聖書通読クラブ Day 261

聖書通読クラブ Day 261【ダニエル書 4章-6章】

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シャローム!

昨日の通読ではシャデラク、メシャク、アベデ・ネゴが試練に遭いました。今日の箇所ではダニエルに試練がやってきます。ダニエルはその試練にどのように立ち向かったのでしょうか。また、どうしてそのような事ができたのでしょうか。私たちもダニエルのような信仰と人格を与えられるために、どうしたら良いのでしょうか。
今日もみことばから教えられていきましょう。

今日の通読箇所:ダニエル書 4章-6章

■アウトライン

●砕かれる王:4章
  ・ダニエルに夢を告げるネブカデネザル:1-12節
  ・見張りの者たちの布告:13-18節
  ・ダニエルの夢の解き明かし:19-27節
  ・人間の中から追い出される:28-33節
  ・理性が戻り主を讃美する:34-37節

●へりくだることができない王:5章
  ・ベルシャツァル王の宴会:1-4節
  ・出現する人間の手の指:5-9節
  ・召し出されるダニエル:10-12節
  ・王からの相談内容:13-16節
  ・メネ、メネ、テケル、ウ・パルシン:17-31節

●獅子の穴から救われる:6章
  ・大臣や太守たち:1-9節
  ・禁令を無視して礼拝をささげる:10-15節
  ・獅子の穴に投げ込まれる:16-18節
  ・穴から出されるダニエル:19-24節
  ・ダリヨス王のおふれ:25-28節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【4章】砕かれる王

・ダニエルに夢を告げるネブカデネザル:1-12節
ネブカデネザル自信が手紙を書いています。送り先は彼が支配していたあらゆる国、民族、国語の者たちです。この前までは金の像を全ての者に拝ませていた王は、天の神をほめたたえる内容の手紙を書いています。
イエス様はたとえばなしの中で、強盗に入るときにはまず強い者を縛ってから行うと言われました。同じように、王にヤハウェなる神の素晴らしさが伝わるなら、これほどの影響があります。
彼は「平安が豊かにあるように」と書いています。まるで新約聖書のの手紙のようです。王の心が柔和な心になっています。少し前まで、自分に従わないなら「手足を切り離し、家をゴミの山とさせる」と言っていた王がこのような事を言ってます。シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴを通して、また、ダニエルを通して霊的な祝福と主に対する恐れを知ったのでしょう。
ここでネブカデネザルは再びただ事ではないと感じられる夢を見ます。前回は王となって間もない頃でしたが、今回の夢は王となってしばらく経ったときの夢です。なぜなら、王の宮殿が栄華を極めていたからです。
王は夢を解き明かして欲しいので、前と同じように呪法師たちを呼び寄せますが、やはりできません。最初からダニエルに頼めば良かったのに、どうして最後になったのでしょうか。おそらくは、王はこの数年で呪法師たちが成長したかどうかを見たかったのでは無いかと思います。しかし、無理でした。当然です。彼らの知恵は自分の中か、地に属する知恵ですが、ダニエルの知恵は上からの知恵です。かなうはずがありません。
王はダニエルと呼んだ後、ベルテシャツァルと呼び直しています。おそらくは、王は親しみを込めて普段はダニエルと彼の本来の名前で読んでいたのかも知れませんが、バビロンの人にはベルテシャツァルという名前の方が知られているので言い直したのでしょう。
そして、王はダニエルを「聖なる神の霊があった」と表現しています。主を信じていない王にまでそのように思わせるダニエルは本物です。
ダニエルは王の夢を解き明かしていきます。もしかしたら、他の呪法師たちも解き明かせたのかも知れませんが、恐いので王に告げられなかったのかもしれません。なぜならこれは王のプライドを傷つけることになりかねない内容だからです。
この夢に出てくる木はネブカデネザル本人です。大きく勢力を伸ばす様子を木に例えています。

