聖書通読クラブ Day 105

聖書通読クラブ Day 105【列王記 第二 4章~6章】

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シャローム!

神の人エリシャは様々な奇跡を行っていきます。まるで新約聖書を読んでいるかのようです。神の霊がエリシャと共にありました。確かに、エリヤから二つの霊の分け前を受けているのがわかります。
エリシャは特に預言すること、また知識のことばが与えられていました。人々の心が主によって教えられたり、先に起こることが教えられます。
これは占いとは明確に違います。占いは当たるか当たらないかです。預言は神様のことばをお預かりして、それを必要な人に伝えることです。御霊の賜物である知識のことばも同じです。
これらの賜物は自分を有名にしたり、お金儲けのために与えられているのではありません。傷ついている者をいやし、落ち込んでいる者を励まし、神に敵対している者の目を神に向けるために主が与えてくださるものです。
もし私たちが主との親しい関係の中でこのような賜物を求めるなら、主は必要なときに賜物の油そそぎを与えてくださるのでは無いかと思います。大胆に求めて祈り続けてみましょう。

それでは、今日もみことばに教えられていきましょう。

今日の通読箇所:列王記 第二 4章~6章

■アウトライン

エリシャの奇跡

●数々の奇跡:4章
  ・尽きない油つぼ:1-7節
  ・シュネムの女:8-17節
  ・男の子の死:18-28節
  ・男の子のよみがえり:29-37節
  ・かまの中の悪い物:38-41節
  ・100人の給食:42-44節

●ナアマン将軍:5章
  ・ツァラアトに犯されたナアマン将軍:1-7節
  ・ナアマン将軍のいやし:8-14節
  ・贈り物を断るエリシャ:15-19節
  ・ゲハジの下心:20-27節

●火の戦車:6章
  ・無くした斧:1-7節
  ・王の警戒:8-14節
  ・天の軍勢:15-19節
  ・打ってはなりません:20-23節
  ・子どもを食べる:24-31節
  ・主からのわざわい:32-33節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【4章】数々の奇跡

・尽きない油つぼ:1-7節
預言者の妻がエリヤに訴えます。その内容はどのようなものでしょうか?1節を読んでみましょう。
経済的な困窮は本当につらいです。しかも、この時代は今ほど弱い者に対するサポートも成されていませんでした。
ですからモーセの律法ではやもめの世話をすることを命じています。
しかし、ここではやもめとなった残された妻と子が、もし借金が返せないなら奴隷として売られていくしかありませんでした。しかもこの家庭は神に仕える家庭です。
もし、牧師先生や働き人でこのような困窮の中にあるのであれば、それは残念なことです。私たちが働いて得た物で牧師先生や働き人を支えましょう。それが私たちの霊的祝福へとつながります。
エリシャは彼女の必要を満たしたいという願いで何があるかと聞くと、本当に何もない状態です。ただあったものは油のつぼでした。
エリシャはその女に何と言ったでしょうか。3-4節を見てみましょう。突然意味のわからないような事を言いますが、やもめの女はどうするでしょうか?従います。そこに祝福があります。
なんと油が器の数だけ満たされていきました。その量はどれくらいでしょうか?生活が満たされるだけでなく、負債をすべて返すほどの量でした。
よく聞く話ですが、ここで大切なことは「もう器がありません」と言ったときに油が止まったと言うことです。
しかし、これは重要なことだと思います。私たちの信仰が「ここまで」と思えば、そこで主の奇跡は止まってしまいます。主は無限に霊を与えてくださるお方です。主との関係の中、「求めなさい」と言われたときには、大胆に求めましょう。

・シュネムの女:8-17節
今度は先ほどと正反対で、豊かな女性が出てきます。シュネムの女です。シュネムは新約聖書ではナインの町(ルカ7:11)です。イエス様が死んだやもめの息子を生き返らせた町です。
エリシャはこのシュネムの女に生活の必要を満たしてもらいます。大きな犠牲です。しかし、聖書には「預言者を預言者だというので、受け入れる者は、預言者の報いを受けます。」(マタイ10:41a)とあります。
エリシャは自分に良くしてくれたシュネムの女にお礼をしたいと思い、欲しいものを求めますが答えは「私は、私の民の中で、しあわせに暮らしています。」と言うものでした。満ち足りていました。
そこでエリシャの付き人のゲハジがシュネムの女は子どもがいないということを告げます。
しかしシュネムの女はこれを断ります。「このはしために偽りを言わないでください。」と言っています。これは今まで様々な人から子どもがいないと言うことを言われたため、彼女は傷つき、今回もそれを侮辱されていると思ったのかもしれません。
しかし、シュネムの女はエリシャのことばを信じて行動に出ます。そして、本当に男の子をみごもります。

