聖書通読クラブ Day 29

聖書通読クラブ Day 29【出エジプト記34章〜36章】

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シャローム!

みことばを毎日読んでいますが、本当に圧倒されますね。みことばは最高です!
でも、感動するようなみことばに出会っても、それをいざ実行しようとするとなかなかできないものです。
今日の聖書の箇所では、神様が告げられたことを忠実に実行していく人物を見ることができます。ここから何が学べるでしょうか。

今日もみことばから教えていただきましょう。

今日の通読箇所:出エジプト記34章~36章

■アウトライン

みことばの実行

●恵みの回復:34章
  ・御名の宣言:1-9節
  ・主との再契約:10-17節
  ・主の例祭:18-28節
  ・光る顔:29-35節

●幕屋の建設:35章
  ・安息日:1-3節
  ・神からの指示:4-19節
  ・喜んで捧げる奉納物:20-29節
  ・知恵による仕事:30-35節

●ベツァルエルとオホリアブ:36章
  ・溢れるほどの捧げ物:1-7節
  ・幕:8-19節
  ・板と横木:20-34節
  ・垂れ幕:35-38節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【34章】恵みの回復

モーセは神様ご自身が与え、ご自身で書かれた石の板を破壊してしまいました。しかし、この石の板は契約の箱に収められるほどの大切なものです。神の戒めの基本が書かれているものになります。
主はこの石の板をもう一度与えてくださいますが、前回と今回の違いがわかるでしょうか?
1節を見ると、神様が石の板を切り取るのではなく、今度はモーセが切り取っています。今でも電動工具を使っても石を切り取る作業は大変です。当時はなおさらです。しかし、これがモーセの刈り取りだったのでしょう。
神様は哀れみによってその板にもう一度神様ご自身の手であのことば、つまり十の戒めを書いてくださいます。
3節を見ても、ヨシュアも一緒に登ることは許されず、モーセ一人で登らなければなりません。孤独との戦いです。

4節、モーセはこの主からの仰せにどのように反応しましたか?アブラハムがイサクを捧げなさいと言われたときと似ていませんか?私たちは神様から語りかけがあったらどうしますか?うじうじといつまでも迷いとどまりますか?それとも、納得できなくても主を信じて行動しますか?これは重要なことです。

6-7節では、主のご性質が8つあります。それをノートに書き出してみましょう。主は良いお方ですね。

10節では再契約が書かれています。神様は民に裏切られた立場であられます。それなのに、被害者である神様ご自身がこのような提案をしてくださるとは、神様はどれほど大きなお方なのでしょうか。
10節の最後には「わたしがあなたとともに行うことは」と書かれています。主だけではなく、私たちだけでもない。主と人との共同作業です。

12節からは約束の地に入ってからの具体的な指針が書かれています。これは他人事ではなく、私たちの内なる人に関することです。神様は何をしてはならないと仰せられますか?書き出し、自分にあてはめてみましょう。

18節からは主の例祭に関して言及されています。三大祭りと特別な一つの祭りを覚えているでしょうか?
春:過越の祭
初夏:七週の祭り
秋:仮庵の祭り
特別な祭り:安息日
26節までをこれを念頭に置き読んでみましょう。

27節、契約が締結されます。何によって神様とイスラエルの契約が結ばれますか?

29節からは、モーセが下山します。今度はイスラエルの民は以前のようではありませんでした。そして、モーセの顔は光っていました。すべての女性がうらやむ究極の美白です。
モーセはどうして顔が光ったのでしょうか?もし、私たちも同じ事をするなら、顔が光ると思います。究極のアンチエイジングは礼拝です。
33節、モーセは顔に覆いをかけました。これは、輝く顔を隠す目的もありましたが、もう一つ、顔の光が消え去ってもなお覆いを掛け続けたという側面もあります。古い契約は消え去ります。しかし、イエス様が与えてくださった新しい契約は永遠に続くものです。2コリント3章を参考にしてみてください。

【35章】幕屋の建設

モーセは神様のことばを民に告げます。その最初は安息日に関してです。私たちの中では安息日は取るに足らないことに思えるかもしれませんが、「殺してはならない」「盗んではならない」と同じ、いや、それ以上に重要なのが安息日です。
この日には生きていくための仕事を休み、礼拝という仕事をしていきましょう。

5節からは奉納物を受け取ることが書かれています。受け取ることも愛情表現の一つです。受け取り上手になりましょう。主は惜しみなく恵みを私たちに与えてくださっているお方です。
そして、その捧げ物はいやいやながらではなく、心から進んでささげる者によって持ってこられました。
聖書を読むのが嫌ですか?礼拝に行くのがめんどくさく感じますか?本当にそのような状態でいいですか?祈ってみてください。

