聖書通読クラブ Day 202

聖書通読クラブ Day 202【雅歌 4章〜8章】

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シャローム!

雅歌はソロモンによって書かれました。「歌の中の歌」という意味です。面白いですね。一つ前の伝道者の書では「空の空」と言っていました。
この雅歌は旧約聖書の中でも最後まで聖典に入れられるか議論された書物だそうです。内容が男女の愛の物語だからです。ですから、ユダヤ教では30歳にならないと雅歌は読めないそうです。
これを単なる男女の恋物語と読むとそのような対処が必要かもしれませんが、雅歌は至聖所の書簡です。この女性と男性は教会とキリストです。恋心を抱き、様々な経験をして成長する女性を教会として、男性をキリストとして見ると、この雅歌がより奥深いものとして読むことができます。今日もみことばに教えられていきましょう。

今日の通読箇所:雅歌 4章〜8章

■アウトライン

●婚姻:4章
  ・私の心を奪ってしまった:1-15節
  ・庭に吹く風:16節

●円熟する愛:5章
  ・私の妹、花嫁よ:1節
  ・背を向けて去る愛する方:2-8節
  ・何が優れているか:9節
  ・すぐれていること:10-16節

●聖い愛:6章
  ・どこへ向かわれたのか:1節
  ・香料の花壇へ:2-3節
  ・美しいけれど恐ろしい:4-10節
  ・民の高貴な人の車:11-12節
  ・帰れ帰れ:13節

●豊かな愛の交わり:7章
  ・容姿をたたえる:1-5節
  ・慰めに満ちた愛:6-9節
  ・実を結ぶ:10-13節

●マラナタ:8章
  ・兄弟のようであったなら:1-4節
  ・荒野から登ってくる人:5節
  ・封印のように:6-7節
  ・彼女のために:8-9節
  ・私は城壁:10節
  ・銀千枚:11-13節
  ・急いで下さい:14節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【4章】婚姻

・私の心を奪ってしまった:1-15節
ソロモンはシュラムの女性に対して、ずっと「美しい」と言っていましたが、それがようやく成就しました。「なんと美しい事よ、なんと美しいことよ。」と二度言っています。本当に美しいと言うことです。そして、体のあらゆる部分をほめます。
男性であれば、普通は女性の特定の部分に目が行くはずです。これは本能です。ところが、ソロモンはまず女性の目を見ています。目は心を写す鏡です。つまり、ソロモンは肉的な欲求で女性を見ているのではなく、人格を見つめています。
その後、イスラエルの様々な自然の素晴らしさを持って女性をたたえます。そして、最後に胸に到達しています。
6節では、女性が2:17でこの事を言っていましたが、そのことをかなえてあげると言っています。そして、「あなたのすべてが美しい」と言っています。今までは見ることはできませんでしたが、一緒になり、彼女のすべてを実際に見て、それで改めて「すべてが美しい」と言っています。そして、「あなたには何の汚れもない」と言っています。それでは、彼女は本当にそうだったのでしょうか。実際にはそう出なかったかもしれません。これはソロモンの愛の目です。1ペテロ4:8には「何よりもまず、互いに熱心に愛し合いなさい。愛は多くの罪をおおうからです。」とあります。
そして、8節ではソロモンは一緒にこの悦びを分かち合おうと誘っています。この事を山の頂から一気に下ることに例えています。
9節からはシュラムの女性に語りかけます。何度も「私の妹、花嫁よ」と呼び掛けています。これは、女性として、こよなく愛してくれる男性に明け渡し、完成した妻としての状態を示すことばです。
ただ一度のまなざしと首飾りの一つの宝石で心を奪ったと書かれています。私たちはそのような目でイエス様を見つめているでしょうか。
12節で閉じられた庭と書かれています。女性がまだ男性を知らない状態であることを意味しています。

