聖書通読クラブ Day 337

聖書通読クラブ Day 337【エペソ人への手紙 1章-3章】

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シャローム!

今日からエペソ人への手紙の通読です。この書簡は、パウロの極まった啓示を見ることができます。すべてのみことばもそうですが、特に、このコラムではパウロの受けた啓示すべてを書くことは到底できません。しかし、聖霊様がお一人おひとりに必要な啓示を与えてくださると信じます。すべてのみことばは重要ですが、今の時代は特に、今日の箇所が非常に重要なのでは無いかと思います。
今日も知恵と啓示の御霊にみちびかれ、いのちのことばを受け取っていきましょう。

今日の通読箇所:エペソ人への手紙 1章-3章

■アウトライン

●キリストにあって:1章
  ・挨拶:1-2節
  ・神の豊かな恵み:3-14節
  ・知恵と啓示の御霊:15-23節

●One New Men:2章
  ・救いの恵み:1-10節
  ・血潮による和解:11-22節

●父の前に祈ります:3章
  ・奥義:1-13節
  ・パウロの祈り:14-21節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【1章】キリストにあって

・挨拶:1-2節
この出だしを見ても、この手紙がパウロの手によると言うことがわかります。いつものパウロの手紙の書き出しです。自分の立場を明らかにし、誰に宛てているかを書いています。
エペソの宣教はアポロと言う人によって始められました。ところが、彼はバプテスマのヨハネの宣べ伝えていた事しか知らなかったのです。そこに、アクラとプリスキラという夫婦が来て、アポロにイエス様のことを正確に伝えました。彼らはパウロと同業者の天幕作りを仕事としていました。その後、パウロが第三回目の宣教旅行でエペソに立ち寄り、そこの人々に手を置いて祈ると聖霊様が臨まれました。その後、パウロはエペソに二年以上も滞在しました。
ところが町の銀細工人が騒動を起こしたことで、パウロはエペソを離れざるを得なくなりました。
また、もう一つのエペソの教会の特長は、黙示録に見ることができます。イエス様はエペソの教会に対して、使徒と自称している人を見破った事で称賛していますが、初めの愛から離れてしまった事を叱責しておられます。

・神の豊かな恵み:3-14節
神はキリストにあって、何を持って私たちを祝福してくださっていますか?これがどれ程の祝福でしょうか?主はどこにある祝福を与えられますか?それは一部の祝福ですか?その目的は5節にあるとおりです。私たちは自ら神の子となったのではなく、それはあらかじめ定められていたことです。そのことを通して、神の恵みの栄光が誉め称えられます。
そして7節、これはイエスの血潮を宣言する祈りの12の宣言の中でも用いられている箇所です。私たちはイエス様にあって、何による贖い、すなわち罪の赦しを受けていますか?それは自分の努力やお金によりますか?聖書は何によると言っていますか?「受けるべきでない者が神から与えられる一方的な好意」というのが恵みの定義です。この恵みは8節を見ると私たちの上にあふれています。そのことを通して、神の奥義を知らせてくださいます。
そして、11節を見ると、イエス様にあって、私たちは何を受け継ぐ者とされていますか?この事も神があらかじめ定められたことです。同じく、その目的はそれを通して神の栄光が誉め称えられるためです。
このイエス様にあって、私たちも救いの福音を聞きました。それを信じると何を持って証印を押されますか?13節後半を見ましょう。
このお方は私たちが御国を受け継ぐための保証です。これもまた、神の栄光が誉め称えられるためです。

