聖書通読クラブ Day 116

聖書通読クラブ Day 117【歴代誌 第一 16章~18章】

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シャローム!

ダビデの願いであった、神の箱がダビデの町、エルサレムに運び込まれます。ダビデは、民はどのようにして神の箱を迎えたのでしょうか。そして、ダビデはその後、どのような政策をとったのでしょうか。その後ダビデ王朝はどうなっていくのでしょうか。

今日もダビデのように主を切に求め、みことばを朗読していきましょう。

今日の通読箇所:歴代誌 第一 16章~18章

■アウトライン

祝福と勝利

●セレブレイション:16章
  ・神の箱が運び込まれる:1-7節
  ・ダビデの詩篇:8-36節
  ・毎日の日課:37-43節

●神の心、ダビデの応答:17章
  ・ナタンに与えられた主からダビデへのことば:1-15節
  ・ダビデの応答の祈り:16-27節

●ダビデの武功:18章
  ・ペリシテ人を打つ:1節
  ・モアブ人を打つ:2節
  ・ツォバの王ハダデエゼルを打つ:3-8節
  ・ハマテの王トウの祝福:9-11節
  ・エドムを打つ:12-13節
  ・正しいさばき:14-17節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【16章】セレブレイション

・神の箱が運び込まれる:1-7節
ついに神の箱がダビデの町、エルサレムに正しい方法で運び込まれました。民はこぞって喜んでいます。これは2サムエル記にも書かれていましたが、ここでは4節からが書き加えられています。その内容はどのようなものか、みことばを見て確認しましょう。
これは非常に重要な働きです。彼らの最も大切な働きは何でしょうか。民に主を覚えさせることです。そして、感謝させることです。まずレビ人が神の前で仕え、その生き方を民に示します。それを見て、また賛美の声を聞いて、民は絶えず主を覚え感謝します。
これはどちらがえらく、どちらが劣っていると言うことではありません。役割分担です。
ダビデの幕屋の周りでは絶えず賛美奉仕者が主をほめたたえていました。エルサレムは山の上にありましたので、その賛美の音、主をほめたたえる賛美は山から町中に響き渡りました。
仕事に行く人々はその賛美の声を聞き、絶えず主を覚え感謝しながら仕事をします。その結果、ダビデが王として納める約30年間、イスラエルに祝福がありました。
私たちも宮で仕える者は絶えず主を礼拝し、聖徒のためにとりなします。外で働く者はそのとりなしを受けて主を絶えず覚え、感謝を捧げつつ仕事をし、そこで得た祝福を宮に聖別して持って来ます。
そうして、神の国が前進していきます。

ここでもう一つ画期的な事は、ダビデがレビ人を用いて賛美をさせたと言うことです。
今までダビデは個人的にたて琴を持って主をほめたたえていました。個人的な礼拝です。しかし、ここでは訓練させたレビ人を組織的に用いて国家的に主を賛美しています。個人の礼拝から国家の礼拝へと変革しました。なぜこのような事ができたのでしょうか。それはダビデが幼い頃からずっと主を礼拝していたからです。その延長線に過ぎません。私たちの日々の隠れたところでの主への礼拝がやがて表に出ることがあります。

・ダビデの詩篇:8-36節
ダビデははじめてアサフたちを用いて主をほめたたえました。その内容がここに書かれています。
詩篇のダイジェスト版のようです。96篇、105篇、106篇の一部が使用されています。もしかしたらこの内容から上の詩篇が作られたのかもしれません。
この詩篇を音読して味わってみましょう。
まず、この詩篇は感謝からはじまります。そして、最後は主を褒め称えています。
その内容はどのようなものでしょうか?ほぼすべてが主がどれ程素晴らしいお方か、どんな良いことをしてくださったかが書かれています。これが賛美です。私たちの主を誇ることが賛美です。
例えば子どもは自分が新しいおもちゃを買ってもらったら、友だちにそのおもちゃがどれ程良い物かを一生懸命自慢するでしょう。同じように、私たちも私たちの主がどれほど素晴らしいかを言うのです。それが賛美です。主の素晴らしさを声に出して言ってみましょう。

