聖書通読クラブ Day 306

聖書通読クラブ Day 306【ヨハネの福音書 4章-6章】

Spread the love

シャローム!

ヨハネの福音書は、他の福音書が書かれてしばらくして書かれました。そのため、福音書の出来事を振り返っている場面もいくつかあります。また、他の福音書にない出来事も多く書かれています。特に、今日の場面は礼拝者に関すること、また、パンに関する奥義のような事が書かれています。今日もみことばに教えていただきましょう。

今日の通読箇所:ヨハネの福音書 4章-6章

■アウトライン

●今がその時:4章
  ・サマリヤの女:1-26節
  ・イエスの食物:27-38節
  ・多くの人が信じる:39-42節
  ・歓迎するガリラヤ人:43-45節
  ・王室の役人の息子のいやし:46-54節

●バプテスマのヨハネ:5章
  ・ベテスダの池:1-18節
  ・善を行った者、悪を行った者:19-29節
  ・聖書が証言する:30-47節

●血を飲み肉を食べる:6章
  ・五千人の給食:1-14節
  ・湖上を歩くイエス:15-21節
  ・永遠のいのちにいたる食物:22-40節
  ・いのちのパン:41-51節
  ・肉を食べ血を飲む:52-59節
  ・ことばは霊でありいのち:60-65節
  ・そのうちの一人は悪魔:66-71節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【4章】今がその時

・サマリヤの女:1-26節
イエス様の弟子は増えていきました。ところで、イエス様はバプテスマを授けていたでしょうか?2節を見てみましょう。
イエス様はガリラヤに向かわれますが、みことばによると「サマリヤを通って行かなければならなかった」と書いています。どうしてもここを通り、成し遂げられなければならないことがあったようです。イエス様はヤコブの井戸のところに来られます。イエス様は疲れから井戸のかたわらに腰を下ろされます。時間は第六時とあるので、正午頃です。中東地域では日照りが厳しいため、この時間は多くの人が外出を控えています。そこで7節を見ましょう。何がおこりましたか?イエス様は女性に何と声をかけましたか?これは当たり前のように思えますが、9節を見るとその理由がわかります。
イエス様は単なる水の事を言っていたのではありません。霊的な水の事を言われています。そこで、女性はイエス様のお答えに不思議に思い、11節のように答えます。それで、イエス様は井戸から出る水を飲むものは乾くが、イエス様から出る水を飲むものは決して乾かないと言われました。女性は誰も来ない時間に水を汲みに来なければならない事情があったのです。それで、イエス様のお答えに「水を私にください」と答えます。
すると突然、イエス様は夫をここに連れてこいと言われます。この女性には夫があったでしょうか?イエス様はこの女性のことを明確に告げられます。すると、女性はイエス様を預言者だと言います。そして、礼拝の話題へと移ります。イエス様はここで、大切な事を告げられます。23節を見てみましょう。真の礼拝者は何を持って父を礼拝しますか?それはいつですか?神様は霊です。ですから、同じ霊とまことをもって礼拝しなければなりません。
この女性はどうしようもなくなり、キリストの話題に触れたとき、イエス様が「それはわたしです」と告げられます。

・イエスの食物:27-38節
弟子たちが買い物から戻ってきます。一方、女性はどう行動しているでしょうか?何を置いて町に行っていますか?これは彼女のいのちを支える大切な道具です。それ以上に大切なものを得たので、これを置いて行きます。そして、町の人にどうしましたか?
一方、弟子たちはイエス様に食事をお出しします。そこで、イエス様は何を言われましたか?弟子たちの知らない食物とは何でしょうか?34節を見ましょう。これがイエス様の食物です。
弟子たちは実ったものを刈り取るために遣わされました。しかも、それは他の人々が苦労したものを刈り取っています。

・多くの人が信じる:39-42節
そのことが実際に起こります。先ほどの女性は町に行ってイエス様のことを人々に告げ知られました。自分に起こった救いの喜びを伝えました。39節を見て下さい。彼女のことばでイエス様を信じています。彼女はたましいを得るために何もしていませんが、実を刈り取っています。人々はイエス様のところに来ます。すると、彼らに変化が起こっています。41節を見ましょう。今度は誰のことばによって信じていますか?この女性はイエス様のところに人々を導くきっかけでした。42節を見ましょう。

・歓迎するガリラヤ人:43-45節
イエス様はご自分の郷里では歓迎されないと言ってガリラヤに向かわれます。彼らはイエス様をどのように迎えていますか?

