聖書通読クラブ Day 35

聖書通読クラブ Day 35【レビ記13章~15章】

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シャローム!

今日の通読箇所のメインはツァラアトです。これは罪の象徴として聖書に出てきます。現代では「ツァラアトにかかったからその人が罪だ」とは言えないと思います。なぜなら、すべての人は罪を犯したからです。(ローマ3:23)
しかし、このツァラアトを見ていくときに罪の性質を知ることができると思います。私たちはどこから贖われたかということを知る必要があります。
イエス様はこのような者に自ら近づかれ、手を差し伸ばしてくださいました。私たちも手を差し伸ばされたうちの一人です。

今日もみことばから教えていただきましょう。

今日の通読箇所:レビ記13章~15章

■アウトライン

ツァラアト

●ツァラアト:13章
  ・初めての発病:1-8節
  ・再発:9-17節
  ・腫物の後のツァラアト:18-23節
  ・やけどの後のツァラアト:24-28節
  ・頭とひげの疾患:29-37節
  ・皮膚に光る斑点:38-39節
  ・はげ:40-44節
  ・ツァラアトの隔離:45-46節
  ・衣服のツァラアト:47-59節

●ツァラアトからのきよめ:14章
  ・きよめの儀式:1-9節
  ・きよめのささげ物:10-20節
  ・貧しい者の場合:21-32節
  ・家のツァラアト:33-57節

●漏出:15章
  ・漏出による汚れ:1-12節
  ・漏出のきよめ:13-15節
  ・精の漏出:16-18節
  ・月経:19-24節
  ・異常出血:25-33節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【13章】ツァラアト

ツァラアトは当時、不治の病でした。現在は医療の発達で治る病気となっています。感染力は弱い、菌による伝染病のようなものでした。
当時は治療の方法がないので、どうするかがこれから書かれています。現在コロナ禍で苦しむ私たちにはとてもよくわかる事もあるのではないかと思います。

ツァラアトの判断は基本的にアロン(祭司)が下しますが、はっきりしないときは学者の意見も求めたようです。
また、患部を見るのに正しく判断しなければならないため、早朝、夕方、曇りの日は判断が見送られました。
そして、祭司はしっかりとした目が必要でした。からだの明かりは目です。物事をはっきり見分けられる祭司の目を求めていきましょう。

1節からはツァラアトとそれに似た疾患の事に関してです。人体のツァラアト7種類と衣服のツァラアトについて書かれています。

1-8節はツァラアトと普通の吹き出物の区別です。文字だけではわかりづらいですが、ツァラアトと判断するのは以下の二点です。
(1)患部の毛が白くなっていること
(2)疾患部が通常の皮膚より低くなっていること
この二つがみあたるなら、隔離されました。
しかし、一つだけであったり、不明な場合はもう7日間、保護的に隔離しもう一度判断が下されました。
そこで症状が進んでいないようであればツァラアトでないことは確かですが、念のためもう7日間隔離します。
それで、合計14日間隔離して症状が進んでいないのであればそれは単なる吹き出物なので衣服を洗ってきよいとされます。
万が一、もう一度再発するならこれを繰り返します。

二番目はツァラアトと白斑の区別です。ここでは次の二点で判断されます。
(1)毛も白く変わる白い腫れ物
(2)生肉の盛り上がり
これは慢性のツァラアトとあります。「眠っていた」「潜伏していた」と訳すこともできることばです。これが見られたなら即刻汚れているとされます。
生肉が出ることなく、全身が白くなればきよいとされました。

三番目は腫物の跡のツァラアトです。これは傷跡にツァラアトが見られたときです。これは第一の場合と同じ判断です。患部が広がっていなければきよいとされました。

四番目はやけどの傷のツァラアトです。上と同じ基準です。

五番目はかいせんとツァラアトです。ここでの見分け方は黄色い細い毛です。シェーンライン氏菌というものが寄生することで毛幹が黄色く見えるそうです。
ここでの見分け方は
(1)黄色く見える細い毛
(2)疾患部が通常の皮膚より低くなっていること
が判断基準です。これらが見当たらないなら、保護的に7日間隔離されます。

六番目は皮膚の斑点です。斑点の間が光るように見えるならツァラアトではありません。

七番目は薄毛とツァラアトです。自然に毛が抜けるものはきよい者です。

45-46節には、これらの判断によってツァラアトと認定された者が取る行動が書かれています。それはどのようなものですか?
衣服を引き裂く事は悲しみと憤りを表現する行動です。髪の毛を乱すことも同様です。口ひげを覆い「汚れている」と叫びます。これは、周囲に対して感染の危険性をアナウンスすることでもありました。
この際、ちゃんと口を覆ってから大声を出すと言うことに注目してください。マスクのない当時から徹底した感染症対策がなされていました。神様のなさることは素晴らしいですね。

47節からは衣服のツァラアトです。おそらく、カビか何かの一種と思われます。これらを放置していたら、人の皮膚に伝染しますので、洗うか焼くかがされました。

【14章】ツァラアトからのきよめ

ここからはツァラアトの清めの儀式です。ここでは二段階に分かれていて、宿営の外で行われることと幕屋の前で行われることが見られます。これは前者が社会生活の回復、後者が礼拝の生活の回復とつながります。
ツァラアトが癒やされた人は病が無くともきよさを宣言されなければ宿営に入れませんでした。ですから、祭司がわざわざ宿営の外に行ってきよさを宣言します。イエス様もそのようにしてこの地に来てくださったのではないでしょうか。

