聖書通読クラブ Day 68

聖書通読クラブ Day 68【ヨシュア記16章~18章】

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シャローム!

聖書を通読するとき、しばしば「これ、読んでいて意味があるのかな?」と思う箇所があります。私の中の二大要素は、地名と人名です。通読の速度は落ちるし、よくわからなくなるし、困難を覚えるときがあります。
しかし、それらも神のことばです。私たちは「わかろう」とする誘惑に駆られることがあります。もちろん、その探究心はとても大切ですが、行き過ぎると神様の領域まで知ろうとしてしまいます。
大切なのはわかってもわからなくても、真理を求めながら通読を毎日続けることです。
今日も忍耐が必要な箇所かもしれませんが、神様は必ずみことばから語りかけてくださいます。ともにみことばに心をむけていきましょう

今日の通読箇所:ヨシュア記16章~18章

■アウトライン

乳と蜜の流れる地の割り当て

●エフライム族への割り当て:16章

●マナセ族への割り当て:17章
  ・マナセ族:1-13
  ・ヨセフ族の訴え:14-18
●残りの部族への割り当て:18章
  ・残った地の調査:1-10節
  ・くじ:11-28節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【16章】エフライム族への割り当て

ヨセフ族がくじで割り当てられます。ヨセフ族といってもそれはすなわちヨセフの子たち、マナセとエフライムです。
下記の地図でヨセフ族、マナセとエフライムの割り当て地を見てみましょう。イスラエルのほぼ中央であることがわかると思います。
創世記でヤコブがヨセフには二倍の分け前があると祝福しましたが、たしかに、地図を見ても子どもたちのゆえに二倍の祝福を受けています。

5節からはエフライム族の境界線が書かれています。下の地図で場所を確認してみましょう。
8節、カナ川が出てきますが、神奈川ではありません。(失礼しました)
9節では興味深いことが書かれています。マナセ族の相続地の中にエフライム族のために取り分けられた場所があると書かれています。他の部族には見られない表現です。
おそらく、マナセ族の南の境界線とエフライム族の北の境界線があいまいだったのかもしれません。グラデーションのようになっていたのでしょう。これは、ヨセフ族とエフライム族が兄弟であったことに由来することです。
10節では「追い払わなかった」ことがまた出てきます。これは一つのパターンですね。追い払わなかったらどうなるのでしょうか?その時は「ま、いっか」と言う感じでしょうが、後で困ることになります。神様は聖絶を命じられていました。面倒だからと後回しにしたり、取りかからなかったら、後で大変なことになります。今日という日にみことばに従いましょう。

【17章】マナセ族への割り当て

続いてはマナセ族です。覚えているでしょうか?マナセ族はヨルダン川の東側にも広大な相続地を得ています。
西側の割り当て地のために尽力したのがツェロフハデです。娘しかいなかった彼らは勇気を持って祭司エルアザルとヨシュアと族長の前に出ました。

11節を見ると、マナセの北側の境界線、イッサカルとアシェルの中にもマナセの村落があったとありますので、この境目も曖昧だったことがわかります。

12節、また同じ問題が浮上します。「追い出さなかった」問題です。エフライムの時よりも少したちが悪いことに気づくでしょうか?
「カナン人はこの土地に住み通した」とあります。
まるで、雑草の上だけ刈り取ってその上に土を被せたようなものです。根本が解決していないので、いつのまにかまた雑草だらけになってしまいます。

14節からはヨセフ族の訴えです。内容はどういったことであるかわかるでしょうか?一言で言うなら、「土地が狭い」と言うことでした。もう少し詳しく言うと、「マナセは東西に二つの土地を持っているのに、エフライムはなぜ一つしか無いのか」という訴えです。
しかし、これは「ヨセフ族」として訴えられていることから、マナセとエフライム共通の問題のようです。
彼らの土地は狭かったのでしょうか?否。広大です。狭かったのは彼らの土地では無く、彼らの心でした。
なぜ彼らの訴えがあったのかを考えてみました。ひとつは彼らがカナン人を追い出さなかったことです。カナン人を追い払いきっていたら、彼らの土地はもっと広くなったでしょう。しかし、彼らには戦車があったと書かれていますので、恐れをなしていたのかもしれません。
神様はあらかじめ11:6で彼らに勝利を約束してくださっていたはずです。しかし、その通りに実行しなかった結果がここにあります。
もうひとつは自ら開墾しようとしなかったことです。
私たちの人生でも同じようなことが起こるのでは無いでしょうか?これらから何を学ぶことができますか?
カナン人の戦車に立ち向かうことができない「恐れ」と開墾をしようとしない「怠惰」です。
私たちにはすべてのものが与えられています。神の国とその義とを第一に求めるものには、神はこれらすべてのものを与えてくださると約束してくださっています。
周りを見回してください。あらゆるものが与えられているのでは無いでしょう?それなのに、「もっと、もっと」という心があります。今あるものに感謝できず、他のものを求めようとする心です。私たちは今あるもので満足する事を知りたいと思います。肉的な目で見ると「足りない」と思ってしまうかもしれませんが、霊的な目で見るなら「私は豊かだ」と言うことに気づかされるでしょう。霊的な怠惰から霊的な勤勉さへと変えられていきますように。
また、「恐れ」に対しては神様を信頼することです。この信頼関係は一朝一夕で得られるものではありません。日々の神様との歩みの中で産まれていくものです。ですから、ここで通読を毎日勧めています。この地上での最も幸いな生き方であることを信じます。そうするなら、私たちの中にまったき愛が満ちあふれ、恐れを締め出していくでしょう。(1ヨハネ4:18)

【18章】残りの部族への割り当て

1
1節で突然会見の天幕に話が移っています。しかも「ツロ」と書かれています。今まではギルガルで語られていたはずなのに、時間と場所が移っていることを知ることができます。聖書は必ずしもすべてが時系列で書かれているわけではありません。
このツロに建てられた会見の天幕は、実にサムエル記第一でペリシテ人が奪い取って行くまでここに建てられていました。

2節、驚く事実が浮き彫りになります。12部族の内の7部族がまだ割り当てられていないのです。半分以上の数です。
ヨシュアはしびれを切らして彼らに言います。「あなたがたはいつまで先延ばししているのか。」と。心に刺さるみことばです。主は私たちに使命を与え、必要なものを備えてくださっています。神様はいつでも準備ができています。行動していないのは私です。自分だけぬくぬく安住の地にあぐらをかいていては、信仰はそこで途絶えてしまいます。生ぬるさの中で様々な事を忘れてしまいます。信仰的にアクティブになることは疲れますし、大変なことも多いです。しかし、自分のための人生なのか、主のための人生なのか、自分の心にもう一度問いかけ、祈ってみましょう。
また、問題を先延ばしにないよう、神様に祈り求めてみましょう。ひとつ、具体的なアドバイスがあるとするなら、先延ばしにしている問題の中で最も小さなものにまず取り組んでみるということです。何でもいいです。一瞬で終わるものでも大丈夫です。とにかく、その問題に関わることに手をつけてみましょう。その後は案外すんなり進むかもしれません。
11節からはようやく相続地が割り当てられていきます。まずはベニヤミンです。下の地図と照らし合わせてみながら、場所を確認しつつ通読してみましょう。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

1件のコメント

  1. 主のために生きられるように、問題を先延ばしにしないように祈ります。

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