聖書通読クラブ Day 339

聖書通読クラブ Day 339【ピリピ人への手紙 1章-4章】

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シャローム!

今日一日で、ピリピ人への手紙を読み終えます。
私たちは生きていると、様々な出来事に遭遇します。ピリピの手紙では、そのような事にどのようにして向かい合っていけば良いか、人をどのように見れば良いか、また、多くの私たちの心を引くことが満ちあふれる中で、何に集中し、どのように生きていくかが具体的に書かれています。ピリピの教会に与えられた同じ恵みを、今日も聖霊様の導きによって受け取っていきましょう。

今日の通読箇所:ピリピ人への手紙 1章-4章

■アウトライン

●ひとつになる:1章
  ・挨拶:1-2節
  ・私は祈っています:3-11節
  ・生きるとこはキリスト:12-26節
  ・福音にふさわし生活:27-30節

●救いの達成:2章
  ・すべての名にまさる名:1-11節
  ・救いの達成:12-18節
  ・テモテとエパフロデト:22-33節

●信仰の成人を目指す:3章
  ・目標を目指して一心に走る:1-16節
  ・私たちの国籍は天にある:17-21節

●神から来る平安:4章
  ・しっかりと立つ:1節
  ・真の協力者:2-3節
  ・人のすべてにまさる神の平安:4-7節
  ・心に留め実行する:8-9節
  ・どんな境遇でも満ち足りる:10-20節
  ・結びの挨拶:21-23節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【1章】ひとつになる

・挨拶:1-2節
ピリピはマケドニヤ地方にある教会です。使徒の働き16章辺りに登場します。あるとき、パウロは聖霊様によってアジヤでみことばを語ることを禁じられました。その後、ある夜に夢を見て、その中でマケドニヤの人が来て欲しいと言われました。そこでパウロ、シラス、テモテ、ルカたちがマケドニヤに行きました。実は、これが初めてのヨーロッパでの宣教になります。そして、その時最初に訪れたのがピリピです。ちなみに、この地方にはほとんどユダヤ人がいなかったようです。
そのようなピリピの教会の聖徒たちと監督、執事たちに、パウロとテモテから宛てられた手紙です。
聖徒だけでなく、監督と執事たちにも書かれていることから、この地方で教会が秩序を持って保たれていることがわかります。
そのような異邦人が多い教会に宛てられている手紙ですので、今までのような体系的な教えと言うより、より具体的で実際的な内容が多い印象があります。

・私は祈っています:3-11節
パウロは感謝しています。何に感謝していますか?その働きを始められた方は神です。このお方はイエス様が戻って来られる日が来るまでに、それをどうしてくれると書いていますか?パウロは現状を見ながらも、その先にある希望を信仰を持って見ています。
また、パウロはピリピの人をどのように心に覚えていますか?7節を見ましょう。また、パウロはピリピの人を愛の心を持って慕っていると言っています。
そのことを持って、パウロは祈っています。それはどのような内容ですか?9-12節を見ましょう。愛が真の知識と識別力によって豊かになること、真にすぐれたものを見分けられること、キリストの日に純真で非難されないようになること、義の実に満たされている者となること、神の御栄えと誉れが現されることです。私たちも愛する人のためにこのみことばを持って祈ってみましょう。

・生きるとこはキリスト:12-26節
パウロは投獄され、獄中から手紙を書いていますが、それは何のゆえに投獄されましたか?13節を見ましょう。そのことによって兄弟たちはどうなっていますか?14節を見ましょう。
また、14-17節には二種類の動機でイエス様を伝える人がいます。それぞれどのような人ですか?
パウロは大きな視点でこの事を見ています。18節をみると、どのような伝え方であっても、キリストが宣べ伝えられていることを喜んでいます。その理由は19節です。
パウロは福音を伝える中で、今まで様々な経験をしました。その度に聖霊様に助けられ、イエス様との関係が親密になっていきました。そして、このことばを語ります。21節を見ましょう。本当の意味で、心からこのことばを言うことは、まだ私には難しいですが、私もこの思いを持っています。なぜなら、私がどんなに頑張ってもいのちを伸ばすことはできないからです。
パウロは早くイエス様の御元に行きたいという願いがある一方、子の地上で生きていると豊かな実を結ぶことを知っていました。ですから、そのことで葛藤しています。実は、この世を去ってイエス様のところに行く方が楽でしょう。しかし、パウロはこの世に留まる事が必要だと言っています。私たちの死亡率も100%です。いつかこの世を去ります。そのために、今日、何をする必要があるかを考えましょう。朝に祈りを捧げ、一日なすべき事を主に伺いましょう。もしかしたら、イエス様が迎え肉手下さるかも知れません。しかし、たとえそうでなくても、私たちはこの地上で召しを全うしていきたいと願います。

