聖書通読クラブ Day 334

聖書通読クラブ Day 334【コリント人への手紙 第二 10章-13章】

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シャローム!

今日でコリント第二の手紙の通読が終わります。パウロは手紙の後半で核心に迫ります。コリントの教会を一番悩ませていた偽使徒、偽預言者、偽教師らの間違った教えに関してです。
今でもインターネットやSNSで「デマ」の情報が流れてきます。みなさんも一度は目にしたことがあるのでは無いでしょうか?それは一見最もらしく、それを誰かに伝えなければならないと思わせるものです。しかし、実際にその通りにすると、自分も偽りを流布することになります。記事をシェアした人は悪いことをしている自覚がありません。善意からそうしています。では、問題は何でしょうか?あわてて、事実を確認しないと言うことです。今日の通読を通して、私たちの信仰をもう一度吟味したいと思います。
今日も聖霊様に導かれて、みことばを受け取っていきましょう。

今日の通読箇所:コリント人への手紙 第二 10章-13章

■アウトライン

●主に推薦される人:10章
  ・戦いの武器:1-18節

●異なった福音:11章
  ・サタンの変装:1-15節
  ・パウロの自慢:16-32節

●弱さを誇る:12章
  ・主の幻と啓示:1-10節
  ・愚か者になる:11-13節
  ・自分自身を使い尽くす:14-18節
  ・もう一度行くとき:19-21節

●共におられる主:13章
  ・真理のためならなんでもできる:1-10節
  ・終わりに:11-13節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【10章】主に推薦される人

・戦いの武器:1-18節
パウロはコリントで教会を立ち上げ、その後に他の地域に宣教に行きました。その間、コリントには偽教師が来てパウロに対する嘘を流しました。そのためにコリントの人たちとの信頼関係が崩れ、パウロも傷つきました。しかし、今は心を広く開いてコリントの人に自分の心を打ち明けました。そして、彼らとの信頼を確認した上で、難しい献金の問題を語りました。そこから、今回はより深い核心である偽教師の、偽使徒の問題に取り組みます。
1節の後半「私はあなたがたの間にいて…」とは、偽教師がこのようにパウロのことを言っていたようですが、パウロはそれを「キリストの柔和と寛容を持って」と言い、厳しく裁いたりしないと言っています。私たちは自分を不利に言う人たちに対してこのように振る舞うことができるでしょうか?正直、私は難しいです。ですから祈ります。この祈りは必ず聞かれると信じます。
偽教師、偽使徒は、また別の教えも流していたようです。それが肉に従って歩むということです。そこで、パウロは肉に対する思いを語ります。3節にはどう書かれているでしょうか?この違いがわかりますか?肉に対しては戦うのではありません。それでは、私たちの戦いはどこにあるのでしょうか?それは目に見えない霊的な領域です。
そのための武器がありますが、4節によるとそれはどれ程の威力がありますか?その力を使って、何と何を打ち砕き、何を服従させる必要がありますか?
パウロはこのように送り、コリントの人々の従順が完全になったときに、偽使徒たちの不従順を罰するつもりです。しかし、パウロは本当は偽使徒たちを罰したくはなかったのだと思います。7節を見ると、彼らに対して、うわべだけを見るのではなく、自分がキリストに属しているなら、兄弟たちもパウロもキリストに属すると再考しろと言います。その目的は8節です。
9節で、パウロはすこしためらっているように見えます。強硬手段には出たくないようです。そこで、パウロはここから推薦ということを語り始めます。彼の手紙は強い口調ですが、実際に会ったら弱々しいと思っている人に、両方とも本人が行ったことなので同じだと言います。
また、自分を推し量ったり、比較しているような行為を、パウロはどのように言っているでしょうか?12節最後を見てみましょう。
パウロたちは自分を大きく見せようとして、限度を超えて誇りません。また、パウロは主が任された所だけを忠実に守っています。彼らは主の前でも人の前でも誠実でした。ですから、必要以上に自分を誇りませんでした。彼の願いは15節の後半にあるとおりです。
もし、私たちが誇りたいのなら、何を誇るべきでしょうか?16節を見ましょう。これが賛美の根源です。自己推薦ではなく、主に推薦される人が受け入れられます。私もこのようになりたいです。

