聖書通読クラブ Day 209

聖書通読クラブ Day 209【イザヤ書 19章〜21章】

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シャローム!

預言者は神のことばを人に伝えます。時には厳しいことばを告げることがあります。それゆえに、預言者は迫害され、殺されることもありました。イエス様ご自身もそのことを言われています。(マタイ23:30)
預言者は孤独です。人々から理解されません。それでも、神様の告げられたことを語り続ける必要があります。時には不思議な行動をしなさいと言われることもあります。今日の通読ではその場面が出てきます。主は様々なことを通して、ひとりでも多くの者が主のところへと立ち返ることを願われています。
主が言われたことが主からの事だとわかる耳を養っていきましょう。そして、主が仰せられたら疑わずにしたがう心を与えていただきましょう。

今日の通読箇所:イザヤ書 19章〜21章

■アウトライン

●エジプトへの大路:19章(詩篇)
  ・早い雲に乗ってこられる主:1-4節
  ・エジプトからアッシリヤへの大路:5-25節

●預言的行動:20章(箴言)
  ・裸と裸足:1-6節

●:21章(伝道者の書)
  ・すべての嘆きを終わらせる:1-5節
  ・見張りを立てさせ:6-7節
  ・物見の塔:8-9節
  ・踏みにじられた私の民:10節
  ・今は夜の何時か:11-12節
  ・渇いている者にあって水をやれ:13-17節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【19章】エジプトへの大路(詩篇)

・早い雲に乗ってこられる主:1-4節
ここではエジプトに対して宣告がなされています。主は早い密雲に乗ってこられると書かれています。力強い臨在とスピード感が書かれています。なぜそこまでされるのかと言えば、偽りの神々を拝んでいるからです。そして、彼らを同士討ちさせます。そのようにして、エジプトの霊は衰えていきます。
主がその計画をかき乱されると書かれています。エジプトは算術や科学が発達した計算高い国でした。その計算を主がことごとく乱されます。それで、彼らは偽りの神々や死霊、霊媒や口寄せに伺いを立てるようになります。
その後、主は彼らをより強い者の配下に置かれます。この当時はアッシリアです。

・エジプトからアッシリヤへの大路:5-25節
エジプトが誇る大河、ナイル川が干上がる預言です。ナイル川は肥沃な土壌をエジプトにもたらし、沢山の農作物をもたらします。また、運河を用いて沢山の物資も運ばれました。エジプトにとって、ナイル川は生命線であり、アイデンティティーです。それを主が打たれます。ここに書かれていることは不思議に思えるかもしれませんが、ナイル川の上流にダムが建築されたことで洪水はなくなりましたが、その代わりに肥沃な土壌が運ばれなくなりました。また、土壌にある塩分が洪水で流されなくなったので作物ができなくなりました。6節の通りです。また、葦の根に虫が付き、それも洪水で流されなくなったので、草は枯れました。7節にあるとおりです。さらに、ナイル川が流れ込む地中海は、ナイル川が運ぶ栄養分を求めて沢山の小魚が集まってきていましたが、それもなくなってしまいました。8節の成就です。また、麻布を育てるための沢山の水も引けなくなりましたので、このような産業も立ちゆかなくなりました。9-10節の成就です。
11節からはリーダーの愚かさが書かれています。エジプトは高度な学問がありましたが、主の御前では愚かになります。科学でも前例のないことを説明できないことがあります。主はその様な事をなさります。その様なことを通して、19節を見ると、主のために祭壇が建てられています。エジプト全土で主を礼拝する人々が起こされています。国境の側には主のために一つの柱が立てられます。それはユダの国に対して「私たちはあなたがたの神をあがめています」というしるしです。そして、彼らは虐げられますが叫びます。すると救い主が送られます。イエス様はエジプトで苦しみ叫ぶ者を救ってくださいます。
主はエジプトを打たれましたが、救われます。これが主のご計画です。主はエジプトを滅ぼすために打たれたのではなく、救うために打たれました。
するとどうなるでしょうか。エジプトからアッシリアへの大路ができました。イスラエルを中心としてこの地域一帯が巨大な礼拝場になります。イスラエルが主に立ち返り、アッシリアやエジプトが主に仕えるために彼らを助けます。主の大きな恵みを見ることができます。