・男の子の死:18-28節
不妊のシュネムの女に与えられた大切な男の子ですが、畑仕事の途中で「私の頭が、頭が。」と訴え、結局死んでしまいます。
かつてエリヤが世話になっていたシドンのやもめの時も同じ事が起こりました。
シュネムの女は悲しむ間もなく行動に出ます。男のことをエリシャの寝台に起き、エリシャの所に行きます。彼女はすでにこの時、復活の信仰がありました。
エリシャは遠くからシュネムの女を見つけます。ゲハジが迎えに行きますが、なぜか彼女はゲハジに嘘を言います。シュネムの女はゲハジには何もできないというのをどこか直感で感じていたのかもしれません。それで、エリシャにしがみつきます。悲しさと同時に憤りもあったのではないでしょうか。
エリシャは預言者です。ですから、主がエリシャの所に来る者の心を証してくださっていましたが、今回は主はそれをされていません。「主はそれを私に隠され、まだ、私に知らせておられないのだ」と言っています。ということはいつもは知らされていると言うことになります。
シュネムの女はやっとのおもいで子が与えられましたが、子が与えられることで今までの心の傷も癒やされていたでしょう。
しかし、その子が亡くなってしまうということは、より深い傷をおってしまいます。今まで我慢していた感情が28節であふれ出ます。

・男の子のよみがえり:29-37節
エリシャはまずゲハジを遣わします。訓練の意味もあったのでしょうか。自分の大切な杖を持たせます。そして、29節にあるようなことを言い渡します。
しかしシュネムの女は「私は決してあなたを離さない」と言っています。彼女にはゲハジはいないも同然のような扱いです。
32節を見ると、主は本当にこの事をエリシャに隠されていたと言うことがわかります。ゲハジの報告、そして自分の目で見て男の子の死を知りました。
エリシャは責任を感じたのかもしれません。しかし、どうして良いかもわかりません。エリシャはどうしたでしょうか。戸を閉めて祈ります。イエス様も「祈るときには自分の奥まった部屋に入りなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられる父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。」(マタイ6:6)とあります。
エリシャは祈りの中で自然と何をしたら良いかを導かれました。自分の体を子どもの体に重ねました。
すると、死んでしばらくたっていた子どもの体が温かくなり、七回くしゃみをして目を開きました。祈りに応えてくださる主をほめたたえます。

・かまの中の悪い物:38-41節
奇跡は続きます。場面はシュネムの女から預言者のともがらに移ります。大きな飢饉がありましたが、この飢饉に関して二つの奇跡がありますが、これがそのうちの一つになります。
野生のうりを取ってきて鍋に入れます。しかしそれには毒がありました。41節でエリシャはどうしたでしょうか。
麦粉は穀物のささげものとして主に献げられます。この食事が主に献げられたのでしょうか。麦粉が入ることでうりの毒が消えました。飢饉の時に食事に預かることができました。
主は私たちがどのような状況になったとしても、供給を続けてくださるお方であることを信じます。主はあらゆる災いから私たちを守ってくださるお方です。

・100人の給食:42-44節
続けては飢饉の奇跡後半です。ここではバアル・シャリシャ、つまりギルガルの預言者のともがらの話です。
この神の人は21個の大麦のパンと一袋の新穀を持ってきます。この時には非常に貴重なものです。
エリシャはこの事に対してどう言ったでしょうか。なんとそのパンを100人にわけよと言います。預言者のともがらは「無理です」と言いますが、神からの仰せだと言います。そして食べて残すまでになると言います。
それで召使いたちがパンを配るとどうなったでしょうか。44節を見てみましょう。
まるでイエス様の5千人の給食のようです。彼らはわずかなパンと魚から満腹になり、12のかごいっぱいに余るほどでした。
主は飢饉の中でも溢れるほどに与えてくださるお方です。

