわれみ深く、情け深い神。怒るのに遅く、恵みとまことに富み…」(34:6)
民が最も深く罪を犯したその直後に、神はご自身のあわれみと恵みを最も豊かに示されました。ヨナが「だから逃げたのです」と言ったのも、まさにこの神のご性質でした(ヨナ4:2)。
栄光が幕屋に満ちる(35〜40章)
民は心から進んでささげ物を持ち寄り(35:21)、幕屋が完成します。そして出エジプト記は、こう結ばれます。
「そのとき、雲が会見の天幕をおおい、主の栄光が幕屋に満ちた」(40:34)
出エジプト記は、奴隷の苦しみから始まり、神の栄光が民の真ん中に住まわれる場面で終わります。これが、この書全体の大きな物語です。
イエス様を通して見ると
幕屋の至聖所には、厚い垂れ幕がかかっていました。しかしイエス様が十字架で息を引き取られたとき、その幕は上から下まで裂けました(マタイ27:51)。
そして今、神の臨在は建物の中ではなく、私たちのうちに住まわれています。
「あなたがたは神の宮であり、神の御霊が自分のうちに住んでおられることを知らないのですか」(Ⅰコリント3:16)
シナイ山で始まった「神が民のただ中に住む」という約束は、イエス様の十字架と聖霊の注ぎによって、私たち一人ひとりの中で実現しているのです。
モーセは、約束の地よりも、神が共にいてくださることを求めました。みなさんが今、何よりも求めているものは何でしょうか。祝福や成功、問題の解決——それらも大切です。けれども、そのすべてに勝る宝は、神ご自身が共にいてくださることです。
「わたしの臨在が共に行き、あなたを休ませる」——出エジプト記33:14
【今週の通読】
●Day 024:出エジプト記 19章-21章
●Day 025:出エジプト記 22章-24章
●Day 026:出エジプト記 25章-27章
●Day 027:出エジプト記 28章-30章
●Day 028:出エジプト記 31章-33章
●Day 029:出エジプト記 34章-36章
●Day 030:出エジプト記 37章-40章