・見張りの者たちの布告:13-18節
神が使わされた天使の姿があります。この天使は見張りの者です。彼は「その木を切り倒し、枝を切り払え。その葉を振り落とし、実を投げ散らせ。獣をその下から、鳥をその枝から追い払え」と言います。
しかし、根こそぎではなく、根株を残すように言っています。神の憐れみを見ることができます。
ヨハネの15章でぶどうの刈り込みの話が出てきます。なぜぶどうの木は刈り込まれるのかというと、「豊かな実を結ばせるため」です。私たちは今までの通読でエルサレムの破壊を見てきました。それは破壊が目的ではなく、その後の再創造、回復が目的です。おなじ神の心がネブカデネザルにも向けられています。
王は野に出て、獣のようになると言われています。その期間は七つの時、つまり7年間です。この宣言は見張りの者たちの決定によるものです。
また、「いと高き方が人間の国を支配し、これをみこころにかなう者に与え」とあります。人は様々な事を考え実行しますが、すべては主の御手の中で行われていることです。私たちに起こることはすべて主の御手の中にあります。私たちに必要なのはへりくだりです。
ネブカデネザルはダニエルを信頼して、この夢を解き明かせと言います。「おまえにはできる。おまえには、聖なる神の霊があるからだ」と言っています。

・ダニエルの夢の解き明かし:19-27節
ダニエルはすぐにその夢の意味を悟りましたが、すぐには言えずにいました。いろいろ思い巡らし動揺しています。王を愛していたので、傷つけないようにことばを選んでこの夢の解き明かしをします。
ダニエルが取った伝え方は、へりくだりつつも、真実をそのままストレートに伝えています。彼の誠実さを見ることができます。
この夢の解きあかしを伝えた後、ダニエルは勧告します。その内容は正しい行いです。自分のために重税を取り立てたり、奴隷を必要以上に働かせたり、虐げたりしないことです。王としての本来の働き、民が安心して暮らせる決断をすることをすすめています。罪を取り除き、貧しい者を憐れむ事は何でしょうか。第一の戒めと第二の戒めがここにあります。

・人間の中から追い出される:28-33節
この勧告を受け、12ヶ月、一年近くたっています。これは神様からの試しの期間だったのかも知れません。王は聞いたときは真剣に悔い改めを願いましたが、結局もとの生活に戻っていたのでしょう。まるで、キャンプに行ってその時は燃やされますが、普段の生活に戻って二週間もするといつもの生活をしているのに似ているかも知れません。
王は屋上で「私」と言うことばを繰り返してつぶやいています。そこに神は出てきません。自分が中心となっています。この事を言い終わらないうちに天から声がありました。誰が一番の権力者かを主は示して下さいます。
そして王はその通りに突然別人のようになってしまいます。かつて、サウルにあったかみの霊は去って、わざわいの霊がやってきました。そのように、突然彼の霊に変化がおこっています。王位は退けられていませんが、人としての生き方ができなくなっています。おそらく、王の側近もダニエルの解きあかしを聞いていたので、王が不在の七年をなんとかしてつなぐことを計画していたのかも知れません。

・理性が戻り主を讃美する:34-37節
そして神の時が満ちたとき、ネブカデネザルは天を見ました。すると、理性が戻ってきました。その後、彼の発言が変わります。その口からは主への賛美が出ています。まさに、イエス様を信じた者に起こる変化です。新しい創造がなされています。主が王の心に新しい霊、新しい心を与えてくださったのでしょう。
普通に考えたら、理性が戻ってきたなら、このようにした神を罵るでしょう。しかし、そうはしていません。本当の意味で砕かれ、悔い改めている実を見ることができます。人は実をみて見分けなければなりません。王はこの試練を通してへりくだる事を学びました。
この事を通して、王はさらに偉大な権威が与えられました。へりくだりがどれほど大切かがわかります。「ですから、あなたがたは神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神は、ちょうど良い時に、あなたがたを高く上げてくださいます。」(1ペテロ5:6)
覚えているでしょうか。このバビロンの王、ネブカデネザルはその手で神の都、エルサレムを破壊したのです。しかし、ダニエル、そして三人の友人の使える姿、とりなしの祈りによって、王にこのような影響を与えました。私たちも神様と出会っていない人にこれほどの影響を与えているでしょうか。そうできるように祈り求めてみましょう。