【5章】ナアマン将軍

・ツァラアトに犯されたナアマン将軍:1-7節
ここではナアマン将軍が登場します。アラムの王とあります。アラムは今のシリヤあたりです。このアラムの王に仕えていたナアマンは勇士でしたがツァラアトにかかっていました。
しかし、そのナアマンに主は不思議な方法で働きかけてくださいます。なんとナアマンの妻に仕えている若い娘がエリシャを紹介します。彼女はかつてナアマンが略奪をしているときに連れてこられたイスラエルの若い娘です。
早速ナアマンはアラムの王にこの事を告げると手紙を持たせ、言ってきなさいと言います。ナアマンは沢山のお土産を持っていきます。このとき、すでにナアマンは癒やしの信仰がありました。すでに癒やしを受け取って、感謝のささげ物を持っていったのではないでしょうか。イスラエルの王アラムは手紙を受け取り、憤慨しました。何かの挑戦状と勘違いしたのかもしれません。

・ナアマン将軍のいやし:8-14節
エリシャは王が衣を引き裂いたことを聞きました。そして、これは神様の栄光を現す機会として出て行きます。
エリシャはどのようにして癒やしを解き放っていくのでしょうか。10節を見てみましょう。それに対してナアマン将軍はどのように反応しますか?
ヨルダン川はお世辞にもきれいだとは言えません。さて、どうするのでしょうか?
13節から、すばらしいしもべの助言です。確かに私たちもこういう側面はないでしょうか?簡単なことをさげすんでしまうことです。
大切なポイントは何でしょうか。主のことばに従うか従わないかです。理解してから従うのではなく、理解できなくとも従うのです。
ペテロは湖でイエス様が「下ろしなさい」と言われたことばに従って網を下ろしたら、大量の魚が捕れました。
ナアマンはしもべのアドバイスによって心を変え、エリシャのことばに従いました。その結果、ツァラアトが癒やされました。
旧約聖書でツァラアトが完全にいやされたのはこのナアマン将軍だけです。

・贈り物を断るエリシャ:15-19節
ナアマン将軍は自分の体に起こったことが信じられないほどでした。彼の肌は幼子のようになったと書かれています。女性のみなさんはうらやましいのではないでしょうか。
ナアマン将軍自身が「イスラエルのほか、世界のどこにも神はおられないことを知りました」と言っています。大きな証です。
そして、感謝の証として持ってきた物をエリヤに贈ろうとしますが、エリシャは断ります。
それでも、ナアマンの感謝は抑えることができません。それでその贈り物を主にささげることを決断しています。
ナアマンはとても律儀な人だったことが見て取れます。まことの神であるヤハウェを信じ、自分の神に仕えないようにする方法を探っています。
それに対してナアマンは「安心して行きなさい」と言っています。これは偶像礼拝を許しているのではありません。これほどまでにヤハウェなる神に仕えたいと言っているナアマンが自分の国に帰って、公の場所で宗教行事に加わることがあっても、主が守ってくださり、それに参加しなくてもよくなるという意味です。

・ゲハジの下心:20-27節
素晴らしい異邦人、ナアマン将軍の信仰と正反対のように見えるのがエリシャの付き人ゲハジです。
以前にお伝えしましたが、預言は三つの種類があります。神からの語りかけと、サタンからの語りかけと、自分の肉からの語りかけです。
ここでのゲハジはこのうちのどれだと思いますか?自分の肉からですね。しかもその事を正当化しようとして、「主は生きておられる」と言っています。
ゲハジは巧妙なうそをつきます。自分が欲しいのではなく、お客さんが来たから彼らのために欲しいと言っています。自分の持っている中からもてなせばいいのにと思ってしまいます。
神の人エリシャのつきびとの願いです。ナアマンは喜んで欲しいと言った者以上のものを与えます。
エリシャはすべてを神の霊によって知っていました。ゲハジはどのような報いを受け取ったでしょうか。27節を見てみましょう。
主に仕える者が下心から嘘をつき、得た物を隠す裁きはこれです。ツァラアトは汚れ、罪を象徴します。
私たちは自分の欲に引かれます。目の欲、肉の欲、暮らし向きの自慢があります。主に仕える者はこれらを得たいがために働いているのではありません。私たちの目的は主ご自身です。

