聖書通読クラブ Day 207

聖書通読クラブ Day 207【イザヤ書 13章〜15章】

Spread the love

シャローム!

13章から20章までは、主のさばきが周辺の諸国に及びます。まずはバビロンからです。アハズの治世ですから、まだバビロンは強大な国となっていないときです。
しかし、11-12章で主はキリストの到来の預言をイザヤに与えられました。その時に対抗勢力として最後まで残るのがバビロンでした。黙示録の17-18章でも、主が来られる直前にバビロンがさばかれることが書かれています。実際的なバビロンは滅ぼされましたが、霊的なバビロンは今も健在です。バビロンに生きるか、神の国に生きるか、私たちは日々選択に迫られています。その良い方をいつも選び続けることができますように。
ちなみに、今日から各章の後ろに( )で聖書の書簡を記載しています。イザヤ書は66章ありますから、聖書全体の書簡の数と同じになっています。完全にリンクしているわけではないかもしれませんが、なんとなく共通していると思える箇所もあります。ご参考になれば幸いです。

今日の通読箇所:イザヤ書 13章〜15章

■アウトライン

●招集される軍隊:13章(歴代誌第一)
  ・怒りを晴らす:1-3節
  ・主が軍隊を招集する:4-8節
  ・主の日が来る:9-12節
  ・天と地を震わせる:13-16節
  ・バビロンが滅びる:17-19節
  ・不毛の地:20-22節

●永遠の滅び:14章(歴代誌第二)
  ・過酷な労役を解いていこわせる日:1-6節
  ・私たちを切る者は上って来ない:7-8節
  ・下界のよみ:9-11節
  ・天から落ちた明けの明星:12-15節
  ・踏みつけられるしかばね:16-21節
  ・針ねずみの領地:22-23節
  ・主の考えた通り事はなる:24-27節
  ・残りの者は殺される:28-31節
  ・これに身を避ける:32節

●モアブに対する宣告:15章(エズラ記)
  ・そのたましいはわななく:1-4節
  ・モアブのために叫ばれる主:5-6節
  ・ディモンにわざわいを増し加える:7-9節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【13章】招集される軍隊(歴代誌第一)

・怒りを晴らす:1-3節
この様子は、紀元前539年、バビロン最後の王ベルシャツァル王が大宴会を開催しているときです。その酒宴の席にメディヤ人が入ってきました。「彼らを貴族の門に入らせよ」と書かれている部分です。
この時のメディヤ軍が「わたしに聖別された者」と呼ばれています。主が彼らを用いられました。

・主が軍隊を招集する:4-8節
万軍の主が軍隊を招集します。彼らは遠い地、天の果てからやってくると書かれています。目的は何でしょうか。全世界を滅ぼすためです。ですから、これは当時の事よりも、黙示録の時代の事です。黙示録17章にある大淫婦を滅ぼすための軍です。あわせて、黙示録17章も読んでみましょう。より、理解が深まると思います。
その日、つまりさばきは近いと書かれています。その苦しみは女性が子を産むときに経験する陣痛のように、突然やってきます。しかし、何の兆候もないわけではありません。身に覚えがないのに陣痛はやってこないでしょう。それに至るまで様々なことがあり、体の変化もあります。そして、時が満ちて陣痛が来ます。同じように、主の日も突然やってくるのですが、多くのしるしがあります。そのヒントのひとつがマタイの福音書24章です。一度読んでみましょう。

・主の日が来る:9-12節
未信者に良く聞かれる質問があります。「神様は人を愛を持って特別に創造された方なのに、なぜその人を主は聖書の中で滅ぼされるのか」という事です。みなさんならどう答えますか?
この箇所でも、主は終わりの日が来ることを語られています。恐ろしい日です。ノアの時、ソドムとゴモラの時、そして、終わりの時です。神を知らない者にとっては、それは突然やってくるように感じるかもしれませんが、そうなる前に神様は忍耐をもって何度も警告をしています。それを聞こうともせず、従わない者が世の中に満ちた最後の手段で、主は滅びを送られます。
しかし、私も本当の意味でこの質問の答えはわかりません。この事実を未信者の方にそのまま伝えるのはあまりにも酷なことです。私は祈るばかりです。

・天と地を震わせる:13-16節
主は天を震わされます。大地は基から揺れ動きます。人々はどこにも拠り所を見いだすことができなくなります。
バビロンに住んでいた者は助かろうと逃げますが、無残に殺され、略奪され、神のさばきから免れないことが書かれています。

・バビロンが滅びる:17-19節
バビロンが崩壊するとき、メディヤ人が用いられました。彼らはお金では心が動きませんでした。ですから、大富豪の国バビロンの経済を持ってしてでも、彼らは助かることができませんでした。ここにも神様の大きな御心があります。
そして、バビロンは滅ぼされ、硫黄が天から降って滅ぼされたソドムやゴモラのようになります。

・不毛の地:20-22節
そのような滅ぼされ方をした地には、何も住めなくなります。しかも、それは永遠に続くとあります。黙示録18:2には「倒れた。大バビロンは倒れた。それは、悪霊の住みか、あらゆる汚れた霊の巣窟、あらゆる汚れた鳥の巣窟、あらゆる汚れた憎むべき獣の巣窟となった。」とあります。
終わりの日、霊的なバビロンが倒されたときもこのようになります。その前に、私たちイエス・キリストを信じる者は天にあげられます。

【14章】永遠の滅び(歴代誌第二)

