シャローム!
ついに、今日で通読が完了します。みなさん、私たちは聖書を創世記から黙示録まで通読できました!自分をほめてあげましょう。
今日の通読箇所は、すべての完成が書かれています。すべての預言の成就の瞬間であり、私たちのゴールが書かれています。今までの苦労は全て報われ、涙は拭われます。
今、私たちはこのところに向かっている途中ですが、必ずここに到達することができます。その日まで、主を待ち望み、通読を続けていきましょう。今日も聖霊様によってみことばが開かれていきますように。
今日の通読箇所:ヨハネの黙示録 20章-22章
■アウトライン
●千年王国:20章
・千年間の縛り:1-3節
・千年王国:4-6節
・サタンの敗北:7-10節
・開かれる数々の書物:11-15節
●すべてが新しい:21章
・新しい天と新しい地:1-8節
・新しいエルサレム:9-27節
●すべての完成:22章
・エデンの回復:1-5節
・わたしはすぐに来る:6-7節
・神を拝みなさい:8-9節
・時が近づいている:10-15節
・イエスのあかし:16節
・来てください:17節
・加えるな、省くな:18-19節
・アーメン:20-21節
(1)通読のために心を整える
心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。
(2)通読
今日の通読箇所をまず音読しましょう。
(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す
コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。
(4)コラムを読む
コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。
■コラム
【20章】千年王国
・千年間の縛り:1-3節
御使いがふたつのものを持って天から下ってきます。それは何をするためでしょうか?2-3節が答えです。偽預言者と獣はすでに生きたまま硫黄の燃えている火の池に投げ込まれました。しかし、それには期間が定められていました。何年の終わるまででしょうか?
・千年王国:4-6節
ヨハネは多くの座を見ます。さばきを行う権威を与えられた者がそこに座ります。また、福音のために殉教した人たちのたましい、額や手に獣の刻印を押されなかった人たちを見ます。彼らは生きかえってどうなるでしょうか?4節後半を見ましょう。
その他の死者、すなわち、最後まで神に従わなかった人たちはどうなったでしょうか?5節を見ましょう。これが第一の復活と書かれています。イエス様を信じ、地上での生涯を終えた者はここでイエス様がよみがえられたように、完全なからだをもって復活の恵みにあずかります。
この第一の復活にあずかる者はどのような者でしょうか?6節を見ましょう。この後第二の死が出てくるのですが、第一の復活にあずかるものは第二の死は関係ありません。入試の一次試験で合格したようなものです。彼らは復活にあずかり、どうなりますか?6節後半を見ましょう。
・サタンの敗北:7-10節
キリスト共に信じる者が千年間王国を治めますが、そのおわりに、あの竜が再び解き放たれます。何のためでしょうか?8節を見ましょう。千年間の間に生まれた新しい世代でも、もしかしたら福音を信じない者がいるかもしれません。また、千年の間で堕落してしまう人もいるのかもしれません。この後、永遠と言う時間に入る前に、最後のテストがあります。それがこの一件です。
しかし、今までのようではありません。ゴグとマゴグに行き、神に従わない者たちを招集し、聖徒たちを囲みますが、天から火が降ってきて、彼らを焼き尽くします。
そして、ついに竜も獣と偽預言者のいる火と硫黄の池に投げ込まれます。彼らは永遠にどうなると10節後半に書かれていますか?
・開かれる数々の書物:11-15節
ヨハネは大きな白い御座、そこに着座されている方を見ます。地や天はどうなっていますか?
そして、死んだすべての人がその御前に立っています。そこで何が起こったでしょうか?数々の書物が開かれています。そのなかでもいのちの書というものがありますが、死んだ人々は、これらの書物に書かれていることに従って、自分の行いに応じて裁かれます。地で行ったことの報いです。
海の中、またハデスにいる者たちも一度ここに連れてこられますが、彼らも同様にいのちの書に従ってさばかれます。その後、死とハデスも火の池に投げ込まれます。これが第二の死であり、いのちの書に名前のない者はみな、ここに投げ込まれます。
【21章】すべてが新しい
・新しい天と新しい地:1-8節
ヨハネは新しい天と新しい地を見ます。以前の天地、そして海はどうなりましたか?イエス様を信じた時に私たちに起こることが実態となって現れています。
また、ヨハネは天から下って来るものを見ますが、それは何ですか?それはどのような様子ですか?