・毎日の日課:37-43節
私たちは何かを始めることにわくわく感を覚え、力を注ぎます。しかし、実際は始めること以上に継続することが大切です。
最初は情熱を持って始めた通読も、途中でやめてしまうことも多いのではないでしょうか。継続する力はとても重要です。
ダビデはこの盛大なセレブレーション(お祝い)を最初の日だけで終わらせることをしませんでした。組織を形成し、システムを作ってこれが継続することを計画し、実行しました。
アサフをリーダーとして、礼拝者が毎日の日課として、常に箱の前で仕えるようにさせました。
これが大切です。私たちもこの地上での役割があるでしょう。仕事や家事、勉強をしなければなりません。しかし、それに勝って最もしなければならない日課は主への礼拝です。これなくして一日の仕事は成立しません。神様との礼拝の時間を聖別して設けましょう。
ダビデは神の箱と別に高き所(礼拝所)で仕えることも同時にさせました。かつてシロにあった幕屋はギブオンに移されています。神の箱が奪われた期間に移動したのでしょう。
高き所には神の箱はありませんでしたが、礼拝のための器具はそこに置かれたままでした。つまり、いけにえをささげる環境が整っていたのです。そこでダビデは祭司たちに命じて朝ごと、夕ごと、絶えずいけにえを捧げさせました。
こうして二カ所での絶え間ない礼拝をダビデは指揮し、リーダーたちを配置し、神の知恵を持ってイスラエルを礼拝を捧げる国として確立していきました。

【17章】神の心、ダビデの応答

・ナタンに与えられた主からダビデへのことば:1-15節
ダビデはずっと心の中にあった主の住まいを設け、神の箱を自分の待ちに歓迎すると言うことを成し遂げました。ダビデの心はどれ程喜びで満たされていたでしょうか。
しかし、それで終わりではありません。次なる目標と願いがあります。そこで、ダビデは心の内を預言者ナタンに打ち明けます。
その内容はどのような者でしょうか。1節を見てみましょう。ナタンはこの事を「やれば良いじゃないですか」とダビデを励まします。
しかし、その夜、ナタンに主が語りかけられます。その内容はどのような者でしょうか。みことばを見てみましょう。
私たちはしばしば、このような事があるのでは亡いでしょうか。情熱が沸き起こって、夢を膨らませて、いろいろ準備して、多少の根回しもして、「絶対にこの計画はうまくいく」と思っていたところ、上の者に相談したらあっさり拒否されること。
その時私たちの心は失望、落胆でいっぱいになるでしょう。この後、ナタンはこれをダビデに伝えますが、その時のダビデの反応に注目してみましょう。
また、この内容を見ると、ダビデは主のためにできる事なんて何もないという事が書かれています。ダビデを持ってこれですので、私たちはなおさら、主のためにできることがなにかあるのでしょうか。
7節から、その答えが書かれていますので読んでみましょう。
神様はダビデから見返りを受けるためにダビデに好意を与えられたのではありません。ただ、ダビデを愛するが故にこれらのことをなされ、ここまで導かれました。そして、家を建てるのはダビデではなく、主ご自身であることが語られます。しかも、その家は単なる家ではなく、王朝です。神の国です。
これが恵みです。ダビデへの恵みは私たちにも注がれていることを感謝します。
さらに11節を見ると、世継ぎの子を起こされ、彼によって王国を確立すると仰せられています。これはソロモンを指しながらも、その先にあるイエス様の事を言われています。このお方によって神の国は完全に確立されます。
ナタンはこの内容をそのままダビデに告げました。

・ダビデの応答の祈り:16-27節
普通、自分の願いが退けられたなら、不平不満を言ってしまったり、すねたりふてくされてしまうでしょう。
しかし、ダビデは主のことばを聞き、ことばを失いました。逆に自分の無力さを知り、神様の偉大さを知りました。神様が自分のことを事細かくご存じであり、息子のソロモンだけでなくその先のまことの救い主のことまで告げられたのを知ったからです。
主が現れてくださるときの正しい反応がこれではないかと思います。本当に主が私たちに臨んでくださったのなら、私たちはことばを失います。自分のありったけのことばを持っても神様の偉大さを表現することができないことにもどかしさを覚えるでしょう。神の偉大さをまざまざと見せつけられ、自分の小ささを突きつけられますが、それは不快ではなく、むしろ真実を知ることができたという喜びがやってくるでしょう。主は真実なお方です。
23節を見ると、「おことば通りになりますように」と言っています。これこそが謙遜な態度です。ダビデは自分が神の家を建てたいという願いがありましたが、それを脇に置いて、神様の願いを優先させました。これがダビデが神様に愛される理由です。
イエス様が胎に与えられたマリヤは「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように」(ルカ1:38)と言いました。当時は未婚の女性が身ごもると殺されますが、二十歳にも満たない女性が、それを覚悟でこのことばを言いました。
私たちは自分の願いがあるでしょう。しかし、それ以上に主の願いを伺っているでしょうか。その結果が自分の願いと違っていても、私たちは主の願いを優先させていきましょう。

