シャローム!
ヤコブは妻を迎え、ついに12人の族長になる子どもたちが与えられていきます。イスラエルの12部族です。一人の人に与えられた神の約束が子ども、孫、その子孫に広がっていきます。
もし私たちが神の約束を受け、神を信じ、神に従うなら、私たちの子孫は祝福の子孫になっていくのではないでしょうか。
その祝福の家系の始まりは私です。
今日もみことばを通して教えられていきましょう。
今日の通読箇所:創世記30章~32章
■アウトライン
別れと再会
●ヤコブの妻たちの争い:30章
・ラケルの嫉妬:1-8節
・ジルパの子:9-13節
・恋なすび:14-21節
・ラケルの子とラバンとの争い:22-43節
●ヤコブとラバンの抗争:31章
・ヤコブの旅立ちの決心:1-16節
・ラバンとの話し合い:17-42節
・ラバンとの契約:43-55節
●エサウとの再会に向けて:32章
・神の使い:1-12節
・贈り物:13-21節
・神との格闘:22-32節
(1)通読のために心を整える
心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。
(2)通読
今日の通読箇所をまず音読しましょう。
(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す
コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。
(4)コラムを読む
コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。
■コラム
【30章】ヤコブの妻たちの争い
ラケルは不妊で悩んでいたので、姉に嫉妬をしてしまいます。1節と2節でラケルとヤコブの間で行われた会話を見て、どう思いますか?
いのちを与えるのは人の力ですか?それとも神様の御業ですか?
ラケルは自分の子どもを得るためにどのような方法をとったでしょうか?
ラケルの女奴隷の産んだ子どもの名前はそれぞれ何でしょうか?また、どういう意味があるでしょうか?
それを見て、レアは今度は自分の女奴隷をヤコブに妻として与えます。そこで産まれた子どもたちの名前と意味はどういうものでしょうか?まとめてみましょう。
14節からは、恋なすびというものが出てきます。この正体ははっきりわかっていないのですが、性欲剤として使われていたと言われています。また、恋なすびは春に黄色いトマトのような実をつけて、その実は下剤や麻酔効果がりましたので、古代から薬用の植物として用いられていたようです。
さらに、根の形が二股になっており、女性の体のように見えることから、豊穣の女神としての力があると信じられていたようです。
いずれにしても、ラケルはこのような恋なすびにすがってまでも子どもをもうけたいと考えていたようです。ところが恋なすびの効果はなく、かえってレアにさらに二人の男この子と一人の女の子が産まれます。
箴言10:22を読んでみましょう。私たちもこのときのレアのような事をしていないでしょうか?
神様が「しなさい」と言われたことに対する努力は的を得た努力であり、その価値がありますが、神様が言われていないのに人の力だけで努力するのは、かしこいやり方ではありません。箴言19:2には何と書いてあるでしょうか?
しかし、神様は良いお方であり、祈りを聴いてくださる方です。
22節に「ラケルを覚えておられた」と書かれています。人知れず涙し、祈った祈りを聴いてくださっていたのでしょうか。ついにラケルに待望の子が与えられます。
25節からはそれまでの流れと違う流れを見ることができます。ヤコブとラバンとの抗争が始まります。
ヤコブはレアのために7年仕え、さらにラケルのために7年、合計14年仕えましたが、ちょうどその時にヨセフが産まれました。そして、ヤコブはついに神に語られたカナンに帰るときであることを悟りました。ラバンとの約束をきっちりと果たしました。
みなさんは約束をきちんと忠実に果たしていますか?
しかし、ラバンの考えは違っていました。ヤコブのビジネスセンスを手放したくないと考えていました。27節を見てみてください。
31節では、ラバンはヤコブに報酬を与えようとしますが、ヤコブは黒い羊、ぶち毛、まだら毛の山羊をくださいと言います。羊も山羊も白い色が普通なのに、ヤコブはそのような物を要求しました。
そして、ラバンは自分の取り分を隔離し、ヤコブと距離を置きます。
アブラハムと甥のロトが別れたときと比較してどう思いますか?この後、人の目に良い物を取ったラバンと、そうではないヤコブがどうなるのでしょうか?
37節から、ヤコブは不思議な行動に出ます。水に皮をはいだ枝を入れると家畜にさかりがつくということを、ヤコブはどうして知っていたのでしょうか?