また、ヨハネは同時に御座からの声を聞きます。何と言っていますか?何が共にあると言っていますか?神と人が共に住みます。神ご自身が共にいてくださり、目の涙をすっかりぬぐいとってくださいます。もう、そこには死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもありません。以前のものはすべて過ぎ去ったからです。
5節で改めて、御座に着いておられる方は何と言われますか?それを「書き記せ」と言われています。それほど、この事は重要な事です。
ついに、事は成就しました。すべてのみことばの預言の完成の時です。まことの安息の始まりです。主はどのようなお方でしょうか?6節を見ましょう。勝利を得るものはこれらのものを相続し、神の子とされます。
しかし、8節に書かれているような人々は火の池に投げ込まれます。それはどのような人々でしょうか?一番最初に来ていることばは「おくびょう者」です。なぜおくびょうなのでしょうか?主に信頼していないからです。
・新しいエルサレム:9-27節
七人の御使いのうちのひとりが来て、ヨハネにあるものを見せますが、それは何でしょうか?そして、ヨハネが見たものはなにでしょうか?それはどこからやってきますか?その都には神の栄光があります。その様子はどのようなものでしょうか?11-14節を見ましょう。この都は立方体の形をしています。16節には、それはどれ程の大きさだと書かれていますか?これを私たちのわかる大きさに換算すると、一辺がちょうど沖縄から北海道の距離になります。
また、城壁は何から造られていたでしょうか?祭司の胸当てに使われている宝石がいくつか入っています。これが都の城壁の土台石です。また、都の門は一つのおおきな真珠でできています。真珠は貝に異物が入り、それを排出しようと貝が分泌液を出しますが、それが長年かけて真珠になります。私たちの地上の労苦が形となったものが門です。また、都の大通りの地面は透き通ったガラスのような金です。地上で価値のある素材が、新しいエルサレムでは道路の素材として使われています。
今までの神の国の中心はどれも神殿でした。しかし、この都には神殿がないと書かれています。どういうことでしょうか?22節を見ましょう。この都自体が神殿です。また、この都には太陽も月もありません。どうしてでしょうか?23節を見ましょう。
諸国の民はこの都の光りによって歩みます。地の王たちはその栄光を携えてきます。地上の神殿では、セキュリティーのために夜は門が閉じられますが、新しいエルサレムではどうでしょうか?25節を見ましょう。
しかし、この時にも都に入れない者がいるようです。それは誰でしょうか?27節を見ましょう。誰が入ることができますか?
【22章】すべての完成
・エデンの回復:1-5節
御使いはいのちの水の川をヨハネに見せます。それはどこから出ていますか?まるでエデンの園のようです。また、地上の幕屋、もしくは神殿の至聖所から流れ出る神のことばのようです。
その川の両岸にはなにがありますか?エデンには善悪を知る知識の木の実といのちの木の実がありましたが、ここでは後者だけです。その木は十二種類の実を実らせ、葉は諸国の民をいやします。
額に神の印を押された者には、もう、のろいもありません。都の中には御座があります。そこで絶え間ない礼拝が行われます。
この場所には夜もありません。光りしかない世界です。主ご自身が光りとしてこの場所を包まれます。
・わたしはすぐに来る:6-7節
御使いは再度ヨハネに「これらのことばは信ずべき者で真実だ」と伝えます。主はいつ来られると書かれていますか?7節を見てみましょう。しかし、ここで覚えておきたいのは、私たちの「すぐ」と、主の「すぐ」は尺度が違うということです。
・神を拝みなさい:8-9節
ヨハネは余りにも膨大な啓示を受け、御使いを礼拝しようとします。すると、御使いはどのように言っていますか?9節を見ましょう。御使いは礼拝の対象ではなく、私たちに仕える霊です。私たちが礼拝するのはあくまでも神のみです。
・時が近づいている:10-15節
御使いはこの預言の書のことばを封じてはいけないと言っています。時が近づいているからです。しかし、黙示録を教えない教会もあると聞きました。教会が正しく黙示録を教えなければ、間違った黙示録の教えが横行してしまいます。私たちが、聖書が教える正しい終末論を語る必要があります。
さらに、終わりの時代には様々な分野で二分化が起こります。11節を見ましょう。どのようになりますか?これは、様々な揺り動かしによって今まで自分の中に隠れていた弱さが吹き出ることによります。その時、二つの道に分かれます。主に信頼するか、自分に頼るかです。近年、教会に集まることが難しくなり、リモートでの礼拝が一般化し始めています。それでも主を心から礼拝するか、もしくは「ばれないからいいか」といって礼拝をないがしろにするかは、私たちの選択にかかっています。人は見ていなくても主はご覧になっています。みなさんが、どのような状況、環境でも主を礼拝する真の礼拝者でありますように。
12節でも主は「すぐに来る」と言われています。その時、それぞれのしわざに応じて報いを携えて来てくださいます。この地上でどれだけ主を愛したか、それが問われます。この主こそ初めであり終わりである方です。