きよめの儀式には不思議なものが使われます。
(1)生きている聖い小鳥二羽。これはツィッポールと書かれています。モーセの奥さんの名前ですね。これはすずめのような小鳥が用いられました。
(2)杉の木は高いものを象徴してます。ツァラアトは高慢の罪のあらわれと考えられていたので、そのきよめにこの木が用いられたのでしょう。
(3)緋色の撚り糸は「えんじ虫」という木につく虫から抽出した緋色の染料で染めたウールの糸です。
(4)ヒソプはハーブの一種です。過越の時にも使われましたが、きよめの象徴です。そして、杉に比べ低く育つのでへりくだりもあらわしています。
土の器に湧き水を入れ、鳥の一羽をほふり、血の中に上のものを浸します。それをツァラアトから癒やされたものに7回ふりかけ「きよい」と宣言されます。そして、血まみれの鳥は野に放たれます。

ツァラアトから癒やされたものは毛をそり落とし、その後いけにえを捧げ、きよめの完了となります。

14節では血がどこに塗られるでしょうか。祭司の任職と同じ箇所です。これは復活を意味します。血塗られた者は新しく神の命令に聞き、御心をなし、神の道に歩むことを象徴している。
17節はその上に油が注がれます。神様との生きた関係の回復を象徴します。

21節からは貧しい者のいけにえが書かれています。

33節からは家のツァラアトです。これも衣服と同様、カビのようなものと思われます。ここに出てくる表現は定住の家のように思えます。この時、彼らは荒野で天幕に住んでいましたので、後の時代に適用されるものと思われます。

最後にまとめが書かれています。
ここで考えてみましょう。旧約聖書でツァラアトが癒やされた箇所を見たことがありますか?あるとしたらそれは異邦人であるナアマン将軍がヨルダン川で身を浸したときです。
あとはモーセの手がツァラアトから癒やされたこと、それとミリヤムもでしょうか。いずれにしてもイスラエルの民が明確にツァラアトから癒やされたと言う記事を見つけることができません。
それでは、なぜこのような教えが長い節数をつかって書かれたのでしょうか?
それは、やがて来るイエス様のためです。イエス様は律法に書かれているこれらのツァラアトの者に近寄り、手を差し伸べ癒やされました。そして「祭司のところに行ってきよめを宣言してもらい、いけにえを捧げなさい」と言われます。この律法がおそらく初めて有効となった時だと思います。
つまり、この箇所はイエス様のために用意された箇所だとも考えることができないでしょうか?

【15章】漏出

男性、女性それぞれの性的分泌に関して書かれています。男女とも生理的と病気から来る者に区別されます。
生理的な汚れ(男性は精が漏れる事、女性は月経)は単に身を洗うことできよめられます。
現代もそうですが、性的な問題は明るみに出る機会が少ないですが、みことばでははっきりとその区別が書かれています。
その事が原因しているかどうかは不明ですが、イスラエルの民には昔から性病患者が少ないそうです。男女の関係の聖さを守り、ここにかかれているようなことを忠実に守った結果かも知れません。

25節で出てくる女性は、福音書に出てくる長血を煩った女性の状態です。彼女はどのような思いで当時を過ごしていたのでしょうか。そして、意を決してイエス様に近づいた時の気持ちはどのような者だったでしょうか。そして、癒やされた時の喜びはどのようなものだったでしょうか。考えてみましょう。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

1件のコメント

  1. レビ記13章12節から13節
    しかし、もしも、そのツァラアトが皮膚に生じて、祭司が目で見るかぎり、ツァラアトが頭から足まで患者の皮膚全体をおおうようなことがあるなら、
    祭司がそれを調べる。もし、そのツァラアトがその人のからだ全体をおおっているなら、祭司はその患者をきよいと宣言する。すべてが白く変わったので、彼はきよい。

    全身病に侵されつくしたら、なぜ清いと宣言されるのか?わからなかったのですが、

    ツァラアトが頭から足まで患者の皮膚全体をおおう人はきよいと宣言するとは
    全身、全く汚れた存在であると自覚して、自分の罪を全く神に言い表し、
    神の前に自分が死ぬので、
    罪の働きが止まり、その人は清い者となるのですね。

    病の毒が全身を覆って、神の前に死んだのなら
    毒の働きはもはやなく。
    これ以上の毒のは出てこないから清いとされる。

    そして、神との交わりが回復する。

    そこまで神の前に死んでいる者であること、
    自分の全身を覆う罪を自覚することが、なんと困難で自分では分かりずらいことでしょう。

    自分は、ちょっとばかり、ましなところもあると思っていたりします。

    真理の御霊に導かれて、罪について、義について、裁きについて、その誤りを認めさせてくださいと願います。

    そして日々、聖霊様の助けによって、キリストとともに死に、
    キリストの復活とともにに生きると者となりますように。

    ロ-マ人への手紙5章20節から21節
    律法が入って来たのは、違反が増し加わるためでした。しかし、罪の増し加わるところに、恵みも満ちあふれました。
    それは、罪が死によって支配したように、恵みもまた義によって支配して、私たちの主イエス・キリストにより永遠のいのちに導くためなのです。

    ロ-マ人への手紙6章6節から8節
    私たちは知っています。私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅ぼされて、私たちがもはや罪の奴隷でなくなるためです。
    私たちがキリストとともに死んだのなら、キリストとともに生きることにもなる、と私たちは信じています死んだ者は、罪から解放されているのです。

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