【5章】へりくだることができない王

・ベルシャツァル王の宴会:1-4節
世界最強に思えるバビロンにもその終わりの足音が聞こえてきます。メディアとペルシヤの連合軍によって滅ぼされる直前のことがここに書かれています。終わりの時代にも大バビロンが崩壊して、イエス様が来られます。
ネブカデネザルは死に、息子のエビル・メロダクが後を継ぎます。彼はユダの王エホヤキンに対して丁寧に接しました。しかし、彼は自分の職務に無責任であったため、二年後に殺されてしまいます。
それで、次に王位に就いたのがベルシャツァルです。彼は千人の貴婦人のために大宴会を催しています。平和に見える光景ですが、この時はバビロンはメディヤ・ペルシャによって包囲されている最中です。宴会など開いている場合ではないのです。王はあまりの出来事に自暴自棄になっていたのでしょうか。現実逃避でしょうか。王としてありえないことを行っています。
そして彼の高ぶりが現れる決定的な事が起こります。エルサレムから持ってきた神の宮で使われた器具を持ってこさせ、それで酒盛りをします。祭司が見ると卒倒してしまう出来事でしょう。
なぜこのようにしたのでしょうか。おそらく、恐れからエルサレムの神より自分たちの方が強いと言うことを誇示したかったのでしょう。

・出現する人間の手の指:5-9節
すると、突然人間の手が出現して、壁に文字を書きます。それを見た人々は一気に酔いが覚めました。楽しい宴会の場所は一気に恐怖の場となりました。王の腰はゆるみ、膝はがたがた震えています。
王は恐怖のあまりこの意味を説き明かすように叫びます。このような時の反応でその人の本質がわかります。彼は聖なる神に対してただおびえるだけでした。自分の恐怖から逃れたいと願うだけです。自己中心の姿があります。

・召し出されるダニエル:10-12節
ここで、ダニエルを知っている王母が出てきます。ここでベルシャツァルに対してネブカデネザルを「父」と呼んでいます。本来ならベルシャツァルの祖父にあたるのですが、これは当時のこの場所での独特の言い方です。先祖に対して「父」と呼ぶのです。

・王からの相談内容:13-16節
ベルシャツァルは直接ダニエルを知らないので「聞いていた」と繰り返しています。単に情報として知っていただけです。そうではなく、関係が大切です。
芸能人を知っているといっても、相手は私たちの事を知らないでしょう。そういう関係ではなく、お互い長い時間をかけた関係が大切です。

・メネ、メネ、テケル、ウ・パルシン:17-31節
ダニエルはこのような鼻につく王にどのように接しているでしょうか。「王よ、永遠に生きられますように」と言ってへりくだっています。その上で、贈り物ははっきりと断っています。軸のぶれない姿がかっこいいです。
ダニエルはネブカデネザルに起こったことを語ります。へりくだりの姿勢を伝えたいと願っていました。
しかし、それを知っていながらベルシャツァルは悟りませんでした。「また、彼らが神を知ろうとしたがらないので、神は彼らを良くない思いに引き渡され、そのため彼らは、してはならないことをするようになりました。」(ローマ1:28)
そして、ダニエルは偶像の恐ろしさも伝えます。その上で文字の解きあかしをします。
壁に書かれた文字の意味は、「数える」「量る」「分ける」です。しかし、これだけでは意味がわかりません。数えるとは彼の治世です。量るとは彼の行いです。そして分けるとはバビロンが倒されて国が分割されることを意味しています。そして、バビロンの財宝はすべてメディヤとペルシヤに明け渡されるのです。
そして、その夜、王はあっけなく殺されてしまいます。高ぶりを捨てない者の結末です。

【6章】獅子の穴から救われる

・大臣や太守たち:1-9節
ダレイオスは120人の太守を任命して国を治めることを計画します。そして、彼と太守の間に三人の大臣を置きます。その大臣の一人がダニエルです。その中でもダニエルには優れた霊が宿っていました。この時ダニエルはかなり年をとっていたでしょう。しかし、なお彼は神に仕えていました。
それをみて大臣たちがダニエルのことを妬みます。彼が捕囚の一人だと知っていたからです。しかし、ダニエルには何の怠慢も欠点も見つかりませんでした。神に対して、そして人に対しても忠実なのがダニエルです。バビロンの法ではダニエルに欠点を見つけられないので、彼らは「彼の神の律法のことでみつけるしかない」と言います。異国の地において、みことばの権威を神を知らない人が語るほど、ダニエルはみことばに仕えていました。ダニエルは神に仕えるように王に使えていました。信仰と人格のバランスのとれた人物です。
そこで、大臣たちは相談してダニエルを陥れようとします。彼が日に三度、神に礼拝をささげていることを彼らは知っていたからです。その事を逆手にとり、取り消しのできないメディアとペルシヤの法律で礼拝を禁じます。ペルシヤは法治国家です。法で決められたことは王でも覆すことができません。
このように非常に狡猾なダニエル以外の大臣の策略によって礼拝が禁じられてしまいます。いにしえからサタンのとる方法です。時には忙しくして礼拝させないようにします。時にはわざと有名にして礼拝への興味を奪います。お金持ちにさせて礼拝を小さなものと見るようにさせます。あらゆる手段をつかって、とにかく礼拝をさせないようにするのがサタンの策略です。

