聖書通読クラブ Day 50

聖書通読クラブ Day 50【民数記31章~33章】

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シャローム!

イスラエルの民は約470年ぶりに先祖が住んでいたカナンの地を目前にしています。
幕屋の箇所でも、またモーセが山で戒めを受ける前もそうでしたが、ここでも約束の地に入る前に聖めが行われています。
そして、カナンの地に入って本格的に戦いが始まっていきます。この戦いは私たちの内なる人の戦いのことです。
イエス様の血潮、御霊の更新、水の洗によって、今日もみことばに教えられましょう。

今日の通読箇所:民数記31章~33章

■アウトライン

約束の地を見ながら

●ミデヤン人への復讐:31章
  ・主の復讐:1-24節
  ・略奪品:25-54節

●手前の相続地:32章
  ・モーセの非難:1-32節
  ・領土の付与:33-42節

●出エジプト以来の道程:33章
  ・出エジプトから約束の地まで:1-49節
  ・住民の追求:50-56節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【31章】ミデヤン人への復讐

「倍返し」という言葉がはやっていました。ここでは倍返しどころではなく、主が復讐をされます。モーセの地上での最後のミッションです。
なぜ復讐が必要だったのでしょうか?それはミデヤン人によってイスラエルの民に偶像礼拝がもたらされたからです。自分勝手に、また個人的な恨みから復讐をしてはいけませんが、神様の仰せであれば従わなければなりません。

6節を見てください。まず誰が指名されていますか?この人物はどういう人物か覚えていますか?不品行の中、立ち上がり神罰を止めたピネハスです。
しかし、ここで疑問に思わないでしょうか?いくさに行くのに武器ではなく、聖具と吹き鳴らすラッパを持って行っています。これではいくさにまけてしまいそうに思いますが、これが神の民の戦い方です。単なる軍事的な衝突では無く、霊的な戦いです。

通常、この時のいくさでは女は殺されることはありません。しかし、17節をみてください。女も男の子も殺せという厳しいことが書かれています。彼女たちによって偶像礼拝が持ち込まれたからです。これは出エジプト記20:5が実施された場面なのかもしれません。
聖書で女は教会として例えられることが多いです。教会の中に混ぜ物がないでしょうか?単なるいい話や陰謀論などが講談から語られていないでしょうか?みことばを語る必要があります。みことばを聞く耳が必要です。マタイ5:29-30を見てみましょう。

19-24節はいくさから帰ってきた帰還兵、捕虜、戦利品のきよめについて書かれています。
これは民数記19:11-13に書かれていることが実行されているのを確認できますね。いくさで死体に触れたから当然です。
実際的な衛生面からのきよめと、帰還兵の気色ばんだ心がこのきよめの期間を通して落ち着いていったのでしょう。そうしてから彼らは宿営に入ることができました。主は聖なるお方です。

25節からは戦利品とその配分が書かれています。
26節ではまずどのようにしていますか?物品を販売するときにもそうですが、まず在庫数を確認しておく必要があります。エルアザルの会衆と頭は戦利品を数えます。誠実に配分するためです。
27節では、その数えられた戦利品をどのようにしていますか?
その戦利品の中からいくさに出た戦士たちはどれだけの分量を主のためのみつぎとしていますか?
会衆はどれだけの分量を誰に与えていますか?
私たちも戦利品を主にお下げしているでしょうか?戦利品とは何でしょうか?私たちの時間をささげて得たお給料でしょうか?

