聖書通読クラブ Day 210

聖書通読クラブ Day 210【イザヤ書 22章〜24章】

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シャローム!

主は再び来られます。それがいつになるかは誰もわかりませんが、必ず来られます。最初にこの地に来られたときは、救い主として、人のかたちをとって来て下さいました。しかし、再び来られるときは、さばき主として雲に乗ってこられます。
その時にさばかれるのは、主に従わない者たちです。今現在、まだその時は来ていません。ですから、今日という日に自分に福音を語り、周りの人に福音を伝えていきましょう。

今日の通読箇所:イザヤ書 22章〜24章

■アウトライン

●それでも主に目を向けない民:22章(雅歌)
  ・私は激しく泣きたい:1-4節
  ・恐慌と蹂躙と混乱の火:5-11節
  ・どうせあすは死ぬのだから:12-14節
  ・シェブナのところに行け:15節
  ・自分のために墓を掘る:16-19節
  ・ダビデの家のかぎ:20-24節
  ・確かな場所に打ち込まれた一つの杭:25節

●富の町:23章(イザヤ書)
  ・シドンよ恥を見よ:1-5節
  ・世界で最も尊ばれていたあきゅうど:6-9節
  ・タルシシュの船よ泣きわめけ:10-18節

●罰せられる主:24章(エレミヤ書)
  ・主は地を荒れすたらせる:1-7節
  ・地の楽しみは取り去られる:8-13節
  ・落とし穴:14-20節
  ・主は罰せられる:21-23節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【22章】それでも主に目を向けない民(雅歌)

・私は激しく泣きたい:1-4節
幻の谷とは何でしょうか。これはエルサレムを指しています。通常だとエルサレムは山として出てきますが、エルサレムは谷に囲まれているからです。幻とは、エルサレムに預言者がいるからです。主が選ばれ、愛されたエルサレムですが、それが喧噪に満ちた町となっています。
「屋根に上ったりして」とは、アッシリア軍が包囲しているのを屋上に上がって見ている姿です。その後は首領たちは民を顧みず自分たちだけ逃げています。
ですから、イザヤは「私から目をそらせ、激しく泣きたい」と行っています。誰も破滅を喜んでみたいと思うものはいません。預言者として最も苦しい場面の一つです。

・恐慌と蹂躙と混乱の火:5-11節
複雑なのですが、21章のエラムとここのエラムは違います。21章はペルシアで、こちらはアッシリアです。これは主ご自身から来たものです。このような事を通しても、主はなんとか悔い改めて欲しいと願っています。
8節からを見ると、ヒゼキヤ王が行った治水工事の事が書かれています。(2歴32:30)ヒゼキヤは主に目を向けることを勧めますが、民は創造主には目もくれません。悔い改めるチャンスを逃しています。

・どうせあすは死ぬのだから:12-14節
アッシリアの最後が確実となったとき、民は悔い改めることをせず、「今を楽しもう。どうせ死ぬのだから」と言う気持ちになっています。1コリント15:32には「もし私が人間の考えからエペソで獣と戦ったのなら、何の得があったでしょう。もし死者がよみがえらないのなら、『食べたり飲んだりしようではないか。どうせ、明日は死ぬのだから』ということになります。」とあります。
今さえ良ければ良いと言う生き方です。ところが、人はこの地上だけでなく、その後も永遠という時間が待っていることを知らなければなりません。

・シェブナのところに行け:15節
シェブナはヒゼキヤの側近のひとりです。主は「シェブナの所に行け」と言われています。彼はエルサレムを世的に導いた人物で、主ではなくエジプトに拠り頼むようにしむけた人物です。

・自分のために墓を掘る:16-19節
シェブナはアッシリアの危機が迫ったとき、一番に逃げますが遠いところで殺されました。彼は自分のための墓をあらかじめ用意していました。その意味するところは、彼は自分の事だけしか考えていなかったと言うことです。主はエルサレムにアッシリアを送るということを通して、世の考えをもたらすシェブナを追い出されたのです。

・ダビデの家のかぎ:20-24節
シェブナと対照的な人物がエルヤキムです。ヒゼキヤ王を霊的に支えた人物です。シェブナにあった高い地位がエルヤキムに委譲されています。主に従う忠実な者に、主はこのようにして下さいます。
彼の肩に置かれたのはダビデの家の鍵です。肩は権威を象徴します。鍵を持っていると言うことは、家全体を持っているに等しいことです。このダビデの鍵はイエス様に与えられ、ペテロに渡され、そして私たちに渡されています。そのダビデの鍵とは、すべての名前に優るイエスキリストのお名前を使うことが許されていることです。

・確かな場所に打ち込まれた一つの杭:25節
エリヤキムへの預言がイエス様の預言へと移り変わっています。この箇所はイエス様の十字架です。私たちの罪のために死んで下さった、そしてよみがえられたイエス様に心からの感謝をささげます。

【23章】富の町(イザヤ書)