【18章】ダビデの武功

・ペリシテ人を打つ:1節
神の箱を迎え、礼拝のシステムを構築し、自分の心を主に告白したダビデは戦いに出ていきます。
イスラエルの民は荒野でさまよった後、約束の地カナンに入ると安心できると思っていました。実際的な生活面では安心できましたが、霊的には堕落してしまい、その結果周りの敵から絶えず攻められるという時代を送ります。
人々の中には「いつか敵に襲われるのではないか」という不安がいつもつきまとっていました。それに終止符を打つのがダビデです。平和の町エルサレムにふさわしい平和がイスラエルに訪れようとしています。
まずは、イスラエルにとって長年の敵、ペリシテ人です。少し前にダビデが王になったことを聞いてペリシテ人が襲ってきた所を読みました。その時ダビデは水が敗れるように敵を破ってくださったという表現をしていました。
今度はダビデがペリシテの地に乗り込みます。そして彼らを屈服させます。

・モアブ人を打つ:2節
続いてはモアブ人です。イスラエルの南東からいつもイスラエルを悩ませる人たちでしたが、ダビデはモアブを打ち、しもべとさせ、みつぎを納めさせました。完全に屈服させています。

・ツォバの王ハダデエゼルを打つ:3-8節
続いてはイスラエルの北方からの攻撃です。ダビデは100頭の馬を残し、あとの馬の筋を切って戦えないようにしました。
この戦いにアラムが加わって来ますが、ダビデはアラムをも打ち倒してしまいます。そしてダマスコに守備隊を置きました。敵は北から攻めてきますので、この守備隊はイスラエルにとって非常に重要な場所となります。
そして、ダビデは戦いで奪い取った物を聖別して主のために用いました。

・ハマテの王トウの祝福:9-11節
この連戦連勝の噂を聞いてハマテの王トウがやってきます。それは戦いのためではなく、祝福のことばを述べるためです。賢い王です。
トウは祝福のことばと共に多くの金、銀、青銅をダビデに送りました。しかしだびではこれをも聖別して主にささげました。
トウはもしかしたら戦わずして、贈り物によってダビデの心を引き、自分に従わせようとしたのかもしれません。しかし、ダビデの方が一枚も二枚も上手でした。万軍の主が共におられるからです。

・エドムを打つ:12-13節
今度は南の敵、エドムです。ここでもダビデは勝利をおさめます。主が勝利を与えられたからです。
私たちの信じている主はこの主と別の主でしょうか?全く同じお方です。それであれば、主は私たちの行くところに勝利を与えてくださいます。もし、勝利を見ることができていないなら、私たちの目が覆われてみことばが見えなくなっているか、耳が塞がれて主の声がきけなくなっているのでしょう。
もしくは、主の御心を知りながらそれに従えない自分がいるのでしょう。いつでも主は勝利の主です。

・正しいさばき:14-17節
イスラエルを苦しめる周辺の敵は押さえました。次は内政です。
周りに危険があるのに、自分たちの次の段階を考えることは難し事です。まず、安全な環境を整える必要があります。ダビデはその事を行ったので、ようやく自分の国の内政に目を向けることができました。ダビデは正しいさばきを行うため、信頼できる多くの人を選びます。かれらによってイスラエルは正しくさばかれ、統治されていきます。このようにしてみると、ダビデは霊的な領域に於いても政治的、軍事的な領域に於いても、バランスを持って神の戦略を持って指揮していたことがわかります。どちらが欠けてもいけません。霊的、実際的なバランスが必要です。そのために私たちは信仰の家族が与えられています。みことばを中心としたバランスのとれた生活をしていきましょう。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

1件のコメント

  1. 主は大いなる方、賛美されるべき方です。
    主の願いが私の願いになりたいと思いました。

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