シャローム!
世の中には「ありがたご迷惑」ということばがあります。お節介とも言います。これはどうして起こるのだと思いますか?
多くの場合は、自分が良いと思ったものを相手に押しつけてしまうときに起こります。
つまり、相手のニーズ(必要)と違う物を渡して、自己満足に浸っているような状況です。
本当はミカンジュースが飲みたいのに強引に「これおいしいから飲みなさい」と言ってスイカジュースを渡されて飲まされるというところでしょうか。
このような問題は、多くの場合与える側にあります。確かに主は受けるよりも与える方が幸いと言われましたが、何でも与えれば良いというものではありません。
まずは相手の心に耳を傾け、祈り、その人が求める物を提供することができたら素晴らしいですね。それは必ずしも物質だけではありません。時間だったり、笑顔だったり、ひとことの励ましであるかもしれません。
自分のものを相手に押しつけるあたえ方ではなく、相手が本当に欲しているものを悟る力が与えられますように。
今日もみことばから教えていただきましょう。
今日の通読箇所:ヨブ記 16章~18章
■アウトライン
苦難の中での信仰
●ヨブの答え:16章
・煩わしい慰め手:1-6節
・私を疲れさせた:7-8節
・私の祈りはきよい:9-18節
・天での証人:19-22節
●民の物笑い:17章
・彼らの心を閉じる:1-4節
・告げ口する者:5-16節
●ビルダテの答え:18章
(1)通読のために心を整える
心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。
(2)通読
今日の通読箇所をまず音読しましょう。
(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す
コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。
(4)コラムを読む
コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。
■コラム
【16章】ヨブの答え
・煩わしい慰め手:1-6節
ヨブはエリファズの言ったことに答えます。ことばを変えて何度も繰り返される内容に対して、ヨブは「そのことばは何度も聞いた」と言い、「あなたがたは煩わしい慰め手だ」と言います。「煩わしい」とは「害毒」とも訳されることばです。
「あなたがたは私を慰めているようで、かえって私を苦しめている」と言っています。「そのことばをそのままあなた方に返す」と言います。
私も人にアドバイスするとき、このように思われていないかを祈りつつ、とても気をつけているつもりです。
・私を疲れさせた:7-8節
ヨブは友人たちとの会話の中で、さらに苦しみもがきます。友人たちはヨブの家族が失われたのもヨブの身に起こっていることもすべてヨブの罪から来たのだと言いますが、ヨブは神様が行われたことだと主張します。今の自分の姿がその証拠だと言っています。
・私の祈りはきよい:9-18節
ヨブの口調は激しくなっていきます。「小僧っ子」という気になる表現が出てきますが、これは30章で詳しく書かれていますが、悪さをする子どものような者がまわりをうろついているということです。
ヨブはどのような状態でも、何を言われても神様に対する信仰を捨てませんでした。
これはヨブの罪の故ではなく、神様が送られたことなので、神様はこれほどまでに残虐な一面があると言うことを言っています。
・天での証人:19-22節
ヨブは誰が自分に敵対したとしても、天に証人がいると言っています。その証人は高いところにおられると言っています。先ほどまでは神様を自分を責めるお方だと言っていたのに、ここでは正反対のようなことを言っています。
ヨブを保証してくださる方はどなたでしょうか?神と等しい位についておられる方はどなたでしょうか。神のひとり子、イエス・キリストです。
このお方は世の初めからおられました。もちろん、ヨブの時代にもおられました。しかし、まだ時が満ちていないので受肉されておらず、この地上には来られていません。しかし、確かにイエス様は存在されていました。イエス様がヨブに現れてくださっています。
【17章】民の物笑い
・彼らの心を閉じる:1-4節
ヨブと友人たちの会話は長時間に及んだのでしょう。ヨブは友人たちを「あざける者」と言い、彼らと夜を過ごすことは敵意の中で過ごすことだと言っています。
そして3節で再び自分を保証する方に訴えています。ヨブは友人たちに対して敵意を抱きました。しかし、敵意は神に属する者ではありません。もし、私たちがまわりの誰かに敵意を感じたなら、私たちを保証してくださる方、イエス様に祈りましょう。
4節には主が友人たちの心を閉ざして悟ることがないようにされたから、彼らは高められないと言っています。彼らの選択によって、心の中にある悪意によって彼らは報いを受けます。
・告げ口する者:5-16節
5-8節に注目してみましょう。ヨブはこのような目に遭いました。まるでイエス様の姿のようです。十字架を見上げつつ、9-10節を読んでみましょう。友人に対して悔い改め、義人の道に帰ってくることを呼びかけています。
そして11節からは、自分はただ死にゆく者だと語ります。ヨブにとっての死は神との永遠の断絶を意味していました。たましいは深いよみに下り、肉体はちりにかえると思っています。
【18章】ビルダテの答え
ビルダテが口を二回目に開きます。彼の主張は神の正義、公義です。ヨブは友人たちを悟りが無い者と言いましたが、ビルダテもヨブを愚か者、悟りの無い者と言っています。
ヨブの言ったことに対して、「なぜ私たちは獣のようにみなされるのか」と抗議しています。
ヨブに対して、怒っても何も得することはなく、怒りをあらわしても周りの状況は何も変わらないと告げます。
つづけてビルダテはヨブに「愚か者」というレッテルを貼り、それを前提に話を進めます。
悪者は暗やみであり、悪者の悪巧みは自分がその罠にかかってしまうことを告げます。
そして、結局は住まい、親類などが誰もいなくなってしまうと言います。
ビルダテは知恵から事実、理論を話します。そこに希望もなく、励ましもありません。
ところで、暗やみを暗やみでなくす方法は何かわかるでしょうか?当たり前のことです。光をつければ良いのです。
光はみことばです。創世記の最初で暗やみで混沌としている中に神が「光があれ」と言われ光が現れました。そして光と闇が区別されました。混沌としているところにみことばの光が差し込むなら、そこに秩序が生まれます。
毎日の通読は私たちの行くべき道を照らします。暗やみの子ではなく、光の子として歩みましょう。
(5)ノートに記す
文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
・【祈り】実行できるように祈りましょう。
(6)祈り
実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。
(7)分かち合う
ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。
みことばによって私の心に光が照らされるように祈ります。感謝します。