聖書通読クラブ Day 255

聖書通読クラブ Day 255【エゼキエル書 34章-36章】

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シャローム!

聖書全体のテーマは神の国です。初めは完全な神の国がありましたが、それは罪によって破壊されます。なんどか回復の兆しを見せますが、長期的に見るなら、だんだんと堕落してしまっています。
預言者もいない暗い時代に、突如としてまことの光である救い主、イエス様がお生まれになりました。この方は完全なる神であり、完全な人でした。罪無くこの地を歩まれ、十字架で私たちの罪の身代わりとなって死んでくださり、三日目に復活されました。
この十字架によって、私たちに永遠のいのちが与えられます。罪の奴隷であった私たちに回復が訪れます。
今も私たちは回復の途中です。完全に回復されるためには毎日みことばに親しみ、主の道を確認する必要があります。
私たちの内なる人の完全なる回復、救いの達成を目指して、今日もみことばに教えられていきましょう。

今日の通読箇所:エゼキエル書 34章-36章

■アウトライン

●さばかれる牧者:34章
  ・羊を養わない牧者:1-6節
  ・彼らの口からわたしの羊を救い出す:7-10節
  ・正しいさばきをもって彼らを養う:11-16節
  ・羊と羊の間をさばく:17-19節
  ・主のしもべダビデを起こす:20-24節
  ・あなたは人でわたしは神:25-31節

●エドムの荒廃:35章
  ・血はお前を追いかける:1-9節
  ・憎んだ同じ怒りで罰せられる:10-15節

●イスラエルの地の回復:36章
  ・諸国は恥を負う:1-7節
  ・以前よりも栄えさせる:8-15節
  ・聖なる名を汚した:16-21節
  ・新しい心新しい霊:22-32節
  ・エデンの園のようになった:33-36節
  ・羊の群れのように人をふやす:37-38節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【34章】さばかれる牧者

・羊を養わない牧者:1-6節
荒廃したエルサレムが回復していきますが、まずは牧者が建て直されていきます。この時の牧者の状態はどのようなものだったでしょうか。彼らは自分を肥やしていました。また、羊、つまりイスラエルの民を養うことを放棄していました。
4節には牧者が怠った事柄が書かれています。つまり、逆を言えばこれが牧者の働きです。それはどのようなものでしょうか。牧者の働きは弱った者を強めることです。病気の者に手を置き祈り、いやしを求めることです。傷ついた者を受け入れ、包むことです。迷い出た者に主の道を示し、正しい道に戻すことです。失われた羊を探す者です。また、力と暴力で人を支配するのではなく、愛と赦しで人々に仕える者です。
もし、牧者が牧者としての働きを怠ったなら、その群れはどうなるでしょうか。散らされ、あらゆる野の獣のえじきとなります。
主はイスラエルの民を「わたしの羊」と呼んでおられます。つまり、羊、すなわち教会に集う人々は主のものです。それをあたかも自分のものかのように扱う牧者に対する警告でもあります。そのような牧者がいるなら、主ご自身が主の民を守るためにそこから引き離されます。

・彼らの口からわたしの羊を救い出す:7-10節
主はくりかえして、牧者に「主のことばを聞け」と言われます。牧者が一番聞かなければならないのは主の声です。それ以上に世の声、人々の声を聞くなら、それに流されてしまいます。以前聞いた話ですが、アメリカで統計を取ったら、多くの牧師は一週間でほとんど聖書を開かないという結果が出たそうです。日本の牧者はそうではないことと信じます。誰よりもたくさんみことばを蓄えているのが牧者です。また、黙示録の七つの教会に対しても、「耳のある者は聞きなさい」と繰り返し語られています。
もし、みことばを聞こうとしない牧者がいるなら、それは牧者として失格です。主が彼の手から主の民を取り上げられます。