【11章】異なった福音

・サタンの変装:1-15節
パウロは本当はしたくなかったのですが、愚かになって自分の自慢話をしはじめます。それは、自分が本当の使徒だと弁明するためです。では、どうしてパウロは10節の終わりで「誇る者は主を誇りなさい」と言っておきながら、自分を誇っているのでしょうか。それは、コリントの人々は偽使徒の言うことを信じていたからです。そこで、パウロは彼らが離れていくよりは、自分の使徒としての働きを愚かになって弁明する方が良いと考えたのでしょう。
パウロは、コリントの人々をどのように思っていたのでしょうか?2節を見ましょう。「熱心」とは、「ねたむほど」と言う意味です。また、彼らを清純な花嫁として、父が花嫁を送り出すような気持ちになぞらえています。
ところが3節のようなことが起こり始めています。初めからサタンのすることは同じです。ここで、ヘビはコリントにいる偽使徒たちです。今ももしかしたらこのような働きをする人がいるかもしれません。気をつけましょう。
そして、4節を見てください。恐ろしいことが書かれています。異なった霊、異なった福音ということばがあります。霊は神からのものだけではありません。もう一つは地に属し、悪霊に属する霊です。それは神からのものではありません。福音においても、いかにもそれらしく、人々の心を躍らせるような福音を語る者がいます。それらはいかにも悪そうにしているのではなく、一見本当に素晴らしいもの、納得できるものに見えます。羊の皮を被った狼です。私たちはこれらを御霊の賜物の一つである霊の見分けの賜物を用いて見分けなければなりません。コリントの人たちはどうでしょうか?4節後半を見ましょう。私たちはこのようにできるでしょうか?
また、5節からは、偽使徒たちがパウロに対して行っていた批判について弁明しています。ここに書かれている大使徒とは12弟子の事です。偽使徒たちは、パウロは12使徒と一緒におらず、イエス様を見ていなかったと言っています。しかし、自分たちは12使徒とつながりがあり、自分たちこそが本物の使徒だと嘘を言っていました。そして、人々に異なった霊、異なった福音を伝えているのです。恐ろしいですね。私たちに置き換えるなら、大きな教団名を名乗って教会に来て、人々に仕えて信頼を得たときに、こっそりとあること無いことの噂話を流しているようなものです。私たちはこのような偽物を実によって見分ける必要があります。
パウロは6節によると、話しはうまくなかったようです。しかし、知識はそうではありませんでした。パウロはどのような事をしてきたのでしょうか?7-11節を見てみましょう。どうしてこのような事をするかと言えば、12節にその理由が書かれています。偽使徒たちからの訴えの機会を断ち切るためです。
このような人はどういう人でしょうか?13節を見ましょう。さらに、12-15節を見ましょう。恐ろしいことです。サタンはこのようにして、純粋な信仰を持っている者のところに忍び込み、内側から破壊していくのです。

・パウロの自慢:16-32節
ここから、さらに具体的にパウロは自分の自慢話をはじめます。本来なら、その人の行っている実績を見て判断し、認める事が正しいのですが、コリントの人々はだまされているので、それが難しい状態でした。
現代でも、人は「どの学校を卒業しましたか?どこの教団ですか?」と言うことを気にして、語っている内容に気を止めないことがあります。パウロはコリントのそのような人に向けて、自分のしてきたことを話します。22節から29節まで、パウロがどのような所を通されたかを見ましょう。これだけの事が怒って、心が沈まない者はいないと思います。しかし、その中でパウロは啓示を受けます。それは何でしょうか?30節を見ましょう。