・庭に吹く風:16節
ここでは女性が答えています。自分の閉じられた庭に男性を迎えることを書かれています。

【5章】円熟する愛

・私の妹、花嫁よ:1節
ソロモンは女性を庭とたとえ、自分も庭に入り、自分の物となったことを語っています。男性と女性が一つになることは、この地上での喜びの一つであり、神様が与えてくださった大きな祝福です。
この親密な交わりは肉体的な快楽と喜びを享受する以上に、心と心を通わせる親密な交わりです。誰にでも許されている行為ではありません。たったひとりの人と時間をかけて築き上げていく物です。神様が人に与えてくださったこの事を、神様の守りの中で、神様が導いてくださった人とだけ楽しみましょう。

・背を向けて去る愛する方:2-8節
結婚がゴールだと言う人もいますが、むしろスタートです。様々な憧れを持って結婚生活を始めるでしょうが、実際に暮らしてみると「そんなはずじゃなかった」と言うことが多々あります。雅歌のふたりも愛のすれ違いが起こっています。
女性は夢の中でこの出来事を見ました。前回の夢では、追いかけても逃げていくソロモンの姿がありました。今回は逆に、ソロモンが共に寝たいと願っているのに、女性がそれを拒んでいます。なぜ拒んだかというと「着物も脱いで、足もあらってしまった」ということです。一言で言えば、面倒くさいということです。夫が願っているのに、妻が拒んでいるという状況です。1コリント7章を見ると、夫婦は互いの体に対して責任を持っていると書かれています。夫は妻に対して義務を果たさなければならないし、妻も自分の夫に対して義務を果たさなければなりません。
この事は私たちとイエス様との関係の中でも起こりえます。救いを受け取った時は、主を求めていました。しかし、長い信仰生活の中で面倒くさいからといってみことばを読むことをせず、祈りもせず、よい行いもしません。はじめの愛を思い出す必要があります。そして、愛を深めて行く必要があります。
6節からを見ると、前回は周りの人はソロモンを探すことを手伝ってくれましたが、今回は打ち、傷つけています。しかし、この事が女性に火をつけました。8節では、「あの方を見つけたら、私が愛に病んでいると伝えてください」と言っています。人々から責められること、いわば迫害が初めの愛を思い出させたのです。自分は出来心で一時的にソロモンから離れたいと思いましたが、それが永遠に失われてしまう可能性があることに気づかされたのです。
私たちも同じです。背教、つまりイエス様を信じていながら、もう一度以前のようになりたいと願ったりすることもあるかもしれません。しかし、主は、サムエルがサウルに言ったように「まことに、そむくことは占いの罪、従わないことは偶像礼拝の罪だ。あなたが主のことばを退けたので、主もあなたを王位から退けた」(1サム15:23)と言われるかもしれません。

・何が優れているか:9節
エルサレムの女たちは、シュラムの女性に問います。「あなたは愛に病んでいると言うけど、具体的にそれはどういうことですか?あの人の何がそんなにすぐれているのですか?」と。
その質問に、彼女は具体的にことばで回答していきます。これは、私たちにとっても非常に重要なことです。例えば妻を「愛している」と言うだけで、何を愛しているのか言えなければ本物ではありません。もっと言えば、行動しなければ本物ではありません。イエス様に対しても同じです。「イエス様、愛しています」と賛美するかもしれませんが、愛している理由をいくつ述べることができるでしょうか。これは、インフォメーションで知ることはできません。お互いの関係の中で体験的に知っていくことです。

・すぐれていること:10-16節
ここから、女性が矢継ぎ早に夫の優れているところを語り始めます。みなさんもみことばの中から、主のすぐれているところ、誇れるところ、良きところを探していきましょう。それをノートにまとめていくのも良いかもしれません。サタンが「イエス様はそれほど素晴らしくないよ。世の中の物の方がいいでしょ?」と誘惑してきたときに、「あれも、これも、それからこれも」と言うように、直ぐに主の素晴らしさを言うことができれば、悪に打ち勝つことができます。主の素晴らしさをことばにだすこと、これが賛美です。