・福音にふさわし生活:27-30節
パウロはピリピに一つの事を書き送っています。それは何でしょうか?具体的には、一つとなることです。
ピリピの手紙には一つになることがよく書かれています。おそらく、ピリピの教会に分裂があったのでしょう。終わりの時代、サタンが教会から奪っていくものがあります。それは聖さと一致です。これを奪われないように死守しましょう。
そして、パウロはキリストを信じる信仰だけでなく、もう一つのものも賜ったと書いています。それは何でしょうか?よく、教会に未信者を誘うときに「教会に来ると良いことがあるよ」と言うかも知れません。それは確かにそうですが、みなさんは教会生活で良いことばかりでしょうか?むしろ、信じているから起こる葛藤や、教会での人間関係に悩まされていないでしょうか?ですから、未信者を誘うときに「教会に来ても大変だよ」と言っておく方が良いかもしれません。それでもなお、教会に来、礼拝をささげたいという願いをもつのであれば、その人は本当に主に招かれた人でしょう。
私たちはパウロが経験した戦いを経験します。もし、そうでなければ、私たちの信仰は本物ではないかも知れません。

【2章】救いの達成

・すべての名にまさる名:1-11節
パウロはここで「もし○○があるなら」と言っています。4つの事が書かれていますが、それは何ですか?もして、それがあるならどうしてくださいと書いていますか?ここもやはり一致です。それを達成するために3節以降が書かれています。
何事でもどうしなさいと書かれていますか?また、人に対して、どのように思いなさいと言っていますか?また、4節も見ましょう。これはキリストの内にも見られることです。
そもそも、すべての人は神様が造られた最高傑作です。そして、すべての人の中にはキリストのご性質の一部があるはずです。私たちはその部分に注目していきたいと思います。
イエス様は神であるお方です。何でもできる全知全能のお方が非常に制限された人の形をとってこの地に来て下さいました。それはご自分を無にするに等しいことです。私たちがミジンコになるなら、あらゆることが制限されます。しかし、神が人となられることはそれ以上の大変なことです。このお方はご自分の特権を主張されず、仕える者の姿を取って下さいました。私たち人に届くために、人の形をとってくださいました。それだけでなく、ご自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。イエス様がこれほどまでの事をして下さったゆえに、神はイエス様に何をして下さったのでしょうか?9節を見ましょう。その目的は何でしょうか?10-11節を見ましょう。私たちは御国の鍵である、このイエス様の御名を用いても良いという権利を与えられているのです。それだどれ程偉大なことでしょうか。すべての口が「イエス様が主です」と告白し、神が誉め称えられることを祈り続けます。

  
・救いの達成:12-18節
この12節は、私たちにとって非常に重要な事柄が書かれています。パウロはここで「救いの達成に努めなさい」と言っています。イエス様を信じれば救われるのではないでしょうか?どうして救いの達成のために努力が必要なのでしょうか?
これは結婚生活と似ています。結婚式を挙げ、その後「はい。これからは別々に好き勝手に暮らしましょうね」というのは本当の意味での夫婦ではないでしょう。健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しいときも、歩みを共にするのが夫婦です。そうして、関係が深められていきます。同じように、イエス様を信じて終わりではなく、むしろその後が重要です。イエス様と共にどのように歩むかです。そのためには忍耐しなければならないことがあるでしょう。自分の肉を従わせなければならないこともあるでしょう。そのように、私たちは救いの達成を目指していかなければなりません。まだ、救いは完成してはいないのです。そのために、主は私たちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださいます。ですから、私たちは14節のようにしなければなりません。
それは、キリストの日、つまりイエス様が迎えに来られたときに誇ることができるためです。そのために地上でどのような事を目指す必要があるでしょうか?15-16節を見てみましょう。主のための努力は無駄になることがありません。的を得た努力をしていきましょう。