それでは、いつものように分配された物を一覧にしてみます。
(総数)
・羊:675,000
・牛:72,000
・ろば:61,000
・人(男を知らない女):32,000

(戦士たちの取分 1/2)(主への奉納物、エルアザルへ 1/500)
・羊:337,500、        675
・牛:36,000、         72
・ろば:30,500、        61
・人(男を知らない女)16,000、 32

(会衆の分 1/2) (レビ人 1/50)
・羊:337,500、        6,750
・牛:36,000、         720
・ろば:30,500、        610
・人(男を知らない女)16,000、 320

普通に考えれば戦った物にだけ戦利品が与えられそうですが、聖書はある意味不公平に見える書物です。しかし、これが御国の文化です。私たちの考えをこの考えに合わせていきましょう。

49節にはどのように書かれていますか?これが主の戦いです。リーダーの中に主への聖なる恐れと感謝が生じ、これらのものを持ってきたのでしょう。その量は約180kgの金でした。
わずか12,000の兵で戦い、戦死者をひとりも出さず、これほどの戦利品を獲ました。これが主が命じられた戦いの結果です。

【32章】手前の相続地

何かを計画し、「さあ、はじめよう!」とテンションが上がっているときに「やっぱりやめた」と言われると一気に場の空気が冷めてしまうことがあるでしょう。
いよいよ、ヨルダン川を目前にして、突然にガド族とルベン族が「ここにとどまりたい!」と言い始めます。
その理由は1-2節に書かれています。
この場所は「ヤゼルの地とギルアデの地」と書かれています。エモリ人シホンを打ち破ったときに占領した場所です。
確かに主はイスラエルの民にこの地を与えられましたが、相続するようには命じられていなかったと思います。神様のご計画はあくまでもヨルダン川を渡った地域でした。

7節を見ると、ガド族とルベン族はイスラエル人の意気をくじいたと書かれています。
モーセはガド族とルベン族の発言によって、これから導き入れられる約束の地での戦いに影響するのでは無いかと心配しました。モーセはカデシュ・バルネアの時を思い出していたのです。
みことばへの不従順が教会の前進を、また、日本での御国の拡大を妨げている可能性があります。自分の心の中を聖霊様に教えていただきましょう。

16節からで、ガド族とルベン族がモーセに対して行った交渉はどのようなものだったでしょうか?
 ・子どものためにここに町を建てたい
 ・しかし一緒に行って武装して戦う
 ・川を越えたところでは相続地は持たない
彼らはモーセと交渉する前にすでに心の中に堅くこの事を決めていました。
もちろん、主にあって夢を抱くことは素晴らしいですが、祈る前に、また上に立つ物と交渉する前にこのように堅く心に決めて交渉することはないでしょうか?
よく「主よ、私を御心のままに導いてください」と祈りながら、実際に自分の思っても見なかった所に導かれて「主よ!こんなはずではなかったです!」と祈っていないでしょうか?すべてのことに感謝する心が大切です。

28節からは、モーセは彼らの要望を飲み、祭司エルアザル、ヌンの子ヨシュア、イスラエルのかしらたちに正式に命令を下します。
この後、ガド族とルベン族は本当に行ったとおり川を渡り、武装して戦います。しかし、記念の祭壇を立てたことがきっかけで問題にもなります。

33節からは、実際に土地が与えられますが、そこにマナセの半部族も加えられています。

【33章】出エジプト以来の道程

約束の地を目前にして、出エジプトからの旅の記録が今一度記されています。その中にはここにだけしか出てこない地名もありますが、今まで読み進めてきた時に出てきたなじみある地名もあります。それらを思い出してみながら49節まで通読してみましょう。

50節からは、カナンの地に入ってから守るべき事が記されています。
私たちは約束の地に入ったなら、すべてがバラ色でずっと安心して暮らせると思ってしまいますが、そうではありません。約束の地で待ち受けているのは戦いです。それはまるでイエス様を信じた者に与えられる戦いのようです。一見それは大変に見えるでしょう。しかし、そこに安息があるのです。

ここで書かれていることは主に三つです。
 ・その地の住民を追い出す
 ・偶像に関わるものをすべて打ち壊す
 ・くじを引いて部族の大きさに従って相続地を配分する
ということです。

イスラエルの民の目の前に広がるのは自分たちの先祖が住んでいたカナンの地です。実にエジプトにいた430年、荒野にいた40年の合計470年を経て、53節のみことばを語られます。