【6章】聖い愛

・どこへ向かわれたのか:1節
女性があまりにも夫の素晴らしさをたたえるので、エルサレムの娘たちは一緒になって探そうと提案してくれています。
私たちがイエス様を熱烈に愛し、敵に打たれても、傷つけられてもなお主の素晴らしさを言い続けるなら、今度は敵が味方になって協力してくれます。

・香料の花壇へ:2-3節
ソロモンは遠くに行っていませんでした。自分の庭にいました。エルサレムの女たちに探してもらう必要はありません。一番近いところにいました。
ローマ10:8にはこのように書かれています。「では、どう言っていますか。『みことばはあなたの近くにある。あなたの口にあり、あなたの心にある。』これは私たちののべ伝えている信仰のことばのことです。」また、ルカ17:21には「『そら、ここにある』とか、『あそこにある』とか言えるようなものではありません。いいですか。神の国は、あなたがたのただ中にあるのです。」とあります。

・美しいけれど恐ろしい:4-10節
おそらく、女性の夢はここで終わったのだと思います。ソロモンが女性をたたえています。
しかし、結婚前と違った表現が出てきています。それは「だが、旗を掲げた軍勢のように恐ろしい」と言っています。結婚した男性は「アーメン」と言えるのではないでしょうか。結婚前は思ってもみなかったような妻の恐ろしさを間近で見ることでしょう。
しかし、ここではその様な意味ではなく、あまりにも美しく、まぶしいほどなので恐れるほどだと言う意味です。王であるソロモンが彼女の美しさに圧倒されている場面です。「黒いけれど美しい」と言っていた女性は成長し、成熟した美しさを放っています。
また、これは私たちの姿でもあります。キリストの花嫁は麗しいですが、旗を掲げた軍勢のように恐ろしい物です。サタンにはそのように映ります。戦う花嫁の姿です。

・民の高貴な人の車:11-12節
シュラムの女性は庭に下っていきます。それは新しい芽が出ているかどうかを確認するためです。ソロモンとの間で壊れてしまった信頼関係の修復を見ています。
植物は枝が折れても、春になると必ず芽を出します。私たちも壊れてしまった信頼関係があるなら、それを見る、つまり祈りによってそれが修復され、新しい新芽をそこで見ることができると信じます。
そのようにしていると、突然高貴な人の車がやってきます。田舎出身の彼女が、本当の貴族として迎え入れられた証拠です。関係の修復を主はこのように喜んでくださるのです。イエス様も福音書の中で繰り返して赦すことを語られています。赦しは力です。私たちのアイデンティティーを回復させます。

・帰れ帰れ:13節
そして、「帰れ、帰れ」と言っています。これは「出て行け」と言っているのではなく、「戻ってきなさい」と言っています。この帰れということばは「シューブ」というヘブライ語です。悔い改めの時に使われることばです。悔い改めは、自分勝手な道から、神様の道へと方向転換することです。主は今も私たちに「戻ってきなさい」と語りかけてくださっていることを感謝します。

【7章】豊かな愛の交わり

・容姿をたたえる:1-5節
ソロモンは彼女を足先から頭まで、じっくりと見て、そのすばらしさをたたえています。今までは王妃としての服をめとっていましたが、ここでは何もまとわない姿です。
もともと人はエデンの園で裸でした。罪が入る前は裸でも恥ずかしくない状態でした。なぜなら、彼らは御霊に包まれていたからです。地上では、夫と妻との間においてのみ、この事が成立します。結婚は奥義です。

・慰めに満ちた愛:6-9節
ソロモンは彼女との愛の関係を楽しんでいます。単なる肉の欲求で彼女を求めているのではありません。妻を尊敬し、心から愛しています。妻の揚げ足を取ったり、足りない部分を指摘したりしません。
同じように、イエス様は私たちの罪を知らないわけではありません。すべてご存じの上で、愛してくださっています。赦してくださっています。愛はすべての罪を覆います。