【12章】弱さを誇る

・主の幻と啓示:1-10節
パウロは更に、主の幻と啓示を話し始めます。おそらく、この2節からの「あるひとりの人」とは、パウロ本人でしょう。なぜこのような表現をしたかと言えば、こんな素晴らしい体験を下のなら、パウロが神格化される恐れがあったからでは無いかと思います。6節後半にその事が書かれています。さて、その内容はどのようなものだったでしょうか?2-5節を見てみましょう。なんとパウロは一度死んで、パラダイスに引き上げられ、また戻ってきたのです。これはいつ起こったのかわかりませんが、おそらく使徒の働き14章で石打にあったときに起こった出来事では無いかと思います。
第三の天とは何でしょうか?第一の天は、私たちが見ることができる空です。第二の天はこの世の君が支配している天です。(参考:エペソ2:2)そして、第三の天は神の領域です。
パウロはこのような事があっても、自分は弱さ以外には誇らないと言っています。そのために、パウロは肉体にひとつのとげを与えられたと言っています。これが身体的なものであったのか、精神的なものであったのかはわかりません。しかし、確かにとげが与えられています。私たちもこのようなとげを感じることはないでしょうか?祈っても祈っても取り去られない部分です。しかし、それには主の目的があります。7節をもう一度見て、このとげの理由を確認しましょう。
パウロはこの事を三度取り去ってくださるように祈りました。しかし、主から答えは意外な者でした。9節を見ましょう。その通りです。主の恵みは私にも十分です。ですから、弱さを誇ることができるのです。そして、パウロは結論を導き出します。10節を見ましょう。

・愚か者になる:11-13節
今まで書いてきたパウロの生涯は、パウロにとって愚か者のすることのように感じました。繰り返しになりますが、これはコリントの人に信用してもらうために書いたことです。
そして、12節では使徒としてのしるしが書かれていますが、それはどのような事でしょうか?
13節はパウロの皮肉です。偽使徒たちはことばたくみに、コリントの信者からお金を巻き上げていました。彼らが不正を行っていたのですが、なぜかその批判の矛先がパウロに向けられていたのです。パウロは「この不正については、どうか赦してください」と皮肉っています

・自分自身を使い尽くす:14-18節
パウロが欲しいのは物質的なものではありません。パウロが欲しいのは何でしょうか?14節後半を見ましょう。パウとはコリントの教会をわが子のように思っています。親は子どものために自らを使い尽くします。同じように、パウロもすべてを使い尽くしたいと願っています。それなのに、パウロを悪く言う人がいます。ですから、先にテトスを送りました。パウロもテトスも同じ心です。それなら、どうしてパウロのことを悪く言えるでしょうか?

・もう一度行くとき:19-21節
パウロは自己弁護をしているのではありません。神の御前で、キリストにあって語っています。その目的は何でしょうか?19節後半を見ましょう。
パウロは懸念していることがあります。20節を見ましょう。これらの事が怒ることは問題ですが、もっと大きな問題は21節にあるように汚れと不品行と好色を悔い改めないものが多くいるのではないかということでした。

【13章】共におられる主

・真理のためならなんでもできる:1-10節
パウロは、すべてのことの事実は、どのように確認されると言っていますか?これは旧約聖書でも語られています。(申命記19:15)そして、今度の三度目の訪問の時には、そのような人を容赦しないと言っています。
そして、キリストの強さと弱さについて語ります。キリストはコリントに対して強いお方です。弱さのゆえに十字架につけられましたが、その後、最も強いよみがえりの力を受けて復活し、今も生きています。それゆえに、5節であるように、自分が信仰に立っているかどうか、自分をためし、吟味しなさいとあります。ここにある信仰は「ザ・信仰」です。定冠詞がついています。それはすなわちイエス様の持っておられた信仰、そして復活と再臨の信仰です。これをみことばと祈り、兄弟たちのまじわりによって吟味する必要があります。
コリントの人、また私たちはそれに不適格と思うかも知れませんが、そんなことはありません。私たちは信仰によって義と認められました。それを悟ることができるようにとパウロは祈っています。そのことを通して、正しい行い、つまりみことば通りの生き方ができるためです。8節にあるとおり、真理のため、イエス様のためなら何でもできます。逆に、真理に逆らっては何もできません。ここから、真理に逆らうことはいかに無駄かを学びましょう。
そして、9節では完全であるようにとも祈っています。山上の垂訓でも語られていたことです。
これらの手紙を通して、パウロの願いは彼らが自ら間違いに気づき、自分たちで悔い改めへと進むことでした。パウロの厳しさは倒すためではなく、建てあげるためでした。

・終わりに:11-13節
パウロは最後に、いつものようにあいさつを書きます。この手紙のくくりは、パウロのどのようなメッセージでしょうか?11節にあるみことばを読みましょう。5つの「○○なさい」があります。そうすれば、どうなると書かれていますか?
パウロの願い、そしてイエス様の願いは愛する神の家族がひとつになることです。私たちも悪い霊を見分け、それにだまされないようにしながら、キリストにある一致を求めていきましょう。


(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

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