・過酷な労役を解いていこわせる日:1-6節
ここで、主がバビロンを滅ぼされ、その後に来る安息を約束しておられます。散らされ、苦しめられていたユダヤ人たちが、主ご自身によって解放され、イスラエルに帰還させてくださいます。完全な成就はイエス様が来られる時になされます。
主ご自身がバビロンに苦しみを与えられることで、バビロンで虐げられていた人が慰められ、安息が与えられます。

・私たちを切る者は上って来ない:7-8節
そこに住む人々だけでなく、全地も安らかに憩い、喜びの歌声を上げています。歴代誌第二7:14にもあるとおり、人が主に向き自ら悔い改めるなら主は親しく天から聞いて地を癒やされます。
バビロンに支配されていた地域は森林が伐採され、地も苦しみの声を上げていました。そこに平安が来ました。

・下界のよみ:9-11節
バビロンの行く末は、よみです。地の深い所です。主に対して、最後まで不従順であった人たちが集められているところです。
そこで待ち受けていた人たちは、バビロンの王を迎え、「お前もよわくなったな」とあざ笑っています。
良く「この事は墓場まで持っていく」といって、何かを黙っている人がいますが、実は墓では終わらないのです。永遠という時間が待ち受けています。そして、その責任の追及を永遠という時間をつかってなされます。

・天から落ちた明けの明星:12-15節
さて、ここから聖書の中でも様々な意見が出るトップ5のうちの一つの箇所に入ります。サタンが誕生する時の話です。
まず、王の存在を考えてみましょう。王は生物学的にみればただの人です。私たちと何ら代わりがありません。では、私たちと一国の王の違いは何でしょうか。それは背後に働く主権、力です。この目に見えない力が王には働いています。多くの場合、王の主権や力はこの世の君、つまりサタンから与えられます。なぜなら、この地はサタンの支配下にあるからです。そして、多くの王には高ぶりがあります。自分が自分の力で行ったという考えがあります。それもサタンの影響です。みことばを見てみましょう。「神の星々のはるか上」とあります。これは御使いたちの上という意味です。そこに何があるかと言えば、主の王座があります。また、密雲とは主のご臨在です。
明けの明星、暁の子と言われる者は、主の一番近くで使える大天使でした。しかし、自分のあまりの麗しさ、権力、力に酔いしれてしまい、自分は神を超えられると考えてしまいました。この事の故に、神はこの大天使を打ち、天の御使いの三分の一を引き連れて地に落とされました。その暗やみの主権、力が今私たちを支配しています。しかし、その上にもっと力強い主のご支配があります。
私たちはみことばを通して祈るとき、この世の君が支配している天を突き抜け、主の御座とこの地が一つとなります。

・踏みつけられるしかばね:16-21節
ここでは、霊的な世界から地上に場面が移っています。バビロンの王が倒れましたが、そのままにされています。普通、王は大きな墓におさめられるはずですが、そうではありませんでした。黙示録11:8-9には「彼らの死体は、霊的な理解ではソドムやエジプトと呼ばれる大きな都の大通りにさらされる。彼らの主もその都で十字架につけられたのである。もろもろの民族、部族、国語、国民に属する人々が三日半の間、彼らの死体をながめていて、その死体を墓に納めることを許さない。」

・針ねずみの領地:22-23節
ここに書かれていることは、永遠の滅びです。滅びは無くなるものではありません。主が来られた後も、よみではほろびが続きます。黙示録の中でも、悔い改めなかった者が永遠の火の刑罰の中で苦しむことが書かれています。

・主の考えた通り事はなる:24-27節
このようにして、バビロンに対する主の宣告は終わります。そして、ここからはこの先のアッシリアに対する宣告が書かれています。
主はバビロンに行われることをアッシリアに対しても行われます。アッシリアのくびきを除き、ユダの肩から重荷を取り去ってくださいます。アッシリアを倒す神のご計画が全世界に対して行われることになります。この事を通して、全世界の人が主が主であることを認めます。

・残りの者は殺される:28-31節
アハズ王が死にました。「おまえを打った杖が折られた」と書かれています。アハズが倒れても、主はその子孫から燃える蛇を送られます。そして、高ぶりのある者だけが主にさばかれます。

・これに身を避ける:32節
ここでは、おそらくヒゼキヤ王の時代、ペリシテ人が半アッシリア同盟を打診するために来たのだと思います。
ペリシテ人の住む直ぐ近くのシオンに、主は礎を据えられ、主の民の苦しむ者たちは、ここに身を避けます。1ペテロ2:4-6には、イエス様ご自身がその礎石だと書かれています。このお方に身を避ける者は幸いです。

【15章】モアブに対する宣告(エズラ記)

・そのたましいはわななく:1-4節
ここと次の章はモアブに対する預言です。
アルとは、モアブの主要都市です。一夜のうちにモアブの代表的な都市が荒らされています。それほどの勢いでアッシリア軍が攻めてきました。モアブの人は自分の神に頼みますが、何も起こりません。
3節を見ると、モアブの破壊は一般市民にまで及んでいます。その他のモアブの町でも武装した者がわめいています。

・モアブのために叫ばれる主:5-6節
主の心もモアブのために叫んでいます。多くの者が急いで逃げています。このわざわいを起こされたのは主ですが、主はモアブの滅びる者のために泣いておられます。主のみこころは誰ひとり、たましいが失われないことです。何度も何度も主は御手を伸ばしてくださいますが、それでも従えない者に滅びが来ます。

・ディモンにわざわいを増し加える:7-9節
モアブの国境を越え、エドムの地に多くの人が難民としてなだれ込んでいます。
そして、ディモンの水は血で満ちたとあります。それほど多くの人々の血が流されました。彼らの神、ケモシュに対する主のさばきは継続してなされていきます。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

1件のコメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。