聖書通読クラブ Day 323

聖書通読クラブ Day 323【ローマ人への手紙 7章-9章】

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シャローム!

今日の通読箇所は、ローマ書の中でも頂点のような箇所になります。今まで罪と律法について様々な考察がありましたが、そこから一気に神の恵みへと引き上げられていきます。
もしかしたら日々の信仰生活の中で当たり前になってしまっているかもしれない事柄もあるかも知れません。しかし、今日、このみことばを通して、それが当たり前でないと言うことを聖霊様に教えていただきましょう。神の国の福音を知るなら、自然と感謝が溢れてくるはずです。今日も聖霊様に導かれ、通読を続けていきましょう。

今日の通読箇所:ローマ人への手紙 7章-9章

■アウトライン

●律法:7章
  ・神のために実を結ぶ:1-6節
  ・異なった律法:7-25節

●神の子とされる:8章
  ・いのちの御霊の原理:1-11節
  ・子としてくださる御霊を受ける:12-17節
  ・望み:18-25節
  ・助けてくださる御霊:26-30節
  ・キリストの愛から引き離すもの:31-39節

●約束の子ども:9章
  ・同朋への思い:1-5節
  ・約束の子ども:6-13節
  ・あわれんでくださる神による:14-18節
  ・陶器師:19-29節
  ・信仰による義:30-33節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【7章】律法

・神のために実を結ぶ:1-6節
神から与えられた律法が有効な期間が書かれています。それはどういう期間でしょうか?律法の契約期間はその人が生きている間です。つまり、律法の契約を新しいものに更新しようとするなら、どうしても経なければならないのが死です。
しかし私たちは自分で死を選ぶのであれば、それで人生が終わってしまいます。そこで、神様はひとり子キリストをこの地に送ってくださり、罪なく歩まれた、言うなれば死ぬ必要のなかった方を十字架で死なせ、私たちの身代わりとして下さいました。そのお方を信じるなら、私たちも4節のようになります。何によって律法に死んでいますか?また、死者の中からよみがえられた方と結ばれたらどうなりますか?
しかし、かつてイエス様と出会う前は私たちはどのような状況だったでしょうか?5節を見てみましょう。
しかし、イエス様を信じる者はキリストを信じる信仰によって一度死にました。つまり、律法から解放されたのです。その結果、古い文字、つまり律法から新しい御霊、すなわち恵みによる支配へと移されました。

・異なった律法:7-25節
ここまで読むと、まるで律法が悪いもののように感じます。律法は罪でしょうか?パウロは何と言っていますか?律法には役割があります。7節にはどう書かれていますか?8節には、人は「してはならない」と言われるとしたくなる生き物です。この律法によって確定されるのは、全ての人が死に導かれるということです。この律法に関して、パウロは12節のように結論づけます。
では、どうして良い者が死をもたらすのでしょうか?その原因が罪です。罪は律法によって照らし出され、明らかにされ、極度に罪深いものとなりました。
一部の人は、「霊的」の反対を「律法」と言う人もいますが、14節には何と書いてあるでしょうか?悪いのは律法ではありません。私たちの中にある罪、または罪の性質です。
15節からは、パウロは自分がわからないと言っています。みなさんもこの事で悩むことが多いのではないでしょうか?自分の行動を「したくない」と思っているなら、何が良いのか別っていると言うことです。そこからパウロは、それを行っているのは自分ではなく、罪がそれを行っていると結論づけます。パウロも私たちも、信じる者は善を行いたいと願っているはずです。しかし、それができません。わかっていても悪を行うのは、もはや私ではなく、罪が行わせていることです。
それで22節では、パウロは内なる人には神の律法がありながら、からだの中には異なった律法があると言っています。それが心の律法に戦いを挑んでいます。戦いは私たちの内なる人で起こっています。
それでパウロはじぶんを「みじめな人間だ」と言っています。自分の罪深さを知るとき、このような思いになります。誰がここから救い出してくれるのでしょうか?イエス様以外いません。心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えています。

【8章】神の子とされる

・いのちの御霊の原理:1-11節
パウロは律法に関して、深く考察しました。その結果、1節のように書いています。また、2節にはふたつの原理が出てきています。どのような原理でしょうか?これはどちらが強いでしょうか?
イエス様を信じる信仰によって、律法にはできないことを神様はして下さいました。肉に死んだため、肉によっては無力になりました。そのことを実現するために、主はご自分の御子を「罪深い肉と同じような形で」送ってくださいました。このお方が一手に罪を引き受けてくださり、肉において罪を処罰して下さいました。
信じる私たちは、御霊に歩む者です。肉に従う者、御霊に従う者はそれぞれ何を考えますか?肉の思いは何であり、御霊の思いは何ですか?それら二つは相容れますか?
肉にある者は神を喜ばせることができますか?キリストの御霊を持たない人は何であると書かれていますか?また、体は罪のゆえに死んでいても、霊が義のゆえに生きています。永遠のいのちです。この御霊はイエス様を死からよみがえらせた力です。この同じ御霊が私たちの内にも住んで下さっているので、私たちの死ぬべき体もいかしてくださっています。