おそらく、14年の間、忠実に仕え、羊の世話をする中で見いだした方法なのでしょう。あるいは、神からの知恵であったのでしょう。
どうやら科学的にこの事は実証されていないようなので、神様がヤコブを富ませるために特別に与えられた知恵と奇跡なのかもしれません。ちなみに、「木の皮をはいで、白いところをむき出しにする」の「白いところ」はラーヴァンというヘブライ語が使われ、「ヤコブを裸にする」と言う意味があります。
いずれにしても、43節を見ると、現場で得た知恵をもってヤコブは非常に富んだ者となりました。
【31章】ヤコブとラバンの抗争
ヤコブはカナンに帰りたい思いがありましたが、ラバンの子どもたち、またラバンの態度、そしてラケルとレアの気持ちを通して確信を得ます。
15節を見てみてください。ラバンはどのような父でしたか?娘思いでしたか?それとも、自分の事だけを考えていましたか?
こうして、ヤコブは家族を連れて大移動を始めます。半ば逃げ出すように出発しました。ところがラバンはヤコブたちを追いかけてきます。一触即発の時かと思われましたが、神様のご介入によってラバンの気持ちを整えてくださいます。神様はこのような事もされるお方です。
ラバンがヤコブたちを追いかけてきた理由は何だったでしょうか?19節、30節、32節、34-35節を見てみましょう。
父のティラフィムをこっそり持ってきて隠したラケルを神様は特別にとがめておられません。なぜそうなのかは私もわかりません。出エジプト記で王の命令に背いた助産婦が祝福されたと言うこともあります。聖書はまだまだわからないことだらけです。ゆえにもっと読みたくなり、知りたくなります。
この後、お互いで話がつき、契約が結ばれそのしるしとして石塚が築かれます。
55節では、ラバンは自分の家に帰ります。今まで賑やかだった家に寂しく帰ることになります。
いつも自分の事だけを考え、人から何かを奪い取ることばかり考えていた刈り取りかもしれません。
一方、不利に思えながらも忠実に仕え続けたヤコブはどうでしょうか?みなさんはどちらになりたいですか?
【32章】エサウとの再会に向けて
長年苦しめられたラバンの元を去ることができ、ほっとしたのもつかの間、ヤコブにはもう一つ心の中に重い物がありました。20年も会っていない兄のエサウのことです。
主は和解の神です。ヤコブはこの問題を乗り越えなければなりませんでした。しかし、気持ちも足取りも重いことは想像できます。
そのようなヤコブに神のつかいがあわられます。
ヤコブはどれほど兄を恐れていたのでしょう。様々な贈り物を自分の前につかわし、家族をも先に行かせようとしました。
母からの知らせもないので、ヤコブは「きっと兄さんは怒っているに違いない、会ったら私を殺すだろう」と考えていたのでしょう。
かといって、今更ラバンの元に帰ることはできません。賢いエサウが考えついたのが先の方法でした。
24節、ヤコブはひとりになりました。そして、ある人と朝まで格闘しました。この「格闘する」は「どろどろになって死に物狂いでたたかう」と言う意味合いがあります。
本来なら、神様はエサウと出会うという道を速やかに開いてくださるのが私たちの祈りの答えの理想像かもしれません。
しかし、神様はあえて私たちの行く道を閉ざされることがあります。そこにも神様の深いご計画があるからです。
ある人はヤコブが引き下がらないので、ある部分を打ちます。それはどこでしょうか?その部分は体の中心という意味もあります。
つまり、ヤコブはある人との戦いの中で自己中心を打たれたのです。
ヤコブはそのような状況の中でもある人に祝福を求めます。そして、名をヤコブ(押しのける者)からイスラエル(神と戦い、人と戦い勝った)という名に変えられます。
聖書で名前が変えられることは非常に重要な出来事であり、その人のアイデンティティーが変えられることも意味しています。
自己中心が神によって砕かれるとき、びっこを引くような事があるかもしれませんが、私たちの内なる人は新しい人へと造り替えられていきます。
ヤコブは諦めませんでした。これは祈りの姿勢です。私たちはいつまで祈るのでしょうか?答えはその祈りが聞かれるまでです。そうするなら、祈りの答えは100%になります。
これはルカの18章にも書かれている祈りの教えです。祈りましょう。祈りましょう。とにかく祈りましょう。主は必ず祈りに答えてくださいます。
(5)ノートに記す
文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
・【祈り】実行できるように祈りましょう。
(6)祈り
実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。
(7)分かち合う
以下のところにアクセスして、ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。