聖書通読クラブ Day 33

聖書通読クラブ Day 33【レビ記7章~9章】

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シャローム!

今レビ記を読み進めていますね。何度も同じような事の繰り返しですが、じっくりその内容を祈りながら読み進めていくなら、明確な目的と手順、そして宣言されそれを実行に移すという形が見えてきます。
そして、何度も何度もいけにえが出てきます。これが礼拝の本質ですね。犠牲をともなう礼拝が礼拝の本質です。自分は何もしないで受け取る一方が礼拝ではありません。主の仰せに従い、その手順を忠実に実行していく事が祝福です。そうするなら犠牲は私たちにとって損失とはならず、喜びとなります。

今日もみことばから教えていただきましょう。

今日の通読箇所:レビ記7章~9章

■アウトライン

祭司の任職と初仕事

●罪過のためのいけにえ:7章
  ・罪過のためのいけにえ:1-10節
  ・和解のいけにえ:11-21節
  ・脂肪と血:22-27節
  ・祭司の取り分:28-36節
  ・ささげ物のまとめ:37-38節

●アロンと子らと聖所の聖別:8章
  ・招集:1-5節
  ・水によるきよめ:6節
  ・大祭司の装束:7-9節
  ・油による聖別:10-13節
  ・罪のためのいけにえ:14-17節
  ・全焼のいけにえ:18-21節
  ・任職の雄羊:22-30節
  ・任職の食事:31-36節

●初代祭司の初仕事:9章
  ・任職終了:1-7節
  ・祭司の初仕事:8-24節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【7章】罪過のためのいけにえ

ここでは前章と同様、罪過のいけにえについての祭司のための手引きとなっています。
罪過のいけにえを単位まとめますと
 ほふる場所:祭壇の北側
 ほふる者:連れてきた本人
ここまでは罪と罪過共通していますが、ここからが違っています。
罪のためのいけにえは血を祭壇の角に塗りますが、罪過のためのいけにえは祭壇のまわりに注ぎます。
当時は祭壇の真ん中くらいのところに赤い線があり、罪過と和解のためのいけにえはその線より下、全焼のいけにえの血はそれより上に注がれていたようです。

7節、罪のためと罪過のための教えはひとつと書かれています。私たちにその違いを判別することは困難なときがありますが、みことばははっきりと分けます。みことばの剣です。

11節からは和解のいけにえに関してです。
和解のいけにえには感謝、誓願、任意のものがあります。さらに主のもの、祭司のもの、供えた者のものと分けられていました。

12節からは感謝のいけにえです。大切ですね。
これは特別な恵み、例えば病気からの回復、試練や悲しみからの解放されたとき、神様に感謝をあらわすために捧げられました。ヘブル13:15を見てみましょう。私たちはイエス様の十字架によって罪の奴隷から解放されたという一点でも、この感謝のいけにえを主に捧げる理由があります。

16節からは誓願です。これは困難、苦難の中にあってなされた誓いが主にあってかなえられることを願ったものです。
また、進んでささげるものは、いつでも願いや祈りと共に自発的に捧げられるものです。

18節には、三日目の肉は受け入れられないと書かれています。時を逃すと、せっかく捧げたものが無効となります。伝道者の書にあるように、神様の時を知り、逃さないようにしたいものです。

また、21節を見てみましょう。汚れたものに触れておきながら和解のいけにえを捧げることができないと書かれています。ですから、私たちはイエス様の血潮によって聖められ、それから礼拝を捧げていきましょう。

22節からは脂肪と血に関して書かれています。
23節では、脂肪の取り扱い方について書かれていますが、何と書いていますか?
脂肪は(ある人にとってはいらないものかもしれませんが)この当時、最も高級なものでした。焼き肉で霜降りの肉はおいしいですよね?あれは肉の間に上質の脂肪が入っているからです。脂肪は肉の中でも最もよいところです。それを主に捧げます。
25節でそれを食べるとどうなると書かれていますか?これは民族からの断絶です。
あわせて、血も食べてはならないとあります。これはのちに出てきますのでその時に詳しくお伝えします。