・テモテとエパフロデト:22-33節
パウロはテモテを送ることを願っています。誰も真実にピリピの人々を心配している物はおらず、テモテだけが心配していました。21節は私たちの心に刺さるみことばではないでしょうか?いつも考えるのは自分のことばかりです。自分を捨て、自分の十字架を負ってキリストに従うと約束したのであれば、自分の事以上に神様に従う生き方が大切です。
テモテはこの事を実践していました。その働きはどのようなものでしたか?22節を見ましょう。
もうひとりの人物がここに出てきます。エパフロデトです。パウロは彼をどのように紹介していますか?25節を見ましょう。しかし、彼は病気を患っていたようです。しかも、伝染病か何か、人に伝わってしまう病のようです。しかし、主は彼を、そしてパウロを憐れんでくださいました。彼の病は問題ないようです。ですから、急いで彼を遣わしたいと願っています。だから、喜んで受け入れるように願っています。

【3章】信仰の成人を目指す

・目標を目指して一心に走る:1-16節
パウロはここで、喜びなさいと命じています。そして、彼らの安全のために書き記して行きます。
まずは、あるものに気をつけろと言っています。それは何ですか?まずは犬です。かみつくからでしょうか?どうして突然犬が出てくるのでしょうか?野犬が多かったのでしょうか?そうではなく、当時は、犬は汚れたものの象徴でした。聖徒たちにいやしく近寄って来る、彼らを汚そうとする者に気をつけろと言っています。また、悪い働き人、肉体だけの割礼の者にも気をつける必要があります。
肉体的な割礼ではなく、3節の割礼が大切です。何によって礼拝をする必要がありますか?何を誇りますか?何を頼みとしてはいけませんか?
ところがここから、パウロは自分のちょっとした自慢話を始めます。5-6節を見てみましょう。パウロはどのようなバックグラウンドがありましたか?
しかし、それらの輝かしい過去の栄光は、今のパウロにとってどのようなものと思っていますか?7節を見ましょう。さらに、8節には「ちりあくた」と書いています。きれいなことばではありませんが排泄物のようなものだと言っています。どうしてそのように思うのでしょうか?8節の最後の行から9節を見てみましょう。このお方の御前では、自分がなした事は何も誇れるものはありません。
パウロはキリストの復活の力を信じているからこそ、苦しみにあずかることも恐れていませんでした。
パウロはいつもイエス様を追求していました。どうしてでしょうか?イエス様が先にパウロを捕らえて下さったからです。多くの人は、「主のために○○したから、主から○○をしていただく」と考えるかも知れません。しかし、これは取引です。私たちと主との関係はそのような者ではありません。まず、先に主は無条件で私たちを愛して下さいました。その愛に応えたいがために、このいのちさえも差し出したいと願うのです。
ですから、パウロがしたように、後ろのものを忘れる必要があります。同じ過ちを繰り返さないために過去のことから学ぶ必要はあり余すが、いつまでも引きずっていてはいけません。後ろのものを忘れて、前に向かって進むのです。目標を目指して一心に走るのです。脇目を振る暇はないのです。この目標とは何でしょうか?イエス様ご自身です。
これが信仰の成人の考え方です。大人になりましょう。成長しましょう。もし、これと違った考え方をしているなら、主が必ず教えて下さいます。それを聞き、受け入れ、実行する柔和な心が与えられますように。
そのためにも、まず今、すでに達している所を基準にして、一歩一歩進んでいきましょう。

・私たちの国籍は天にある:17-21節
パウロは生き方をもって模範を示しました。どうしてそのような事を言うかというと、18節にあるとおりです。彼らの最後はどうなると19節にありますか?彼らは何を神としていますか?彼らはいつも地上のことしか考えていないのです。
しかし、私たちの国籍はどこにあると20節にありますか?私たちはいわば寄留者です。本当の国籍は天にあります。これが私たちの本来居る場所です。ここから再び私たちを迎えに来て下さる主を、私たちは待ち望んでいるのです。
イエス様は私たちにどうして下さったと21節にありますか?私たちの霊、たましい、肉が回復していきます。

