聖書通読クラブ Day 133

聖書通読クラブ Day 133【エズラ記 1章~3章】

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シャローム!

今日からエズラ記がスタートします。この前の歴代誌では、ユダヤ人がバビロンに捕囚される場面を見ました。歴代誌の最後にはクロス王に主が働きかけ、捕囚の民を約束の地カナンへと帰す思いを与えられたところで終わります。
今日のエズラ記はその場面からはじまります。エズラ記・ネヘミヤ記は同じ著者によって書かれた書簡です。
これらには一定のパターンが見えます。希望ではじまり、もやもやした感じで終わってしまうと言うものです。
信仰のあり方や政治などでなんとか変えようとしますが、なかなか人は変わりません。形ではなく、心を変える必要があるからです。エズラ・ネヘミヤはそのような視点を持って見るなら、私たちの内なる人が立てあげられていく秘訣を知ることができると思います。

今日もみことばを朗読し、教えられていきましょう。

今日の通読箇所:エズラ記 1章~3章

■アウトライン

再建

●神の霊によって奮い立つ:1章
  ・クロス王のおふれ:1-4節
  ・立ち上がる祭司、レビ人:5-11節

●帰還した人々:2章
  ・捕囚からの帰還民:1-58節
  ・血統を証明できなかった民:59-63節
  ・人や動物の合計:64-67節
  ・ささげもの:68-69節
  ・町に住み着く:70節

●壊れた神殿の修復工事:3章
  ・いけにえをささげるために集まる:1-7節
  ・主の宮の礎:8-13節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【1章】神の霊によって奮い立つ

・クロス王のおふれ:1-4節
この時代は少し複雑です。旧約聖書の中では最も新しい時代に位置していますから、多くの文献が残っています。また、同時に沢山の預言者もこの時代に現れ、聖書を残しています。
ここの1節はエレミヤの29章で語られた預言の成就です。
また、他にもダニエルも捕囚から帰還することを祈っています。ソロモンも1列8:48-50で、「彼らを捕らえていった者たちが、あわれみの心を起こし、彼らをあわれむようにしてください。」と祈っています。主の御心にかなった祈りは聞かれると言うことがわかります。
このような様々な人の祈りがひとつとなり、クロス王の心に働きかけました。そして彼を奮い立たせ、エルサレムの帰還の宣言をさせました。
その内容はどのようなものでしょうか。2節からを見てみましょう。
冒頭から疑問に思わないでしょうか。なぜペルシャのクロス王がヤハウェなる神のことを知ってあがめているのでしょうか。また、ユダヤ人にとって大切なのが神殿であると言うことを知っていたのでしょうか。
イザヤ書を読むとその理由がわかります。イザヤ44:24-28を開いて確認してみてください。その中では「わたしはクロスに向かって」と、名指しでクロス王の事を語っています。実に、イザヤがこれを記したのはクロス王が生まれる150年ほど前です。
おそらくクロス王はこのイザヤのことばを伝え聞いていたのではないかと思います。
ここでのポイントは、祈りによって人の心が動かされ、主の御旨を実行させると言うことです。
私たちは今、政府や上に立つ人たちの批判は簡単にしますが、それ以上に祈っているでしょうか。主は上に立つ者への祈りを待っておられるかもしれません。
1テモテ2:1には「そこで、まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。」とあります。

・立ち上がる祭司、レビ人:5-11節
神の霊によって動かされたクロス王のことばにユダとベニヤミンのかしらたち、祭司、レビ人たちの霊も奮い立たされます。
私たちが神によって奮い立つなら、その影響は周りの者にも及んでいきます。神の霊を受け、それを流し出していきましょう。

【2章】帰還した人々

・捕囚からの帰還民:1-58節
イスラエルは12部族で形成された国家ですが、ソロモンの子たちの時代から北イスラエルと南ユダに分かれてしまいました。
南ユダは霊的に堕落することもありましたが、正当に主を礼拝することを守ってきました。そこで南ユダで主を礼拝したいという十部族が北イスラエルから逃げ込んできました。おそらく、彼らも一緒にバビロンに捕囚されたのでしょう。
それゆえ、ここにあげられている人たちはゼルバベルを含め11人います。(ネヘミヤ記では12人)それなので、彼らは北イスラエルを含む12部族の代表と考えられます。
この後、氏族ごとの人数が記載されています。21節からは出身の町ごとの人々の人数が記載されています。
36節からは祭司、40節からはレビ人の人数、さらに歌うたい、門衛などの奉仕者の氏族も書かれています。55節からはソロモンの時代に宮で仕えた人たちの子孫が書かれています。

・血統を証明できなかった民:59-63節
ここからは先祖の家系と血統が特定できない人たちが書かれています。それほど厳密に一人ひとりを調べたと言うことがここからわかります。もしかしたら彼らも正しい家系と血統を持っていたかもしれませんが、それを証明できませんでした。本来であれば祭司として働くことができたかもしれません。
それで、神様の直接の方法、ウリムとトンミムを使える祭司が出てくるまで祭司の務めを行ってはいけないということになりました。
ウリムとトンミムは祭司がさばきの胸板の下で神の御心を聞くための石です。