・禁令を無視して礼拝をささげる:10-15節
ダニエルはその文書に王が署名したことを知っていました。それでダニエルがしたことは、いつも通り家に帰って主を礼拝することです。このことは不忠実でしょうか。表面的に見ると王に対する不忠実です。しかし、ダニエルが本当に仕えているのは王ではなく神です。
従順の定義の中に「間違った教えには従いません」というものがあります。かつて出エジプトの時代、イスラエルの民がまだエジプトにいたとき、パロによってヘブル人の初子を殺せという命令が出ましたが、助産婦たちは王の命令ではなく神の命令に従いました。その結果彼女たちは祝福されました。
この事は非常に高度な事になると思いますが、気をつけて見分けなければなりません。そのためにもみことばといつも親しくある必要があります。
王はダニエルを非常に信頼していたので、この法令がダニエルを陥れることだと知って憂いています。自分の手で愛するダニエルを殺すことになってしまうからです。しかし、先ほどお伝えしたとおり、王でも法律を変えることができません。夕暮れまで努力して、法令に抜け目がないか探しました。

・獅子の穴に投げ込まれる:16-18節
ダリヨス王は泣く泣くダニエルを獅子の穴に投げ込みます。しかし、祈りを添えます。「おまえがいつも仕えている神が、おまえをお救いになるように」と。ダニエルはいつも王に神を証ししていたのでしょう。

・穴から出されるダニエル:19-24節
王は眠れませんでした。日が改まってすぐに獅子の穴に向かいます。まるで、イエス様が墓に葬られたとき、週の初めの日の朝早く、女性がイエス様の墓を見に行った時のようです。
絶望的な状況ですが、わずかな期待を持って王は獅子の穴に向かいます。そして、ダニエルに話しかけます。
すると、なんと穴からダニエルの声が帰ってきます。生きていました。主が御使いを送って獅子の口を塞いでくださったのです。想像してみてください。おなかをすかせたライオンが沢山いる、一人で出ることのできない穴に、あなたが投げ込まれてそこで一晩を過ごさなければならないなら、どのような気持ちになりますか?
このダニエルに、イエス様の姿が重なります。船に乗っていたときに嵐に遭いましたが、イエス様は船のとものほうで枕しておられました。どのような状況でも神への絶対的な信頼がありました。これを平安といいます。今は世界中どこにいっても危険ばかりです。しかし、神と共にいるならどのような危険な場所でも平安があります。
また、獅子がダニエルに噛みつかないというのはここにエデンの姿があります。エデンでは肉食はありません。ライオンも草を食べます。
このような状態が、人と被造物が和解した状態です。主は人を想像されたとき、「生めよ、増えよ、地を満たせ。すべてのものを従えよ」と仰せられました。全ての被造物は回復した神の子に従います。私も、内なる人がこのような状態になることを心から願います。共にここを目指そうではありませんか。
そして、ダニエルを陥れようとした人たちが連れてこられ、妻子と共に獅子の穴に投げ入れられました。すると、彼らが穴の底に達しないうちに獅子は彼らの骨をことごとくかみ砕きました。ダニエルは明らかに神の守りがあったということがわかります。

・ダリヨス王のおふれ:25-28節
このような神の偉大な御業を見て、王はダニエルの神の前に震え、おののけ」という命令を出します。王をもってこれほどまでに言わせる事は並大抵の事ではありません。ダニエルの忠実な神への信仰、また、みことばの実行がこの奇跡を起こしたのでしょう。
ここでダニエルの人生の前半が終わります。明日の通読の箇所からはより深い啓示の領域の預言に入っていきます。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

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