55-56節では、徹底的に彼らを排除しなければどうなるかが書かれています。まるでパン種のようです。わずかなパン種が粉全体を膨らませます。私たちが追い払わなければならない罪の性質、肉の性質はなんでしょうか?何度祈っても、何度願ってもそれは私たちから離れそうも無いことを感じるでしょうが、それでも主を信頼しましょう。もしかしたら時間はかかるかもしれませんが、必ずその祈りは聞かれ、私たちは聖さが与えられ、汚れから自然と離れたいという思いにされるはずです。主は良いお方です。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

1件のコメント

  1. 黙示録にある、憎むべきバラムの教えが、なんであるのかやっとわかりました。
    信仰生活何十年もやっていて、読解力のなさと言いますか・・・
    霊的な疎さといいますか・・・恥ずかしいのですが、
    バラムとバラク、黙示録にあるバラムの教えのことが
    今まで自分の中で、こんがらがって分かっていなかったことが分かりました。
    分かったような、わかってないようなところがあって怖いです。
    まだまだ勘違いや分かってないところがあるような気がします。
    この学びを通して、きちんと整理できることを感謝します。
    それぞれに、もっと深い意味があるかもしれません。
    同じ個所でも、読めば読むほど、日々あたしく教えてくださいます。
    今まで知らなかった深いみ旨に出会えた時はとてもうれしい瞬間です。
    自分の力では悟れない者です。

    さて、今日の分かち合いです。
    今までのイスラエルの民の戦い方は、相手から戦いを挑まれた戦いだったけれど、
    今回は神から復讐しろと言われ進んで攻撃した戦いでしたね。
    その理由は、神と話すことができるのに真の預言者ではなく、
    報酬目当てで仕事をしている占い師バラムが、
    占いの力ではイスラエルを呪って負かすことができないと悟り、
    今度は色仕掛けでイスラエルの民を誘惑するようにと、そそのかしたことで、
    イスラエルの民の中にバラムの罠にまんまとはまって、モアブ、ミデアンの女と淫行を行って罪を犯す者が出てしまったことへの報復であったから。
    神の目には、黒幕が何であるのか明白で、たとえ直接手を下していなくても、見通していたので的を射た復讐だった。

    31:15 モーセは彼らに言った。「女たちをみな生かしておいたのか。
    31:16 よく聞け。この女たちが、バラムの事件の折に、ペオルの事件に関連してイスラエルの子らをそそのかし、【主】を冒?させたのだ。それで主の罰が【主】の会衆の上に下ったのだ。
    31:17 今、子どもたちのうちの男子をみな殺せ。男と寝て男を知っている女もみな殺せ。

    この戦いの司令官がヨシュアではなく、イスラエルの子らのただなかで、主のねたみを自分のねたみとし、主の憤りを押しとどめた祭司ピネハスだったことも、これが霊的な戦いであることを伝えているのですね。
    そういうことだから、ミデアン人の力である男と、色仕掛け戦争に用いられた、男と寝たことのある女を殺さなけらばならないことも当然のことだということですね。

    32章でルベンとガド族が東の地を求めたことは、神のみ旨ではなく、信仰と世の二心や自己中心からだったのですね。本来なら、もっと霊的祝福に満ちた地位を神は受け継がせたかったのだと思います。
    そして自己中心の願望を貫いた結果、イスラエルに暗雲をもたらす結果となった。
    これが誤解が生じたり、侵略されたりして、民の重荷になっていく。
    私も将来悪影響を及ぼし神の民の重荷になってしまうような、利己的な願望や、世との二心がないかを吟味したいと思いました。

    33章の出エジプトからの旅程は、天のみ国に入るとき、天の書物にこのような私たちの旅程が事細かに記録されているのだろうと思います。

    その日には、天の書物を見てあの時は大変だった、あの時はこういう意味があって神様は困難の中に私を置かれたのか、しつこい悪の力の攻撃を受けやすい、私の古い人の魂の都市を聖絶するために、もっと聖められる必要があったのですね・・などと感謝して回想する者でありたいなと・・
    その為に希望を携えて、今この時を感謝して主を賛美しつつ最後まで歩んでいきたいと思いました。

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