・実を結ぶ:10-13節
今まではソロモンが主導していましたが、ここでは妻が主導権を握っています。ソロモンを誘って「さあ、野に出て行きましょう」と言っています。王宮での営みだけでなく、それ以外でも愛が本物かを確かめています。
そして、彼女は木が芽を出したか、花は咲いたかと確かめています。私たちの歩みも同じです。人生を通して実を結ぶためです。それは愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。口先だけでなく、イエス様は実を見て見分けることを言われています。「主よ、主よ」という者が天の御国に行くのではありません。

【8章】マラナタ

・兄弟のようであったなら:1-4節
人間関係の中で、深く関わることができるのは家族です。厳格なイスラムの社会では、女性は外ではベールを被らなければなりませんが、家の中では取ることができます。また、異性と外を歩くことができるのは家族だけです。
彼女はそのような親密な関係を求めています。そして、自分を最も大切にし、最も近い存在であったであろう母のところにソロモンを連れて行きたいと願っています。より一段と親密になることを求めています。
そして、彼女は前にも言った事をここでも言います。「揺り起こしたり、かき立てたりしないでください。愛が目覚めたいとおもうときまでは。」
彼女はソロモンと深い結びつきをしています。今度は王宮ではなく、自分の家族のところで行っています。それは彼女にとってより強い結びつきを示すことになります。
私たちも、イエス様との親密な関係が試されることがあるでしょう。家族よりもイエス様を優先するかと聞かれる場面があります。これは家族をないがしろにしろと言われているのではなく、家族以上の強い結びつきをイエス様と持つことが言われているのです。

・荒野から登ってくる人:5節
シュラムの女性は「荒野から登ってくる人は誰でしょう」と言っています。3:6ではエルサレムの娘がこのような事を言っていました。今度はシュラムの女性自らこの事を言っています。すなわち、ここではソロモンが下ってきています。
そして、ソロモンは答えます。「私はリンゴの木の下であなたの目をさまさせた」と。以前に彼女が願ったことです。

・封印のように:6-7節
シュラムの女性とソロモンはひとつになります。その愛は封印のように心臓と腕につけられ、すさまじい炎となり、大水もその愛を消すことができないほどです。ここに二人の愛はきわまります。
私たちとイエス様の関係もこれほど親密なもとなることを願います。

・彼女のために:8-9節
シュラムの女性は成長します。それで、次には乳房もない、若い妹のために何をしてあげようと言っています。私たちも成長するなら、自分のことだけでなく、隣人に愛を注ぎだしていくようになります。

・私は城壁:10節
彼女は城壁のような存在になっています。乳房はやぐらのようになっっています。それで、ソロモンは安心して平安をもたらしています。

・銀千枚:11-13節
ソロモンのぶどう畑、シュラムの女性のぶどう畑が出てきます。ぶどう畑は主を慕い求める物の集まりを象徴しています。最初、ぶどう畑はイスラエルに委ねられましたが、それは取り上げられ、やがて教会に与えられました。しかし、今、教会からもぶどう畑が取り上げられつつあります。ではそれは誰に渡されるのでしょうか。イスラエルと異邦人がひとつになったキリストの花嫁です。

・急いで下さい:14節
私の愛する方よ、急いでくださいとあります。主は黙示録の中ですぐに来ると言われています。そして、主が来られることを私たちは今日も待ち続けています。「御霊も花嫁も言う。『来て下さい』」(黙示録22:17)私たちも燃えるような愛で「マラナタ、主イエスよ、来て下さい」と主を待ち望んでいきましょう。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

1件のコメント

  1. 全てを知っていても愛して下さる主に感謝します。ゆるす力を与えてくださることを感謝します。

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