・正しいさばきをもって彼らを養う:11-16節
ここにはイエス様の姿があります。主ご自身が主の羊を探し、世話をしてくださいます。イエス様は福音書の中で繰り返して「わたしは失われた羊を探すためにきた」という旨のことを語られています。
イエス様こそ、一匹の迷い出た羊のために九十九匹の羊を置いて探しに来て下さいます。イエス様こそまことの羊飼いであり、まことの牧者です。主が人々をいこわせてくださいます。

・羊と羊の間をさばく:17-19節
羊飼いは羊の事をよく知っています。そして、羊の群れを上手に導きます。羊を小屋に入れるとき、そこにやぎやほかの動物が混じっているなら、それを選別していきます。
ここでは、主がなんと羊と羊をさばくと書かれています。イエス様も終わりの時代に同じような事が起こると語られています。「そのとき、畑にふたりいると、ひとりは取られ、ひとりは残されます。ふたりの女が臼をひいていると、ひとりは取られ、ひとりは残されます。」(マタイ24:40-41)
主に従う羊は、いつも主の声を聞いている羊です。毎日みことばを読み続け、それを行うことができるように祈る者です。

・主のしもべダビデを起こす:20-24節
主がダビデを起こすと言われています。しかし、ダビデははるか前に主が送ってくださいました。ここでは、あのダビデではなく、イエス様のことを指し示しています。ダビデ自身がイエス様を指し示す神の器です。

・あなたは人でわたしは神:25-31節
ここには「平和の契約」ということばがあります。これは主による新しい契約のことです。今までのさばっていた悪い指導者を主が排除されます。そして、土地にも平和と繁栄を与えてくださいます。獣からも守ってくださいます。エデンの回復した姿がここにあります。
そして、主は大切な一言を語られます。「あなたがたは人で、わたしはあなたがたの神である」ということばです。私たちはこのシンプルな事をすぐに忘れてしまいます。ですから、自分が神のようになってあらゆるものをさばいたりしてしまいます。神は神であり、私たちは人に過ぎないということを悟ることができるよう、祈りましょう。

【35章】エドムの荒廃

・血はお前を追いかける:1-9節
ここはセイル山に対して預言がなされています。セイルとはエドムのことです。彼らはエルサレムがバビロンによって破壊されるとき、虐殺と略奪の手助けをしました。
しかし、その後エドムはバビロンから攻められ、それだけではなくメディヤ、ペルシヤからも攻められます。結局彼らはユダヤの地に逃げ込みますが、そこでイドマヤ人と呼ばれるようになります。
彼らの住んでいた地域には外国人が入ってきて住み、そうしてエドムは歴史から姿を消してしまいます。
ところが、終わりの時代、反キリストが現れてユダヤ人を荒野に追いやります。その時、彼らが逃げてくる場所が荒れ果てたこの地、ボツラというところです。そこで主が現れてくださり、彼らを滅ぼそうとする反キリストの軍隊と戦ってくださいます。

・憎んだ同じ怒りで罰せられる:10-15節
ここにある「二つの国」とは、北イスラエルと南ユダのことです。エドムの人々はこの二つの国を憎んでいました。
ところで、すべての人の行動は正義に基づいているという話を聞いたことがあるでしょうか。極悪な殺人犯でも、その好意は決してい許されるものではいですが、彼なりの正義があって行動してます。
エドムの正義は何だったでしょうか。自分たちはこの二つの国の被害者だという言い分がありました。だから、彼らを憎んで当然だと思っていました。
しかし、そう言いながら一方でイスラエルを侮辱したりもしています。彼らの根底にはあったのは高ぶりです。なぜなら、その実が赦さない心、憎む心だからです。実を見て判断することができます。
そもそも、彼らの住んでいた土地も主のものです。主が与えてくださった所です。また、エルサレムは特に主が選ばれた土地です。そこを踏み荒らすと言うことは、主を踏み荒らすと言うことです。

