聖書通読クラブ Day 152

聖書通読クラブ Day 152【ヨブ記 25章~27章】

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シャローム!

自分が正しいかどうか、みなさんはどのようにして確認していますか。私たちが口に出すことばは、私たちがそう思うからことばにして口から出てきます。ある意味、信仰が形をもって現されているもののひとつです。
この地上に完全な人はいませんから、口のことばによって失敗しない人はいません。ですから、大切なことはまず、口のことばに気をつけることです。主に祈り、口に見張りを置いていただくことです。
そして次はキリストに内に住んでいただくことです。口のことばは心に見ているものが出てきます。ですから、心をみことばでいっぱいにしましょう。
そして、この口を主への賛美で満たしていきましょう。
今日もみことばから教えていただきましょう。

今日の通読箇所:ヨブ記 25章~27章

■アウトライン

ヨブの主張

●ビルダテの答え:25章

●ヨブの答え:26章
  ・誰の息があなたから出たのか:1-4節
  ・創造の御業:5-14節

●ヨブの自分の格言:27章
  ・自分の潔白を離さない:1-7節
  ・全能者のもとにあるもの:8-12節
  ・悪者の神からの分け前:13-23節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【25章】ビルダテの答え

ヨブに対して、三人の友人は自分の視点からアドバイスを続けました。最初ヨブは彼らに猛烈に反論しますが、やがてヨブは冷静に対応し、この時には告白が友人ではなく神様へと向かっています。
それに対して友人たちはだんだんと答えることができなくなり、この後黙り込んでしまいます。
ビルダテはどのようにヨブに言ったのでしょうか。内容を見ると、ヨブに対して非難することをしていません。神様はいと高き方なので、ちりからできた私たちに関わることはないと言うような内容を言っています。紺のことに対してヨブは猛烈に反発をします。
ビルダテはヨブの正論に対してまともに答えることができず、論点をずらして言い逃れているように見えます。
ビルダテは人間を「虫けらの人の子」と言っています。これはある意味正しいです。神様の目から見たら、私たちは虫けら以下の存在でしょう。しかし、大切なのは、そのような虫けらのような私たちに主は目を留めてくださり、有り余る恵みを注いでくださっているということです。
イザヤ41:14にこのように書かれています。「恐れるな。虫けらのヤコブ、イスラエルの人々。わたしはあなたを助けるーー主の御告げ。ーーあなたを贖う者はイスラエルの聖なる者。」
みことばを通して自分を小さな者、価値のない者と思うことは正しいことですが、そこで留まってはいけません。そのような者に主は目を留め、愛を注ぎ続けてくださっているという主の恵みに到達できますように。

【26章】ヨブの答え

・誰の息があなたから出たのか:1-4節
今まで穏やかに返答していたヨブが急変したように、彼らのことばが以下に無益だったかを痛烈に批判しています。
最初の部分では、「あなたは偉そうにアドバイスしているが、それを今まで実際に行ってきたのか」と言うことを言っています。ヤコブ2:26にはこのように書かれています。「たましいを離れたからだが、死んだものであるのと同様に、行いのない信仰は、死んでいるのです。」
また、友人たちのアドバイスはヨブにとっては意味を成さない、役にたたないものでした。友人たちはヨブを本当に心配していたと言うよりは、ヨブに対して自分の意見を押しつけていたという事になります。またヨブは「誰の息があなたから出たのか」と問います。この事は非常に重要な事です。私たちがことばを発するときには息と共にことばを出します。この息が誰の息なのかが重要です。それには三つあります。神様の息か、サタンの息か、それとも自分の息かです。
地上のほとんどの人は自分の息を出していると思います。自分の言いたいこと、自分の主張が根底にあります。しかし、律法によってそれが殺されたとき、私たちの中に神の息が入り、私たちの口から神の息が出てきます。
もし、私たちが神にそむき続け、この方をのろうような事を言っているのであれば、それはサタンの息です。この口が誰の息を出しているか、よく見張っておく必要があります。