28節からは、和解のいけにえの中の祭司の取り分についてです。
30節では、そのいけにえを誰が持ってくるとかかれていますか?すべてを人任せにしてはいけません。
脂肪と胸の肉を揺り動かし、脂肪は焼いて主のものとされます。
残った胸肉と右ももの肉が祭司の取り分となります。その内、右ももは当日の当番の祭司のものとなります。
この「揺り動かす」とは、ささげ物を前後に動かす動きです。この動きは主へのプレゼントを表します。さらに、上下にも動かします。捧げる者の視点から見ると、その動きは十字架の形となります。

最後の37-38節で今までのささげ物は何であったかをまとめています。

【8章】アロンと子らと聖所の聖別

祭司が聖別されるときには装束、油、雄牛か雄羊が必要でした。出エジプトの後半で用意されたものです。
祭司は神の前と人の前で聖別の任職を受けます。この方法はどのようにしてできたでしょうか?5節を見てみましょう。

6節でまず水で洗われます。これから装束を着けるのに、体が汚かったら意味がないので洗われたのだと思います。
8-9節に実際に身につける順番が記されています。

10節からはすべてのものに油が注がれます。この油注ぎを受けて、実際に用いられていきます。油は神様の例の象徴です。(イザヤ61:1)
これを7回注ぎます。7は完全な数です。ですから、この器具の上で捧げられるものも聖別されます。(マタイ23:19-20)
そして、器具だけでなくそこで仕える者にも注がれます。教会で仕える者もいつもこの油注ぎが必要です。

14節からは罪のためのいけにえです。大祭司といえども人間です。とくにアロンはあの金の子牛の事件があります。失敗しても主に立ち返るなら赦されます。(だからといって積極的に悪いことをしてはいけません!!)
通常であれば捧げるものがいけにえをほふるのですが、この所ではモーセが代わりにほふります。

18節からは全焼のいけにえです。
さらに22節からは任職の雄羊です。この血はどこに塗られるでしょうか?
27節でも揺り動かしが出てきます。これが28節につながります。
30節では何がどこに振りかけられますか?あわせてヘブル9:22を見てみましょう。

続いては食事です。おいしい肉も7日間毎日食べると飽きてきそうですね。
36節では神への従順さを知ることができます。

【9章】初代祭司の初仕事

さて、アロンの任職が完了します。
アロンはまず最初に自分のためにいけにえを捧げます。わざわざ「子牛」を罪のためのいけにえとして捧げます。アロンはそのたびに自分の失敗を思い出さされたでしょう。なんという皮肉でしょうか。
しかし、だからこそ「いつも自分は間違う、そして、正しいのは主だけだ」という思いがアロンをもって大祭司の務めをなさせるのかもしれません。これを私たちに適用するとどうなりますか?

ここからはアロンが正式に大祭司として民に語りかけます。
3節で「あなたがたは」と書かれていますが、1節を見ると祭司と長老たちが集められているので、彼らに語りかけています。
そうしてアロンは恐れながらも初めての祭司の務めに入っていきます。
最初の仕事はいけにえです。私たちも働きのはじめに、また、一日のはじめに賛美のいけにえを捧げたいものです。
罪のための贖い、全焼による献身と聖別、和解のいけにえによる神との交わりという順で捧げられました。

22節、祝福が与えられます。祝福とは「神の御前にひざまずき、主を礼拝し、主の戒めに従う」ことです。民がそれが実行できるようアロンは祈りました。
つづいてモーセとアロン二人だけで聖所に入ります。おそらく聖所の中での具体的な指示をしていたのでしょう。聖なるOJT(On the Job Traning)ですね。
私たちの生活でもこれが大切です。親は子どもと一緒に行って教える事、また部下にもまず自分がやって見せてそれをやらせること。聖書はあらゆる事を教えてくれます。