・知恵と啓示の御霊:15-23節
パウロはエペソの人々の信仰を聞いて、感謝をささげています。そして、いつもエペソの人々を覚えて祈っています。その内容はどのような者でしょうか?それが続く17節からの祈りです。
先ほど書かれていた聖霊様は、知恵と啓示の御霊です。このお方は何のために与えられますか?これを知っておくことは非常に重要な事です。このために知恵と啓示の御霊は与えられます。ここで注意しておきたいことは「啓示」と言うことばです。人によっては啓示を「未来を予測する」という意味合いに捕らえている方もおられるかも知れません。しかし、本来啓示とは「指し示す」という意味があります。たとえば携帯電話のバッテリー残量を知りたいけど、それがどこにあるかわからないと言ったとき、「画面の右上にある四角い電池のようなアイコンです」と言うより、「これ」と言って指を指した方がわかりやすいと思います。それが啓示です。聖霊様は聖書のみことばの中から「ここですよ」と指し示して、わたしたちを永遠のいのちへと導いてくださいます。そうして、私たちは父を知る、すなわち親密な関係へと入れられていくのです。そのために聖霊様は絶対に欠かせないお方です。
このお方が与えられると、心の目がはっきり見えるようになります。上に上げたとおり、「これ」と指し示してくださることからも、この事が理解できると思います。このお方が心の目を開いてくださると、三つのことを知ることができます。18-19節から、その三つのことを確認しましょう。
神はその全能の力をキリストの内に働かされ、キリストをどうされましたか?20-21節を見ましょう。
また、神はいっさいの物をキリストの足の下に従わせられました。つまり、全ての権力の頂点がイエス様です。神はそのお方を何にお与えになりましたか?22節を見ましょう。
教会は何ですか?23節を見ましょう。人間の体も、頭が全身を管理しています。教会生活においても、いつも頭が何か、からだが何か、私たちはどちらに属しているかを忘れないようにしましょう。そして、この17節から23節を暗唱し、自分の祈りとして日々祈るようにしてみましょう。

【2章】One New Men

・救いの恵み:1-10節
この箇所は、救いの学びをするときに非常に重要な箇所となります。かつての私たち、今の私たちの霊的な状況を知ることができます。
私たちはかつてどのような状況だったのでしょうか?1節を見ましょう。もし、その様な状態だと、どうなってしまうのでしょうか?2節を見ましょう。ローマの12:2にも共通する考えです。ここで考えたいと思いますが、この世に従うとは、誰に従っていることでしょうか?「空中の権威を持つ支配者」とありますが、これは神様ではありません。サタン、この世の君と言われるものです。なぜなら、その後のみことばに「不従順の子らの中に働いている霊」として紹介されているからです。神はこのようなご性質はありません。この世という霊的な第二の天を支配しているのは実はサタンなのです。それで、その天の下で暮らす私たちはこの影響を受けてしまいます。
私たちはイエス様に出会う前はこの不従順の霊しか知りませんでした。3節を見ると、私たちはかつてその霊の中で何の中に生き、何と何の望むまま生きていましたか?その結果、生まれながら神の御怒りをうけて当然の者でした。
ところが、4節です。どのような神が何のゆえにと書かれていますか?このお方が私たちにどのような事をして下さったでしょうか?5-6節を見ましょう。その目的は7節にあります。この事がどれほど素晴らしいことか、みことばを何度も読み返して祈り、味わってみましょう。
そして8-9節は、私たちが救われたことの確信のために用いられるみことばです。8節には、何のゆえに、何によって救われたと書かれていますか?それは自分から出たことですか?そうでないなら、何ですか?もし、救いが自分の努力に夜のであれば、その努力を誇るでしょう。何日断食しても、何日真冬に滝にあたり続けても、ひれ伏しながらヒマラヤ山に登って降りても、決して救いにあずかることはできないのです。
さらに、10節によると、私たちは神の何だと書かれていますか?これは製品ではありません。製品は工場で画一的に生産されるものです。しかし、作品は作家が思い巡らし、一つひとつ丁寧にああでもない、こうでもないと試行錯誤しながら造り出す、世界に一つのものです。それが私たちなのです。神にあって、自分をもっと認めてあげましょう。私たちは神様の御手によって創造された唯一無二の神の作品、最高傑作なのです。
しかも、神様は私たちをあらかじめどのように歩むようにあらかじめ備えてくださいましたか?これは単なる善行ではありません。みことばの通りを行うことが良い行いです。これは創造の初めから神様が私たちに備えてくださったことです。ではどうしてそれができないのでしょうか?その仕組みは2章の前半に立ち返ってもう一度その仕組みを確認してみましょう。