・創造の御業:5-14節
ビルダテの主張は神様はいと高き方であると言うこと。このお方は天におられるので、地上とは無関係であると言うことです。
ヨブはこの事に対して、そんなことはなく、神は地の深い、よみに至るまで神のご支配の中にあると言うことを告げます。目に見えるものも目に見えないものも、すべては主が創造されたので、これはその通りです。
7節は個人的に非常に興味深いことが書かれています。「北を虚空に張り」とあります。北は地の果てという事を意味しています。彼らは天動説の概念があったので、地球は平らな一枚の板で、北の果ての一点が地球を支えていると考えていました。
この時代から何千年も経って、地球には地軸があり、その中心が北を指しているということが発見されます。ヨブはこのような知恵をどこから得たのでしょうか。神様以外考えられません。
続く8節には雲のことが書かれています。昨今は日本でもゲリラ豪雨や線状降水帯などによって非常に多くの雨が降っています。その雨の原因は雲にあるのですが、一つの大雨を降らす雲の塊には600万トンもの水が蓄えられているそうです。ドラム缶に例えると3000万本分にあたります。湖がひとつ空に浮かんでいるような水分量です。これが地球上の至る所に浮かんでいるとすると、とんでもない水分が雲の中に蓄えられていると言えます。
9節には創世記1章が別の形で説明されている貴重な箇所になります。神様は光と闇を区別されたとき、水の面に縁を描いて、光とやみとの境とされたとあります。確かに地球を初め、太陽、あらゆる天体はすべて円形です。これもヨブの時代にはわからないことでしたが、近代の科学の発達によって証明されたことです。
11節からは神様の恐ろしさを語ります。この方が叱られると天の柱さえ震えます。そして、神様は海をもかき立てられるとあります。
ここでも「ラハブ」と言うものが出てきますが、これも遊女ラハブではなく、「高ぶる者」と言う意味です。後にこのラハブはエジプトを示すことばになります。別の所では蛇と書かれたり、レビヤタンと書かれています。これは海に住む巨獣と言われています。このヨブ記の最後にも登場します。そして、黙示録の最後にも竜、蛇として出てきます。これは悪魔と関わっていて、また海もそこに関わってきます。それらすべてを主は治めておられます。
14節を見ると、このような大自然や宇宙の事に関しても、これは神様の道の外側、神のささやきのようなものだと表現しています。ですから、神様が本気で叫ばれたら、一体どうなるのかと問うています。
ヨブは神様について非常によく知っていましたが、神様の事は少ししか知らないと言いました。一方、友人たちは神様についてそこまでの知識が無いにも関わらず、自分の知っていることがすべてであり、正論であるかのように発言しています。いわゆる「無知の知」ということです。私は知らなければならないということさえ知らないという考えです。みなさんはどちらの立場ですか?

【27章】ヨブの自分の格言

・自分の潔白を離さない:1-7節
ヨブは自分の言ったことを振り返って言います。まずは前章で述べたような偉大な神を自分は信じていると言うことです。もう一つはそのような神が今、自分を苦しめているということです。
ヨブは自分が神を信じているからこそ、今のようになっていると理解します。確かにそうでした。1-2章で書かれていることは、神様がサタンが働くことを許可されていました。
しかし実際は肉体の痛みはあり、彼のたましいは答えがわからず苦しんでいます。ヨブは神様の存在は理解していましたが、霊的に働いている仕組み、サタンの存在と、神様がサタンが働くことさえも治めておられるという所までは考えが及んでいなかったのです。
3節では、ヨブの決心を見ることができます。彼は神の霊が鼻にある限り、つまり生きている限り不正を言わず、欺きを告げないと言っています。
主は人をちりから造られたとき、神の霊を鼻から吹き入れられ、それで人は生きた者となりました。今でも私たちは鼻で息をします。その時に匂いを感じます。私たちの鼻が神のかおりと堕落の香りを嗅ぎ分ける霊的な鼻となることを宣言します。
5-7節では、友人たちは皆、ヨブが悪いことをしていたからこの苦しみが来たのだと言ってヨブを罪に定めましたが、それを認めることはできない。かえってあなたがたがその罪によってさばかれるのだと言っています。イエス様も山上の垂訓でこのように言われました。「あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。」(マタイ7:2)

・全能者のもとにあるもの:8-12節
8節から、友人たちはヨブに起こっていることは神を敬っていない結果だと言いました。しかし、自分を責めてきたあなたがたこそその様な者ではないかと迫っています。これを新約聖書では偽善者と言います。律法学者、パリサイ人たちがそうです。彼らは律法をよく知り、それを守ることに熱心でした。しかし、実際は律法を守ること自体が目的となり、その本質を見失っていました。私たちもそのような者にならないように気をつけたいものです。

・悪者の神からの分け前:13-23節
ヨブは三人の友人たちが語る悪者に対するさばきに関しては、ずっと前から知っていました。しかし、どう考えてもそれが自分に当てはまらないのです。しかし友人たちはこの考えでヨブを責め続けました。ここでヨブは「そういうあなた方がその悪者ではないのか」と詰め寄ります。
最後に、ローマ14:9-13のみことばをみて、祈ってみましょう。「キリストは、死んだ人にとっても、生きている人にとっても、その主となるために、死んで、また生きられたのです。それなのに、なぜ、あなたは自分の兄弟をさばくのですか。また、自分の兄弟を侮るのですか。私たちはみな、神のさばきの座に立つようになるのです。次のように書かれているからです。『主は言われる。わたしは生きている。すべてのひざは、わたしの前にひざまずき、すべての舌は、神をほめたたえる。』こういうわけですから、私たちは、おのおの自分のことを神の御前に申し開きすることになります。ですから、私たちは、もはや互いにさばき合うことのないようにしましょう。いや、それ以上に、兄弟にとって妨げになるもの、つまずきになるものを置かないようにしましょう。」

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

1件のコメント

  1. 他の人をさばかないように、主をほめたたえるために私の口のことばが用いられるように祈ります。

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