・子としてくださる御霊を受ける:12-17節
もし私たちが肉に従って歩むならどうなりますか?御霊によってからだの行いを殺すならどうなりますか?神の御霊に導かれる人は、だれでも何と呼ばれますか?
そして、ローマ書の頂点とも言うべきこの8章の更に頂点のような箇所がここにあります。15節を見てみましょう。創造主である神と、被造物である私たちがなんと親子の関係になることができます。御霊がこれを証しして下さいます。
私たちの肉の家族でもそうですが、子どもは親の財産を相続する権利があります。私たちもイエス様によって神の子とされたのであれば、御国のものを相続することができます。なんという恵みでしょうか。

・望み:18-25節
私たちは生きる中で様々な苦しみに会うと思います。しかし、みことばにはその苦しみは何だと書かれていますか?イエス様もこの事をご存じだったからこそ、十字架の苦しみを耐えることができました。
そして、すべての被造物が神の子の現れを待ち望んでいると書かれています。これは、人が神のかたちに回復するという意味です。神様はすべて準備できています。被造物もそれを願っています。要するに、私たちにすべてがかかっているのです。もし、私たちが神の子として回復していくなら、被造物もほろびの束縛から解放されます。私たちも神の御霊の助けを得て、内なる人が回復されていきますように。
そのようなものは、目には見えないものです。ですから24節のように書かれています。

・助けてくださる御霊:26-30節
しかし、実際にどのようにして神の子のかたちへと回復していけば良いのでしょうか?私たちはそれがわかりません。そこで私たちを助けてくださる方が折られます。それが御霊です。御霊は弱い私たちを助けてくださいます。どのように仕手でしょうか?信じる私たちの内に住んでくださり、言い様もない深いうめきによって私たちのためにとりなしてくださっています。この御霊は、神の御心に従って、聖徒のためにとりなしてくださるお方です。
28節、このみことばは暗唱しましょう。そして、移動中、床の上、お風呂に入っているときなど、あらゆる時にこのみことばを思い巡らしてみましょう。
私たち一人ひとりは神のかたち、神の似姿に創造されました。それは御子が長子となられるためでした。神様はそのようにあらかじめ定めた人をどうして下さいますか?30節を見てみましょう。

・キリストの愛から引き離すもの:31-39節
31節を読み、どう思いますか?神に勝てるものがありますか?御子をさえ惜しまず私たちのために与えてくださった方は、私たちに恵んでくださいます。ですから、私たちを罪に定めようとするものから主が守ってくださいます。十字架で死に、よみがえられた方は天で神の右の座に着き、何をして下さいますか?このことから、私たちの内では神の御心にしたがって御霊がとりなし、天ではイエス様がとりなして下さっていると言うことがわかります。これほどの守りがあるのですから、私たちは何を恐れましょうか。唯一、恐れるのはこのお方のみです。
その理解があり、35節以降を読むとよく理解できると思います。わたしたちはそれらの中にあっても、圧倒的な勝利者となることができます。イエス様は最も大きな問題、死に打ち勝ったお方です。その方の御霊が私たちの内にいて下さいます。この愛から引き離すことのできるものは何もありません。もし、引き離されていると思っているのであれば、それはサタンに嘘を吹き込まれ、だまされているのです。私たちはみことばを信じなければなりません。

【9章】約束の子ども

・同朋への思い:1-5節
パウロには大きな悲しみと痛みがあると書かれています。それは一体何でしょうか?パウロはそのためには自分がキリストから引き離されて良いとも言っています。それは同朋であるイスラエルの救いに対する思いです。

・約束の子ども:6-13節
使徒の働きで見たように、イスラエルの民は一番に救いに預かるはずでしたが、かえって神の国の妨げをしていました。しかし、神様のことばが無効になったわけではありません。パウロはここで本当のイスラエルを定義します。肉のイスラエルはアブラハムの子孫です。しかし、何が子孫とみなされると8節に書かれているでしょうか?

・あわれんでくださる神による:14-18節
これらの事は、私たちに理解できないことの一つかも知れません。しかし、全ての事は人間の願いや努力によるのではありません。あわれんでくださる神によります。神はみこころのままに人をあわれみ、またみこころのままにかたくなにされるお方です。

・陶器師:19-29節
これは求道者から、よくある質問です。「どうして神は人が罪を犯すように創造されたのか」ということです。同じように、「なぜ、神は人の心をかたくなにしておいて、人を責めるのか」という疑問です。その他、私たちはことあるごとに神様に文句を言うかも知れません。しかし、たとえばみなさんが作った夕飯のカレーのジャガイモが「どうして私をカレーの中に入れたのか!本当は肉じゃがになりたかったのに!」と文句を言ってきたら、みなさんはどうしますか?「私はカレーが食べたかった」と言うだけでしょう。それ以上に、私たちは神に創造された者です。神に文句を言う資格は全くありません。
そのことを陶器師と器にたとえて語っています。本来は壊されるはずの器に神様はあわれみをかけてくださり、豊かな栄光を知らせてくださいます。この、あわれみのうつわは誰の中から召されるでしょうか?24節を見ましょう。これはすでに、旧約聖書で語られていることです。29節までを見てみましょう。

・信仰による義:30-33節
異邦人は律法が与えられていなかったので、義を追い求めていませんでした。ところが救いが異邦人に及び、その結果信仰による義を得ました。しかし、イスラエルはどうでしょうか?31節を見てみましょう。その原因は何でしょうか?かれらはつまずきの石につまずきました。その石とはどなたでしょうか?イエス様です。しかし、彼に信頼するものは失望させられる事はありません。


(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

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