【4章】神から来る平安

・しっかりと立つ:1節
パウロはピリピの人たちをどのように呼んでいますか?私たちも主にあってしっかりと立つ事が大切です。そして、お互いをこのように呼び合えると素敵ですね。

・真の協力者:2-3節
ここに二人の女性が出てきます。どうやら、彼女たちはピリピの教会で分裂を起こしていたようです。ですから、一致して下さいと願っています。彼女らも最初は熱心に福音を伝えていましたが、どこからか少し道がずれてしまい、このようになったのでしょう。
「真の協力者」と呼ばれる人にも、彼女たちの一致のために助けてやってくれと願っています。教会は一致が崩れると非常に危険です。

・人のすべてにまさる神の平安:4-7節
パウロは繰り返します。喜びなさいと。5節、何をしなさいと言っていますか?なぜなら、主は誓いからです。主はまもなく来られます。それがはっきりといつかはわかりませんが、まもなく来られます。ですから、様々な事に惑わされないで、目標目指して一心に走るために何が必要でしょうか?
6節を見ましょう。一つ目のポイントは思い煩わないです。私たちは様々な事を心配してしまいます。人の心配の9割ほどは起こらないようです。イエス様も心配するなと言われました。これは命令です。心配してはいけないのです。ではどうするのでしょうか?あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いをもって、主に知っていただくのです。主への完全な信頼です。
ウイルスや戦争、戦争のうわさ、天変地異、など、様々な情報が私たちを惑わすでしょう。そのことを知ることは大切です。しかし、それに振り回されてはいけません。私たちの国籍は天にあります。もし、私たちが上のようなことをするとどうなるでしょうか?7節を見ましょう。人の考えと神様の考え、どちらが強いでしょうか?答えは決まっています。その神の平安が私たちの心と思いを守ってくださいます。時にはスマートフォンやテレビのニュースを消し、みことばに思いを向けましょう。そして、正直に自分の心配事を口に出して神様にお話ししてみましょう。そうするなら、主の平安が私たちを守ってくれます。

・心に留め実行する:8-9節
パウロは最後に、心に留めるべき事を具体的に書いています。その八つの事とは何ですか?パウロはそれを生き方で示しました。私たちもパウロから、そしてみことばから学んだことをそれで終わらせてはなりません。学び、受け、聞き、見たことを実行する事が大切です。そうするなら、どうなると9節の後半にありますか?

・どんな境遇でも満ち足りる:10-20節
11節には、パウロの学びが書かれています。彼は何を学びましたか?彼はあらゆることを経験しています。その経験を通して、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ました。私たちも体験によって学ぶことを求めてみましょう。そして、「状況がかわったら」とか「お金があったら」という「たらばなし」をやめ、今あるものに感謝し、満足する習慣を付けていきましょう。
パウロはそのような経験から、神様との関係を深め、13節のみことばを告白します。私たちも心が弱ったとき、このみことばを繰り返して宣言してみましょう。
ピリピの教会はパウロと困難を分け合ったと書かれています。パウロがマケドニヤを離れて宣教していたとき、彼を支えたのはピリピの教会だけでした。さらに、パウロがテサロニケにいたときも二度も物を送ってパウロの乏しさを補っています。
パウロはこの事で、三度目の贈り物を求めているのではありません。パウロの欲しいものは何でしたか?17節を見ましょう。
パウロは満ち足りています。神も喜んでおられます。私たちの神はイエス様ご自身にある栄光の富を持って、私たちの必要のすべてを満たして下さいます。このお方に御栄えがとこしえにありますように。

・結びの挨拶:21-23節
あらためて、パウロは聖徒一人ひとりによろしく伝えて欲しいと願っています。また、パウロと一緒にいる兄弟も同様です。
この事を聞いたピリピの教会の人々は、どれほど喜び、励まされたでしょうか。私たちも今の時代は、なかなか簡単には会えないかも知れませんが、お互いを励まし、持てる物で祝福を与え合っていきましょう。どうか、主イエス・キリストの恵みが、みなさんの霊とともにありますように。


(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

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