・王室の役人の息子のいやし:46-54節
イエス様は水をぶどう酒に変えられたカナに向かいます。そこに異は人はどのような人でしょうか?彼は何を願っていますか?しかし、イエス様は48節でどのように言われていますか?しかし、彼はしつこくイエス様に願います。すると、イエス様はいやしを宣言されました。彼はただ帰途についたのではありません。50節を見てみましょう。「イエスが言われたことばを信じて」帰途につきました。彼はもう、しるしを見て信じているのではなく、イエス様のおことばを信じています。まだ見ていないのに信じています。これが信仰です。その結果、彼の息子はどうなりましたか?この事を通して、彼の家に何が起こりましたか?イエス様のおことばを信じた結果です。

【5章】バプテスマのヨハネ

・ベテスダの池:1-18節
祭りのシーズンです。おそらく、過越の祭だと思われます。イエス様を初め、多くのユダヤ人が一同にエルサレムにやってきます。
エルサレムにはベテスダという池がありました。その回廊の中にはどのような人たちがいましたか?イエス様はその中の一人に目を留められますが、それはどのような人ですか?イエス様はその人にどのように声をかけられますか?しかし、この人はイエス様の質問に答えていますか?彼は「良くなりたいか」との問いに、自分がどれだけ惨めかを伝えています。そこで、イエス様は直接的に「床を取り上げて歩きなさい」と言われます。するとどうなりましたか?ところが一つの問題が起こります。その日はどのような日でしたか?ユダヤ人たちは癒やされた人に向かって何を言いますか?よく考えてみてください。彼は38年もの間歩けなかったのですが、この瞬間歩けるようになったのです。そのことを喜ぶべきではないでしょうか?しかし、ユダヤ人は「安息日に床をとりあげた」と言う所にしか目が行っていません。本質を見失っています。それで、彼らは何度も彼に「安息日に床を取り上げた」と言うことを問いただします。
彼は自分を直してくれたのはイエス様だと告白すると、ユダヤ人はイエス様を迫害します。そこでイエス様は何を答えられますか?17節を見てみましょう。安息日は休む日と思っているかも知れませんが、父もイエス様も働いておられます。これは安息日を破っておられるわけではありません。イエス様は安息の本質を守られました。その結果、ユダヤ人はイエス様に対してどうしていますか?

・善を行った者、悪を行った者:19-29節
イエス様と天の父は全くひとつであられます。その証拠のみことばの一つがこの19-20節です。つまり、イエス様が言われることは天の父の言われることと同じです。その考えを持って24節を見るなら、納得できるのではないでしょうか。そして、死人が神の子の声を聞くときが来ます。今まで罪の奴隷の中、律法の裁きしかない中で生きてきた彼らに救いの道が与えられるのです。それはいつですか?
今まで墓の中にいたような、救いのない人生に救いをもたらすのがみことばの力です。

・聖書が証言する:30-47節
イエス様はご自分から何か行うことがあるでしょうか?イエス様のさばきは間違うことがあるでしょうか?そんなことは絶対にありません。また、イエス様について、みことば、天の父、聖霊様、すべての被造物が証言をしています。
人々はバプテスマのヨハネがイエス様を証言しているのを聞きました。しかし、イエス様は彼を35節のようにご覧になっています。何がバプテスマのヨハネ以上の証言でしょうか?36節を見てみましょう。
彼らは一度も神の声を直接聞いたことがありません。しかし、実際には彼らは今、神の声を聞いています。ところが彼らはそれを受け入れていません。非常にもったいないことです。聖書の中から永遠のいのちを探していますが、それが今目の前にいのちを持って立たれています。それに気づいていません。しかし、これは私たちの姿でもあります。目の前に聖書があるのに、その中からいのちのことばを見いだせなくなっています。霊の目を開いていただき、イエス様の前に進みゆきましょう。
イエス様は46節で、モーセが書いたもの、すなわち律法はイエス様のことだと言われています。新約だけでなく、旧約の約束も両方重要です。

【6章】血を飲み肉を食べる

・五千人の給食:1-14節
イエス様がテベリヤの湖の向こうに行かれました。そこに多くの群衆が着いていきます。どうして着いていったのでしょうか?
イエス様は山に登り、弟子たちと共に座られました。時は過越の時期なので春先です。
そこで、イエス様はピリポを試します。イエス様はこれからなさろうとすることをご存じでした。その上で、イエス様はピリポに何と言っていますか?それに対してピリポはどのように答えていますか?非常に生真面目な性格です。
そこで、アンデレが提案しますが、それはどういうことでしょうか?少年が持っていた物は何ですか?イエス様は人々をどうされましたか?座らせていますね。この「座らせた」ということばの本来の意味は、体を横にする」と言う意味です。まるで、詩篇23篇の「緑の牧場に伏させてくださる」という状況です。
イエス様は少年の持っていた物をどうしていますか?あまったものを集めるとどれほどありましたか?そして、人々は何を見てイエス様を預言者だと言っていますか?