【6章】火の戦車

・無くした斧:1-7節
ここでまた、預言者のともがらの話が出てきます。「私たちがあなたといっしょに住んでいるこの場所は狭くなった」と書かれています。ということはどういうことかわかるでしょうか?預言者が増えてきたということです。リバイバルです。
エリシャは新しく建設される預言者の訓練学校であり、共同生活する場所をおもいきって見に行くことにしました。孤独なエリヤと対照的に弟子たちとも親しくするエリシャの姿を見ることができます。
ここで事件が起きます。斧の頭を水の中に落としてしまいました。しかもそれは借り物だというのです。
エリシャは一本の木の枝で斧の頭を浮かび上がらせます。そして無事に斧の頭は手元に戻りました。

・王の警戒:8-14節
ここで突然話はイスラエルとアラムの戦いに移ります。10節を見てください。エリシャがあらかじめ危険な場所を王に知らせます。王はその場所を警戒します。そうして国が守られました。
これが預言者と王の正しい関係です。
アラムの王はあまりにも自分たちの作戦が筒抜けのように思われ、この中にスパイがいるのではないかと怪しみます。
しかし、情報通の家来がエリシャが神によってアラムの王のすべてを知っていると告げます。
アラム王はすぐにエリシャのいると言われていたドタンを包囲します。

・天の軍勢:15-19節
エリシャが朝起きると、すでに町は包囲されていました。召使いは恐れますが、エリシャは信仰によってこの状況を見ています。
それでエリシャは主に祈ると召使いの目が開かれました。そこにはアラム軍よりも遙かに強く多い神の軍勢、火の馬と戦車がエリシャを取り巻いていました。
私たちも目には見えないかもしれませんがこのような神の軍勢が私たちを取り巻き、日々の些細なことから大きな事まで守ってくれています。
それだけ出なく、ゼカリヤ書には主ご自身が火の城壁となって私たちを取り囲んでくださっていると書かれています。そして、エリシャや様々な信仰の証人が私たちを取り囲んでいます。
主の守りの中、私たちは平安な心で主の御旨をなしていこうではありませんか。
さらにエリシャは祈ります。アラムは武力によって戦いますが、エリシャは祈りで勝負します。これが私たちの戦い方です。
今度はアラム軍を盲目にするように主に祈ります。そして、彼らを導き、サマリヤにまで連れて行きます。そこで再び目を開くように祈ります。
私たちは毎日みことばを見ています。すなわち、これは神様ご自身を見ていることです。神はことばだからです。
しかし、私たちの目は本当に主を見ているでしょうか。霊的に盲目になってしまっています。世の惑わしが私たちを覆います。神に信頼しないということが私たちの目を暗くします。
イエス様はこのように言われます。「わたしはさばきのために世に来ました。それは、目の見えない者が見えるようになり、見える者が盲目となるためです。」(ヨハネ9:39)

・打ってはなりません:20-23節
さらにエリシャは驚きの戦い方をします。攻めてきたアラム軍をサマリヤでもてなします。そうするとどうなったと書かれているでしょうか。23節最後には、「それからはアラムの略奪隊は二度とイスラエルの地に侵入して来なかった」と書かれています。
ローマ12:20には何と書かれているでしょうか。「もしあなたの敵が餓えたなら、彼に食べさせなさい。渇いたなら、飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのです。」
エリシャはこれを実行しました。みなさんはできますか?

・子どもを食べる:24-31節
ベン・ハダデは、略奪はやめましたが今度は全軍でサマリヤを包囲しにかかりました。
それでサマリヤのライフラインが立たれます。兵糧作戦です。その上、飢饉で苦しんでいました。25節を見るとインフレが起きています。何の栄養も価値も無いようなロバの頭が5千円ほど、そしてなんと鳩のふん300ミリリットルが数百円で取引されていました。(ふんの主である鳩をつかまえて売ればもっと儲けるのにと思うのは私だけでしょうか)
その飢餓の状態は常識を越え、自分の子どもを煮て食べるほどです。いつもこの箇所を読むと気分が悪くなってしまいます。
そして、王は自分にアドバイスをくれていたエリシャに怒りを向けます。お門違いも甚だしいです。

・主からのわざわい:32-33節
エリシャは自分の家で長老と共にいました。その時、神の霊によってこの後何が起こるかを悟ります。
33節最後には「これ以上、何を私は主に期待しなければならないのか」と言っています。エリシャが王に対して苦みを持ち、主に対して軽く失望しているようです。
私たちも主を見上げられないような時があるでしょう。しかし、そのような時であっても主は常に良いお方です。このお方に信頼し続けましょう。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

1件のコメント

  1. 主が見えなくなるときも、いつも共にいてくださることを感謝します。主を信頼し続けたいです。

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