21節、主への奉納物を持ってきた者はどのような者でしたか?私たちもこのような者となりたいですね。ないものを捧げる必要はないと思います。与えられているもので喜びがあるなら、思い切って捧げましょう。主は与えてくださるお方です。

29節まで、繰り返し「進んでささげる」と言う言葉が出てきます。これが奉仕の心ですね。負担に感じたりするなら、思い切って牧師先生やリーダーに相談してみましょう。もしかしたら、もう一踏ん張り忍耐が必要かもしれませんし、動機が間違っていたり、肉によって行っているかもしれません。主は心を見られます。

30節からは再びベツァルエルとオホリアブが出てきます。彼はどのような人でしたか?私が知る限り、世界で最古の神のための建築家でありデザイナーです。
34節、彼は技術だけでなく教える力もありました。ベツァルエル、大好きです。
ちなみに、今でもエルサレムには「ベツァルエル美術デザイン学院」というものがあります。1903年に、まさにここに書かれていることを再現することからはじまった芸術大学です。イスラエルは本当に聖書が土台となっている国だなと思わされます。

【36章】ベツァルエルとオホリアブ

ここから、実際に建築がはじまっていきます。聖所の奉仕の仕事をすることのできる者はどのような者でしょうか?

7節、荒野にいるとは信じられないような事が書かれています。彼らはこれほどのものを一体どこに持っていたのでしょうか?主のためにひとつとなると、これほどの力がでるのですね。

10-19節は幕が作られます。神様が仰せられた通り、そのままを作っています。そこに自分の考えや工夫は入っていません。主が仰せられた通りに行いました。

幕屋の板、横木、垂れ幕なども同様に、主が指示された通りに作りました。主に信頼してそのまま行うことの大切さを教えられているようです。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

1件のコメント

  1. 34章5節から
    神がご自分のお名前を宣言された時、
    モーセは、咎と背きと罪を赦すものという主の御名により頼んで、
    33章で、神が一緒に行かないと言われたことに対して、
    ここでも、祈っているのですね。
    宣言された、咎と背きと罪を赦すという御名により頼んで、
    うなじを堅くする民ですが、どうか一緒に私たちの中にあってください(臨在してください)。民の罪をモーセ自身の罪として、私たちの咎と罪を赦してくださいと祈り、神の所有としてくださいと自らへりくだって祈っています。
    ここでも、とりなし手の態度を学びます。
    そこで、臨在が回復され、幕屋建設の仕事を命じてくださった。
    神から仕事を与えられることは、回復のしるしだと実感できるけれど、
    神の幕屋(住まい)を造ることを指示されたことは、もっと感謝なことだと思います。
    だから民は罪赦された喜びと、神に仕える喜びから
    自ら進んで、捧げものを持ってきたのですね。
    そして、神への奉仕の為の体力の源は御霊に満ちていることで、
    そういう者たちによって
    権勢によらず、能力によらず、神の霊によって、幕屋、神の家(教会)私たち自身(神殿)が建てられてくのですね。
    神の霊に満たされると、知恵や知識に満たされ、神に喜ばれるあらゆる仕事を与えられ、教える力も与えられる。
    36章は幕屋のつくりが続きますね。
    以前は、キュピト?青い紐?垂れ幕?
    天幕は赤くなめしたお羊の皮?さらに上にじゅごんの皮で覆いをかける?
    こんな分けわからないような細かいこと書くから
    聖書が分厚くなるんですけど・・・
    などと言ったりしては、私は心ない読者で、
    飛ばして読もうかなとすら思ったりもしました。
    でも
    少し、幕屋のことを学んだので、
    一つひとつ意味を追いながら、学ぶと、そこから主イエスが現れ、
    味わうことができ、感動するのだと思います。
    きりがないのですが、調べるのもめちゃめちゃ楽しいです。
    こんな学び一日中していたいくらいです。
    いつか、時間のある時に、・・・調べられたらと思います。
    心に知恵を与えられ能力を与えられると、ついつい、
    自分の工夫を入れたいと思いがちですが、
    >そこに自分の考えや工夫は入っていません。主が仰せられた通りに行いました。主に信頼してそのまま行うことの大切さを教えられているようです。

    主に選ばれた知恵ある者は、主の言われた通りのことを再現するために、与えられた英知を尽くして奉仕していることに、感動しました。
    秀でた知恵と知識を与えられていたので、
    想像ですが、言われた通り作るとき、神の知恵の深さに感動することが何度もあったかもしれないと思いました。

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