・人や動物の合計:64-67節
これまでの全集団の合計人数です。今までのイスラエルの規模を考えるなら、相当縮小しています。4万人ちょっとです。
この中には、バビロン捕囚され、その地が気に入ってそのままバビロンに住み着いたユダヤ人は含まれていません。
バビロンはビジネスが栄えていたので、そこで成功したユダヤ人はその中で暮らすことを選んだ人もいるのです。
また、バビロンは国際都市だったので異邦人に寛容です。住みやすく、ビジネスもできる環境だったので、ここを離れたくないと考えた者も多かったのでしょう。
せっかくクロス王が神の霊に奮い立たされ、「エルサレムに帰って神殿を建てよ」と言ったのに、それに応えませんでした。それも彼らの選択ですが、最善の選択だったのでしょうか。みなさんがこの立場だったらどうですか。考えてみましょう。

・ささげもの:68-69節
これまで通読を続けてきてわかるように、主は人数の大きさをさほど気にされません。小さな数で強敵に勝つことを何度も見てきました。
帰還したイスラエルの民は少ない人数でしたが、主を慕い求める人たちの集まりです。
そこで、彼らは主の宮に着いたとき、それをもとの所に建てるために、神の宮のために自分から進んでささげ物をします。

・町に住み着く:70節
70年ほど離れていた故郷に彼らは帰って来て、住み着きます。

【3章】壊れた神殿の修復工事

・いけにえをささげるために集まる:1-7節
久しぶりに自分の故郷に帰ってきたイスラエルの民は故郷を懐かしんだでしょう。しかし、第七の月が近づくと民はいっせいにエルサレムに集まってきたと書かれています。どうしてでしょうか。
それは、この時には秋の祭り、仮庵の祭りが祝われるからです。祭りを守ることはすなわち、律法を守ると言うことです。
そして、ここに二人のリーダーが登場しています。ヨシュアとゼルバベルです。1歴3:19によると、ゼルバベルはユダ族でダビデの末裔です。総督であり、政治的な指導者です。「バビロンに住む」という意味です。
もう一人のリーダー、ヨシュアは大祭司です。政治的なリーダーと霊的なリーダーが同じ心を持って共に働きます。そうして、神殿が再建されていきます。
3節を見ると、彼らは回りの国々の民を恐れていたとあります。後に出てきますが、回りの人々は神殿を再建するのを阻止しようと様々な事を仕掛けてきます。そのため恐れていたのです。
その様な中でも、イスラエルの民はモーセの律法を守ります。仮庵の祭りを祝います。いけにえをささげます。しかもそれを喜んで行っています。主の御心を行うことは、どのような恐怖が回りを囲っていても心の内に誰も奪えない喜びがあります。
そして、ついに神殿の建築がはじまります。6節には「主の神殿の礎はまだ据えられていなかった」とあります。ネブカデネザルによって破壊された神殿は礎まで破壊されていたと言うことがわかります。
神殿の建築のために必要な職人はソロモンと同じく、シドンとツロから人を連れてきています。この地域には職人が多くいたのでしょう。

・主の宮の礎:8-13節
8節を見ると「翌年の2月」とありますので、彼らが戻ってきてだいたい7ヶ月くらい経過して工事がスタートしたようです。
この工事を指揮するのは祭司たちでした。それにレビ人も加わります。この事から何がわかるでしょうか。神殿建築は単なる建物を建てるプロジェクトではなく、霊的な事です。ただ建物を建てるのであれば、職人がリーダーをした方が良い物が建てられるでしょう。しかし、主の宮は祭司がリーダーとならなければならないのです。
そして神殿の礎が完成します。その事を祝って賛美が献げられています。モーセの律法を守り、ダビデが制定した賛美を歌っています。
その歌われた内容はどのようなものでしょうか。「主はいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで」です。これを「歌い合った」とあります。まるで天での賛美の光景のようです。天では賛美が満ちあふれます。誰かが「ハレルヤ」と言うと、それに応えて「ハレルヤ」と声があがり、これが永遠に続きます。
そのような天の喜びがここにあったのでしょう。
12-13節では興味深いことが書かれています。喜びの叫びと悲しみの叫びが一緒に上がっています。これはどういうことでしょうか。
まず、喜びの叫びですが、これはシンプルです。新しい世代が神殿が建てられる期待に胸を膨らませ、喜び叫んでいます。
一方、悲しみの叫びを上げたのは老人たちです。すなわち、ソロモンの神殿を知っている人たちです。彼らは栄華を極めた豪華絢爛なソロモン神殿を知っていますから、それに比べてあまりにも質素な神殿に対して嘆いたのです。
私たちは、内なる人に対してこの若者の喜び叫びと老人の嘆き悲しみを両宝物必要があります。
何に対して喜ぶのでしょうか。それは値無きこの私が神であられるイエス・キリストの救いに預かることができたこと、永遠のいのちを与えられていることです。これは喜んでもとうてい足りないほどの喜びです。
一方、何に対して嘆くのでしょうか。イエス様を信じていながらも依然として私たちの内に残る罪の性質に対してです。
神様はあえて壊され、そしてまた建てあげてくださる方です。私たちの内なる人も今、建てあげられている最中です。救いを喜び、罪の性質を嘆きましょう。そして、救いを達成していきましょう。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

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