14節、どのような者が幸いだと言っていますか?自分の衣を洗うのは自動的に現れる者ではありません。自発的に洗う必要があります。何によって現れるのでしょうか?ヨハネが証しした三つのものです。すなわち、水、血、御霊です。その者はいのちの木の実を食べる権利が与えられ、門を通って都に入ることができます。
一方、15節には都に入れず、外に出される人の特長があります。見慣れた者かも知れませんが、ひとつだけ違和感を覚えるものがあります。「犬ども」です。ペットの犬は都に入れないのでしょうか?そうではなく、私たちのアイデンティティを言っています。聖書で犬は汚れたもの、取るに足らないものの象徴とされています。ヨナタンの子、メフィボシェテは王の血筋を引いているにも関わらず、自分を「死んだ犬のようだ」と言っていました。このような間違ったアイデンティティを持っている人のことを指します。
・イエスのあかし:16節
イエス様は御使いを遣わし、教会についてこれらの事をあかしされました。イエス様はご自身をどのように表現されているでしょうか?16節後半を見ましょう。旧約聖書で語られている、やがて来られる救い主の事がここに書かれています。このお方は確かに来てくださいました。そして、再び、この地をさばくために来てくださいます。
・来てください:17節
そのことに誰が答えているでしょうか?御霊と花嫁が共に立ち「来てください」と言っています。花嫁は教会です。私たちの最大の希望は、主が再び来てくださることです。これを聞くものは「来てください」と言いましょう。
また、主は渇く者を招いてくださっています。主への飢え渇きです。この飢え渇きすら、主がくださることです。この主に渇く者にあたえられるいのちの水はただで受けることができます。驚くべき恵みです。
・加えるな、省くな:18-19節
ヨハネはこの黙示録を聞く全ての者にあかししています。何と言っていますか?もし、この黙示録に付け加えるならどうなりますか?また、少しでも取り除く者はどうなりますか?聖書は私的解釈をしてはなりません。ここからも、黙示録は解釈する書物ではなく、みことばをみことばとしてそのまま朗読する書物であることがわかります。
異端の教え、また間違った終末論に惑わされることなく、みなさん自身がみことばをしっかりと受け取り、みことばから直接神様と出会うことができますように。
・アーメン:20-21節
これまですべてのみことばをあかしする方が、何と言われていますか?「しかり。わたしはすぐに来る」と言われています。主がそのように言われるのであれば、そうなるのです。私たちは再臨の主に最も近い者として今生かされています。主がいつ来られても良い備えをしましょう。それと同時に、地に足の着いた、慎み深い生き方をしていきましょう。そして、今後も主が来られるその日まで、通読を続けていきましょう。
そして、聖書は「アーメン」で終わります。忠実、真実という意味です。その通りになりますという意味です。みなさんは、みことばのすべてにアーメンでしょうか?
主イエスの恵みが、みなさんと共にありますように。アーメン。
p.s.今まで一年間、通読と共に、このコラムを読んでくださり、心から感謝します。まさか、一年間、一度も欠かすことなくこのようなコラムを書くことができるとは夢にも思っていませんでした。これもひとえに、みなさまの祈りに支えられたのだと心から感謝が溢れています。
途中、システムの障害があったり、体調がすぐれないときもありました。家族にも沢山の迷惑をかけたかと思います。正直、とても辛い時期もありました。しかし、最後まで走り抜くことができました。これも全て主の恵みです。
明日から、新しい通読のシーズンに入っていきます。暗やみが増し、気を許すと不安に押しつぶされそうになり、希望が見えないような毎日だからこそ、これからも益々みことばと祈りに専念していきましょう。主はいつも良いお方です。すべての栄光が生けるまことの小羊なるお方、我らの救い主イエス・キリストにありますように。
心からの感謝と共に。
(5)ノートに記す
文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
・【祈り】実行できるように祈りましょう。
(6)祈り
実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。
(7)分かち合う
ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。
ハレルヤ。希望の書 黙示録に感謝します。創世記からすべての主の愛のみことばに心から感謝します。
毎日、コラムを配信して下さり、通読の手助けをして頂き、本当に有難うございました。
しんどい時にも、続ける事を導いて下さった主に心から感謝します。
飢え渇きを与えて、1年間導いて下さった主に心から感謝し、今、涙があふれています。
口では表しきれない素晴らしい天の都、エルサレムへ一人でも多くの人が入れますように、これからも用いて頂けますように。その為にも更に飢え渇き、通読を続けることが出来ますように。
アーメン。アーメン。アーメン。