そうして、主の火が出てきます。人の手によらず、神から出た火が一瞬で全焼のいけにえを焼き尽くします。主からのお答えです。
「民は叫び、ひれ伏した」とありますが、恐怖からなのか、喜びなのかはわかりません。しかし、これが本当に主のご臨在が現れた時の反応ではないかと思います。
神様と出会うなら本来なら人は死にます。神様のあまりの聖さと私たちの汚れがあまりにも明らかになるからです。
ですから、主がこのような形で答えてくださるのは喜びですが、同時に私たちの死が頭をよぎります。
主のご臨在のある礼拝とは何かを時間を取ってじっくり考えてみてください。「『私が』恵まれた」というのは本当の礼拝でしょうか?
何の犠牲もなく、ただ何かを受け取りたいというのが本当の礼拝でしょうか?私たちは今、このことを真剣に考える必要があります。なにが礼拝の本質か。それを主に祈りながら、これからもレビ記を読み進めていきましょう。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

1件のコメント

  1. 捧げることと食べることが、何度も書いてあることを思いめぐらしました。
    自分がどのようなところから救われたのかを思い、
    主がおられるところで犠牲を捧げ、食べる。この二つを感謝します。
    主イエスの贖いを信じて、犠牲を払って捧げる時間を持つ
    (聖書を読み、主イエスの血潮を宣言し、感謝して祈る、
    あるいは主に示された、奉仕や捧げものがあるかもしれません
    これすらべてが礼拝になるのですね)
    主の十字架の血潮によって神と和解したことを感謝して、
    喜んで神との親密な時間を過ごすことですね。
    主イエスを心に受け入れ、主イエスの肉を食べ、血を飲むことによって
    信仰を強められ神との交わりをさらに強くさせていただくのだと受け取りました。

    聖餐式を思いました。
    マタイの福音書26:26-28
    また、一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、神をほめたたえてこれを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取って食べなさい。これはわたしのからだです。
    また、杯を取り、感謝の祈りをささげた後、こう言って彼らにお与えになった。「みな、この杯から飲みなさい。
    これは多くの人のために、罪の赦しのために流される、わたしの契約の血です。

    調べているうちに、感謝な気持ちになりました。もしかて、ここを読まれている方はすでにご存じかもしれないのですが、これは分かち合いたいと思いました。

    レビ記7:31-33
    祭司はその脂肪を祭壇の上で焼いて煙にする。その胸肉はアロンとその子らのものとなる。
    あなたがたは、自分たちの交わりのいけにえのうちから右のもも肉を、奉納物として祭司に与えなければならない。
    アロンの子らのうち、交わりのいけにえの血と脂肪を献げる者が、その右のもも肉を自分の受ける分とする。

    胸は(愛情)、ももは(英訳では肩とあって、力とか権威)を表すそうですね
    新約に生きるキリスト者は、みな人々の為にとりなし祈る祭司で、
    世のはじめ(創世記)から教えられ与えられている重要な努め
    耕し(礼拝する祭司の務め)、守る(とりなし祈る、見張る王の務め)
    私たちは全員、王であり祭司でしたね。
    王であり祭司の務めをする者は
    神の愛(むね肉)の、御心に覚えられており、
    神の力(もも肉)によって支えられている。
    主の為に喜んで働く者に今日も与えられている特権であることを感謝いたします。

    胸当てにウリム(知恵)とトンミム(啓示)を入れる 
    これは礼拝でお聞きしたことがよみがえりました。

    七日間、昼も夜も会見の天幕の入り口から出てはならない・・・
    祭司の仕事は体力がいる大変な仕事ですね。

    一つひとつ調べていると、きっともっと重要な意味があって
    味わい深く、想像を超えて豊かだと思います。
    主の恵みを思いめぐらし、調べ、知り、分かち合うのは、
    レビ記だけでも、一生分の時間を費やしても、まだ足りない気がしています。
    啓示していただいたのは、ほんの一部でしかないですが、
    今日も、心から感謝いたします。

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