・シドンよ恥を見よ:1-5節
ここからは、富に対する主のさばきがあります。ツロへの宣告です。ツロは経済大国です。彼らは大きな国土を持っていませんでしたが、地中海を用いて、世界貿易の中心地として栄えていました。
ツロと言えば、ダビデが王になったとき、王宮を建てるために良質の杉材を送ってくれました。その良好な関係はソロモン時代も続きました。ところがその後、ツロのフェニキアのシドンの王の娘、イゼベルがアハブの妻となりました。そのことがきっかけでバアル信仰がものすごい勢いでイスラエルにもたらされました。
タルシシュはイスラエルから最も遠い国の一つでした。今のスペインの辺りにありました。キティムはキプロスです。そこからツロがなくなり嘆いています。
「私は産みの苦しみをせず、子を産まず、若い男を育てず、若い女を養ったこともない。」とあります。ツロの周辺諸国によってツロには沢山の富が労することなく転がり込んできたことをあらわしています。生きていくのには最高の状態でしょうが、キリストに従う者の生き方には合致していません。十字架の道のりは喜びの道のりであるのと同時に、苦難の道でもあります。キリストと共に苦難を味わうことができるのは大きな恵みであり、特権です。

・世界で最も尊ばれていたあきゅうど:6-9節
ツロが破壊されました。そこに住んでいた人は住みかを失い嘆いています。ツロは誇りとした町、また王冠を戴くと書かれています。それほどツロと交易を行っている国がツロを頼りにしていたと言うことです。主はこのような高ぶりを壊されます。バベルの塔は壊されます。
富自体は悪くありません。金銭を愛することがあらゆる悪の根なのです。

・タルシシュの船よ泣きわめけ:10-18節
アッシリアがカナンの砦を倒し、住民はあふれています。カルデヤ人の国とはバビロンのことです。この当時のバビロンはまだ小国でした。アッシリアによってバビロンが荒らされますが、それに加えてツロの砦を荒らすと宣告されています。
ツロは高ぶりを破壊させられるために預言が繰り返されています。アッシリアの後にはバビロン、その後はギリシャが来て国を攻めます。
黙示録ではこのツロに対する預言はバビロンに対する預言となっています。黙示録18章を読んでみましょう。
その日、ツロは七十年忘れられます。そして、遊女のようになっています。再び貿易を開始しますが、以前と違って富は蓄えられません。
しかし、七十年の終わりに主はツロを顧みられます。かつてはツロの木材が神殿に用いられたように、彼らの富が用いられます。

【24章】罰せられる主(エレミヤ書)

・主は地を荒れすたらせる:1-7節
ここから27章までは、まるで黙示録のような内容になっています。これをイザヤの黙示録という人もいるそうです。
みことばを見ると、主が地を荒れ果てさせています。そして、民に階級の上下がなくなっています。普段の生活では社会的地位や貧富の差などを意識しますが、非常事態ではそれどころではなくなります。大地震の直後などは、そのようなものは関係なくなります。まして、主のさばきの御前ではそれらのものは意味がなくなります。人はみな裸で生まれ、裸でかしこに帰ります。すべての人が主のさばきを受けます。
6節にはわずかな者が残されるとあります。大患難を通された民です。大きな患難を抜け出すことは私たちの想像をはるかに超える大変さでしょう。なぜなら、その時には聖霊様は地上から取り去れているからです。その前に、キリストの花嫁として携えあげられることを願い、また、ひとりでも多くの人がそれにあずかれるよう祈ります。

・地の楽しみは取り去られる:8-13節
この世の楽しみは永遠には続きません。いつか終わりが来ます。私達は今、この地で楽しむことが許されています。それ自体は悪いことではありません。しかし、それが行き過ぎると肉の行いになってしまいます。この世の楽しみは一瞬で消えます。しかし、天の御国の喜びは永遠に続くものです。

・落とし穴:14-20節
大患難を通されたわずかな民はエルサレムに集められます。大きな患難を抜け出し、救いに預かるわずかな者が、東からも西からも主を誉め称えています。
イザヤはこの喜びの啓示を受けながら、内心複雑な気持ちでした。救いに預かることがわかっていたとしても、あまりにも大きな患難なのでそのことを思って嘆いています。「裏切り者が裏切った」とありますが、これは主に対する裏切りです。天の窓が開かれ、地の基が揺れ動いています。あまりに大きな揺り動かしによって、再び起き上がれないほどです。

・主は罰せられる:21-23節
天では天の大群、サタンとそれに従った御使い、また地では王たちが罰せられています。
黙示録12章の竜、すなわちサタンとそれに従う三分の一の天使は地上に落とされ、黙示録20章では地の深いところ、底知れぬところに鎖でつながれます。
地上の王は反キリストに従う王が罰せられます。彼らはハルマゲドンに集まり、再臨されたイエス様と戦いますが、圧倒的なイエス様の勝利により、反キリストと偽預言者は火と硫黄の池に投げ入れられます。その後、イエス様は戻ってこられて、この地を完全に回復して下さいます。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

2件のコメント

  1. かみ砕いて説明してくださって感謝します。とても助けになっています。

    人から聞かれて説明する時、一人で何度読んでも分かりにくく自信を持って説明でいない個所だったのですが、
    おぼろげながらでもこの個所の粗筋をつかめた気がします。忘れないように、今度は聖書に書き込みました。

    それにしても主イエスの十字架の贖いの約束を、力ある主イエスの血潮を心から感謝します。

    これがあるから今日も生きていけます。

    永遠の時を聖い恐れをもって、愛する主と共に駆け巡ることが出来るように、主のみ言葉の約束と励ましをこれからも心に刻んでいきたいと思います。

  2. 主は力の強い方です。感謝します。
    一人でも多くの人が救われますように。福音を伝えられるように祈ります。

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