・湖上を歩くイエス:15-21節
人々はイエス様のなされたことに熱狂します。それで、人々はイエス様に対してどのようにしようとしていますか?イエス様はそれを知られて、どのようにされていますか?イエス様は人の意思によって動かされるお方ではありません。
時間は夕方になっています。イエス様は弟子たちはどうしていますか?湖の上はどのような状況になりましたか?
イエス様は湖の上を4~5キロメートルほどを歩いて来られました。イエス様を舟に迎え入れ、舟はほどなく向こう岸に着いています。イエス様を歓迎する所に平安があります。

・永遠のいのちにいたる食物:22-40節
その翌日、人々はイエス様を見つけて集まってきています。しかし、彼らの動機は何だったでしょうか?26節を見てみましょう。イエス様は何のために働きなさいと言われていますか?イエス様の食物は何だったでしょうか?それをここに当てはめてみましょう。
そこで人々は「神のわざを行うため、何をすべきか」と質問します。イエス様の答えは何でしょうか?神が遣わした者を信じることです。つまり、イエス様を信じることが神のわざを行うことです。
しかし、人々は信じることにしるしを求めています。そこで、イエス様はモーセの時代のマナをたとえに出します。マナは天からのパンではありませんでした。それを啓示したものに過ぎません。その実態はイエス様ご自身です。33節を見てみましょう。
人々はそのパンを求めますが、イエス様ははっきり言われます。「わたしがいのちのパンです。」と。しかし、彼らはイエス様を目の前にして信じようとしません。
そして、イエス様の来られた目的がもう一つ明らかにされます。39-40節を見てみましょう。

・いのちのパン:41-51節
ユダヤ人たちはイエス様の言われたことでつぶやいています。その内容はどのような者だったでしょうか?42節を見てみましょう。
そこで、イエス様はどのように答えられますか?どのような者でなければイエス様のところに来ることができないと言われていますか?そして、47節には永遠のいのちを持つ方法が書かれています。それは何でしょうか?
イエス様は再びご自身がいのちのパンであることを伝えられます。マナが天からのパン出ない証拠がここにあります。なぜなら、荒野でマナを食べましたが、彼らは死にました。
イエス様ご自身を食べるなら、永遠に生きるのです。イエス様を食べるとは何でしょうか?1章で神はことばとありました。つまり、みことばを食べることです。みことばを朗読し、日々みことばと共に歩むことです。

・肉を食べ血を飲む:52-59節
今度は、ユダヤ人はどのように言って互いに議論していますか?そこで、イエス様は衝撃的な事を言われます。53節を見てみましょう。これはユダヤ人にとってあり得ないことです。肉を血がついたまま食べると言うことは律法違反です。イエス様は律法を破らせようとされているのでしょうか?違います。イエス様は律法を廃棄するためではなく、成就するために来られました。ここでは、霊的な本質の話をしています。端的に言うなら、肉はみことば、血はいのちです。このパンを食べるなら、永遠に生きます。

・ことばは霊でありいのち:60-65節
ユダヤ人だけでなく、誰がこれを聞いて「ひどい」と言っていますか?それも少しではなく、多くの者です。イエス様は弟子たちに厳しいことばをかけられます。いのちを与えるのは何だと言われていますか?何は何の益ももたらさないと書かれていますか?また、何が霊でありいのちだと言われていますか?」

・そのうちの一人は悪魔:66-71節
この一連で、弟子たちの多くはどうしましたか?また、十二弟子にどのように言われていますか?それに対してペテロはどのように言っていますか?それに対して、イエス様はご自身が彼らを選びましたが、そのうちの一人は悪魔だと言っています。
イエス様はこの事を知らずに十二弟子を選んだのでしょうか?この事を知らないで彼を側にずっと置かれていたのでしょうか?みなさんはどうおもいますか?私は、イエス様は初めから全てご存じだったのではないかと思います。これもすべて父のご計画が全うされるためです。この頃からユダはずっとイエス様を引き渡す機会を狙っていました。サタンも私たちを訴えるため、日々機会を求めて狙っています。


(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。