・血潮による和解:11-22節
エペソの人にパウロは「以前を思い出してください」と語ります。私たちも以前はどのような状態だったでしょうか?12節を見ましょう。
しかし、以前は神様から遠く離れていた私たちは、今ではどうなっていますか?13章を見ましょう。何によって近い者とされましたか?血はいのちです。この方のいのちによって、私たちは近い者とされました。
さらに、何こそ私たちの平和だと言っていますか?人々は平和を求めます。しかし、平和の定義とは人それぞれ微妙に違っているかも知れません。私たちは単なる争いのない世界を求めているのではありません。それ以上の平和です。それが、14節以降に書かれていることです。キリストは14節によると、何をして下さいましたか?二つの事を確認しましょう。かつてアダムが罪を犯したことで、人と神との間に隔ての壁ができてしまいました。しかし、第二のアダムであるイエス様の十字架によって、隔ての壁が壊されました。そして、決してひとつになることができない、罪を持った人と聖い神、ふたつのものが一つになることができたのです。それは全て神の御子、イエス・キリストによってです。
このお方の肉において、敵意は廃棄されました。それでは、敵意とは何でしょうか?15節にはどのように定義されていますか?神はふたつのものをご自身において「新しいひとりの人」として造りあげて下さいました。新しい創造です。イスラエルと異邦人がひとりの花嫁として、キリストにささげられます。その目的は何でしょうか?15節最後を見てみましょう。私たちの敵意は何によって葬り去れましたか?
そして、イエス様は来て下さり、平和を宣べて下さいました。私たちはこのキリストによって、イスラエルと異邦人がひとつとされ、父のみもとに近づくことができるのです。
こういうわけで、私たちは何と呼ばれるでしょうか?19節を見ましょう。
さらに、20節では、何が土台と言っていますか?そのふたつの役職は何でしょうか?そして、さらにその礎石は何ですか?この方にあって、建物は組み合わされ、成長し、何になると21節に書かれていますか?このキリストにあって、私たちはどうなるでしょうか?22節を見ましょう。

【3章】父の前に祈ります

・奥義:1-13節
さらに、パウロは奥義を語ります。パウロは神の奥義をどのように理解していたのでしょうか?5節を見ましょう。何によって、誰に啓示されていますか?これは、以前は知らされていないことでした。
ではその奥義とは何か。それが6節です。本来、神の相続者はイスラエルです。しかし、キリストによって異邦人に救いが及び、この方にあってひとつとされ、ともに約束にあずかる者とされました。パウロは神の力、また恵みの賜物によってこの福音に仕えていました。
以前、パウロは若いときには自分を大きく見せようとしていました、この時には8節にあるように、自分を聖徒のうちで一番小さな者と言っています。これはパウロの召しでした。この事を通して、異邦人に福音を宣べ伝え、神の奥義の実現を明らかにしました。
これは、10節によると、何に対して、またどこを通して神の豊かな知恵が示されるためだと書かれていますか?これは神の永遠のご計画によることです。
私たちはキリストにあって、キリストを信じる信仰によってどのようにできると12節にありますか?これは私たちの特権です。大胆にこれを行っていきましょう。

・パウロの祈り:14-21節
パウロはこれらの事を覚え、ひざをかがめて祈ります。その祈りはどのようなものでしょうか?私たちは誰かのためにとりなすとき、このみことばを持ってとりなすことができます。
まず、16節では何が強くされるように祈っていますか?ここが重要です。外見ではありません。
そして、17節では何によって、キリストが私たちの心に住んでくださるように祈っていますか?神は愛です。また、このお方こそ
平和です。
また、18-19では、どのような力を持ち、何を知ることができるようにと祈っていますか?神は永遠のお方です。このお方を完全に知ることは、この地上では不可能でしょう。しかし、このお方の広さ、長さ、高さ、深さを求めていきましょう。主は求め続ける者に与えてくださいます。
20節では、私たちの内に働く力、すなわちダイナマイトのような御霊の力によって、私たちのすべてを超えて豊かに施すことのできる方により、教会により、キリスト・イエスにより、栄光が世々にわたって、とこしえまであるように祈っています。
この祈りをひとつの型として、みことばから祈る習慣を持ってみましょう。


(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

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