【20章】預言的行動(箴言)

・裸と裸足:1-6節
アッシリアの王サルゴン二世はペリシテ人の町アシュドテを取りました。それから、この不思議な行動をイザヤに要求しています。通常、預言とはことばを用いて行いますが、時にこのような預言的な行動をすることもあります。三年間裸になり、裸足で歩いています。ちなみに、この裸とは、素っ裸ではなく、下着姿です。
エジプトとクシュに対しても主は語られました。しかし、彼らは聞く耳を持ちません。イザヤはそのような彼らに三年間、預言的行動を持って訴え続けます。
また、ユダの中にもクシュを頼みとする者がいました。エジプトを誇りとした者がいました。
表面的な部分だけを見て、今の状況だけを見てあちらこちらに揺れ動く生き方ではなく、決して揺るぎないみことばにしっかりと土台を据える生き方が、終わりの時代、私たちをこのような出来事から守ります。

【21章】荒らす者(伝道者の書)

・すべての嘆きを終わらせる:1-5節
ここでは「海の荒野」というあり得ないような場所が出てきます。これはバビロンを指し示す言い方です。実際的にもチグリス・ユーフラテス側の支流が沢山ありますが、実際には荒野だらけの地形です。それと同時に、霊的な姿も意味しています。神を信じようとしない霊的な砂漠のような状態です。
イザヤはこれを厳しい預言だと言っています。ダニエル5章にある、ベルシアツァルが宴会を催している時の事です。彼が主を恐れようとしないことを知り、非常な恐れを抱いています。

・見張りを立てさせ:6-7節
主ご自身がイザヤに見張りを立てさせるように仰せられました。そして、ここに書かれているような者を注意するように言われました。
私たちは自分の心に見張りを置いているでしょうか。それは祈りです。私たちは力の限り見張って、自分の心を見守る必要があります。もちろん、主が私たちの見張りとして立って下さっていますが、自分の心は自分で見張る必要があります。祈りをもって自分の心を見張りましょう。

・物見の塔:8-9節
その人は獅子のように叫んだとあります。見張り人です。かれは見張りの塔の上から四六時中見張っています。そして、該当する人が来たら大声で叫びます。イエス様も灯火を用意した賢い娘と、用意しなかった愚かな娘のたとえで、「花婿が来た」と叫ぶ声を語られました。いつも目を覚まし、見張り続ける者が一番に主が来られるのを見るでしょう。

・踏みにじられた私の民:10節
打ち場で麦が打たれるように、自分たちも打たれているけれど、苦しみ、悲しみが去るときが来たことを告げています。もはや夜もなく太陽もない、ただ主の臨在だけがある永遠の世界です。しかし、それは今すぐではありません。私たちは必ずここに導かれることが約束されていますが、今はまだしばらく、この地上で幾ばくかの苦難の中生かされています。

・今は夜の何時か:11-12節
ここはドマについての宣告です。夜回りに「今は夜の何時か」と一度聞いていますが、もう一度同じ質問をしています。おそらく、夜回りは眠ってしまっていたのかもしれません。そして、その回答は心ないものでした。
この当時はアッシリアが勢力を拡大し、モアブが踏み荒らされています。エドムはモアブの南にある国です。そのモアブが踏みにじられたのですから、今度は自分たちかもしれないという恐れがあります。そのことをエドムは「夜」と表現しています。それでエドムはユダに使いを送ってアッシリアの様子を聞くと、イザヤは「夜が明けてもまた夜となる」と答えました。
このように、預言が少ないのは、彼らが主を求めていないからです。イエス様を敬わなかったヘロデにイエス様は口をあまり開きませんでした。

・渇いている者にあって水をやれ:13-17節
ここはアラビアについての宣告です。デダンの隊商が逃げています。そしてアラビアの林に隠れています。そして、テマの住人たちが水とパンを与えています。彼らはなんとかして生き延び、戦おうとしますが、一年後には勇士の数は減ると告げられています。
いくら強くとも、主を頼りとしない者たちはそのようになります。お互いに集まり、協力し合うのは素晴らしいことです。しかし、教会が単なる仲良しクラブやカルチャーセンターとなってはいけません教会の中心はイエス様です。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

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