【36章】イスラエルの地の回復

・諸国は恥を負う:1-7節
ここではセイルの山に続き、今度はイスラエルの山に対して預言されています。主の麗しい町が見捨てられている姿を主はご覧になっています。このことに対して、主は「ねたみと憤り」を持っておられると語られています。
例えば、私がTシャツをデザインして息子に与えたとします。息子はそれをとても気に入っていますが、とつぜん違う子がやってきてそのTシャツを奪ってきているなら、親である私の気持ちはどのようなものでしょうか。Tシャツや息子に対する侮辱もそうですが、作者である私に対する侮辱でもあります。
その様に、主ご自身がイスラエルの民に与えられた土地をエドム人が我が物顔のようにして奪い取っています。つまり、主ご自身を非難していることになります。

・以前よりも栄えさせる:8-15節
なんと、主がイスラエルの人々をご自分の地に返されることが約束されています。その時に何が起こるのでしょうか。枝を出します。実を結ばせます。土地が耕されます。そして種が蒔かれます。人々を増やし、町々が建てられていきます。たくさんの子どもが与えられ、以前よりも栄えるとあります。回復の預言です。しかし、この時の現状はどうでしょうか。目に見えるのは破壊され尽くしたエルサレムの町です。その中でこの信仰をつかみ取る必要がありました。
私たちは目に見える状態が最悪の中で、主の最高の約束を握り続けることができるでしょうか。その時が来る前に、いつも主を選び取る訓練を聖霊様にさせていただきましょう。

・聖なる名を汚した:16-21節
主はここから、ご自分の民を聖めることを始められます。主の土地を汚していたのはイスラエルの民でした。それを「さわりのある女のように汚れていた」と表現しています。血がたくさん流されたと言う意味です。殺人や不正な裁判、偶像にささげられたいけにえなど、主の喜ばれない方法で沢山の血、すなわちいのちが流されました。
これを聖めるため、主は一度彼らを異教の民の地へと退けられました。大掃除をするとき、家の中の家具を一度外に出してしまうような感覚です。
ところが、イスラエルの民は異国の地でも悔い改めることをせず、主の御名を汚すような事をおこなってしまいました。

・新しい心新しい霊:22-32節
主はこれからイスラエルの民を異国の地から連れ戻されようとしています。しかし、そのままでは帰って来ることはできません。なぜ彼らを連れ戻されるかというと、主の聖なる御名のためです。
24節では、出エジプトの時に語られたのと似たような事が語られています。「わたしはあなたがたを諸国の民の間から連れ出し、すべての国々から集め、あなたがたの地に連れて行く。」バビロンからの帰還は主の御業です。
そして、主はきよい見ずによって彼らを偶像の、すべての汚れからきよめられます。
そうして、主は新しい心を与えてくださいます。今まで持っていた硬い石の心を取り除き、かわりにやわらかい肉の心を与えてくださいます。そして、主の霊を内に授けてくださいます。それは主のおきてに従って歩むためです。
そして、主は実際的な祝福と繁栄を約束されています。そうしてようやく、自分たちがしてきたことが恥ずべき事だったということを悟ります。

・エデンの園のようになった:33-36節
主ご自身が廃墟をエデンの園のように回復してくださいます。目に見えない部分だけでなく、だれもが認める状態で回復が起こっています。これこそ、主のなせる御業です。
私たちの人生がいかに廃墟のようになっていても、主は必ずそれをエデンのように回復してくださると信じます。

・羊の群れのように人をふやす:37-38節
34章の羊は牧者のいない羊でした。ここでは聖別された羊のように、例祭のときのエルサレムの羊のように彼らを増やすと約束されています。聖別された羊、例祭の時の羊は何に使われるのでしょうか。主にささげられるためです。このように、主は礼拝者を召し、建てあげてくださいます。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

1件のコメント

  1. まことの羊飼い、牧者、イェス様に感謝します。神は神であり、私は人に過ぎない者だと悟ることができるように祈ります。

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