聖書通読クラブ Day 318

聖書通読クラブ Day 318【使徒の働き 19章-21章】

Spread the love

シャローム!

使徒の働きの冒頭で、弟子たちに聖霊様が下りました。その事がきっかけで迫害が起こり、多くの信じる者が故郷を追われ、各地へと離散していきます。このことだけを切り取ってみると悲しいことです。しかし、神様の計画は人の計画よりはるかに高いものです。
主は各地に散らされた信じる者を用い、パウロや多くの使徒たちを用いて彼らをつなぎ、御国を拡大されていきます。
そう考えるなら、今自分に起こっている不幸と思える出来事も、それが最終結論ではないと言うことがわかります。主はそのことを通して、より素晴らしいことを行いたいという願いがあります。ですから、神を信頼し、忍耐をもって歩んでいきましょう。
今日もみことばからいのちを受け取っていきましょう。

今日の通読箇所:使徒の働き 19章-21章

■アウトライン

●エペソでの御国の拡大:19章
  ・聖霊を受けるエペソの人々:1-7節
  ・魔術の書を焼き捨てる:8-20節
  ・ローマへの思い:21-22節
  ・エペソでの騒動:23-41節

●新たなる旅立ち:20章
  ・ユダヤ人の陰謀:1-6節
  ・ユテコの死とよみがえり:7-12節
  ・旅路を急ぐ:13-16節
  ・神とその恵みのことばとにゆだねる:17-35節
  ・心を痛める人々:36-38節

●エルサレムへ:21章
  ・パウロへの忠告:1-6節
  ・アガボの預言:7-14節
  ・エルサレムに上る:15-16節
  ・宣教の報告:17-26節
  ・勘違いからの暴動:27-36節
  ・階段の上から語るパウロ:37-40節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【19章】エペソでの御国の拡大

・聖霊を受けるエペソの人々:1-7節
パウロはエペソに到着します。そこの弟子に何を尋ねていますか?彼らは聖霊様のバプテスマを知りませんでした。彼らはヨハネのバプテスマしか知らないと言います。ヨハネのバプテスマとは何でしょうか?4節を見てみましょう。ここからわかるのは、ヨハネのバプテスマは悔い改めを与えます。イエス様の御名によるバプテスマは聖霊様を受けることができます。
パウロが彼らに手を置いたとき、どうなりましたか?その人々は何人でしたか?

・魔術の書を焼き捨てる:8-20節
パウロはどこで何を語りましたか?これが彼らのやり方です。訪れた国でまずユダヤ人の会堂に入り、そこで、神の御国の福音を伝えます。しかし、ある人がこの道をどうしていますか?この道とはイエス様を信じる人々の呼び名です。神の知恵によってこのような人々を避けつつ、パウロはどれほどの期間、これを続けましたか?その結果、どうなりましたか?10節を見てみましょう。さらに、神様はパウロを用いて、御業を行われます。12節を見てみましょう。
ところがある事件が起こります。ユダヤ人の中の魔除けの祈祷師が、悪霊につかれている者にイエス様のお名前をとなえました。すると、悪霊は何と答えたでしょうか?15節を見てみましょう。
また、その結果どうなりましたか?16節を見てみましょう。ここで覚えたいことは、悪霊は直接彼らに危害を加えていないということです。スケワたちに飛びかかったのは悪霊につかれている人です。悪魔は人の心に働きかけ、その人を動かします。悪魔は自分の手を汚そうとしません。巧妙です。
この出来事はエペソの人々に知れ渡ります。その結果、どうなりましたか?また、魔術を行っていた者の多くはどうしていますか?このようにして、主のことばは驚くほど広まり、ますます力強くなっています。

・ローマへの思い:21-22節
これらの後、パウロは御霊の示しによってエルサレムに行くことにします。しかし、パウロはさらにその先も見ていました。彼はどこを見ていたでしょうか?

・エペソでの騒動:23-41節
ここでまたこの道のことで事件が起こります。デメリオと言う銀座幾人は何を主張していますか?それを聞いた人々はどのように反応していますか?パウロは劇場に入ろうとしますが、回りの人はどうしていますか?そこに集まった人たちはその集会の理由を知っていましたか?これが集団心理のひとつです。イエス様を十字架につけろと叫んだのも民衆の声でした。もちろん、多くの人の声を聞くことは大切です。しかし、神の国では人の声ではなく、神の声を聞く必要があります。私たちはこの世の情報に押し流されるのではなく、神のことばにしっかりと土台を据えたいものです。
結局、この騒動はどのように収まったのでしょうか?35節からの、町の書記役のことばを見てみましょう。知恵と力のあるものの賢い判断です。

【20章】新たなる旅立ち

・ユダヤ人の陰謀:1-6節
騒ぎが収まった後、パウロはどこへ行きましたか?彼がシリヤに行こうとしたとき、何がありましたか?いつも神の国を妨げるのは彼らです。しかし、毎回そのことが益となっています。今回もパウロはマケドニヤ経由で帰ることにしました。
この時期はいつだったでしょうか?聖書で季節を知る手がかりは主の例祭です。6節を見ると種なしパンの祝いとあるので、春先です。パウロたちはトロアスで別部隊と落ち合い、7日間そこに滞在します。

・ユテコの死とよみがえり:7-12節
週のはじめの日にパンを割くために集まったとあります。これが今の私たちの日曜にささげる主日礼拝の起源です。そこでは人々はみことばを中心に長い時間話し合いました。時にはその話は夜中にまで及びます。今回もそうなりましたが、そこで事件が起こります。
9節を見てみましょう。パウロの話は長く、つまらないと感じる人が多かったのかも知れません。この青年はどうなりましたか?これはもしかしたら、礼拝中に眠ってしまう人への警告かも知れません。
しかし、パウロは彼にどうしましたか?その後もパウロは何事もなかったかのように明け方まで話しています。人々は青年を見てどのような気持ちになっていますか?

・旅路を急ぐ:13-16節
パウロは旅路を少し急いでいました。どうしてでしょうか?その理由は16節の後半に書かれています。彼らは五旬節までにはエルサレムに着いていたいと考えていました。つまり、先ほどのパンを割いていた日から50日後になります。五旬節も主の例祭です。祭りの日にはユダヤ人はエルサレムに上ることになっていました。パウロもエルサレムで五旬節を迎えたいと願っていました。

・神とその恵みのことばとにゆだねる:17-35節
パウロは使いをやって、エペソから長老、つまり教会のリーダーたちを呼び出しています。そして、彼らにはげましのことばを伝えます。パウロは今までどのような経験をしてきたでしょうか?その中で彼がはっきりと主張し続けてきたことは何でしょうか?
22節では、パウロの心は縛られていると書かれています。これは否定的な意味ではなく、御霊によって縛られているという意味です。これはパウロの思いを超えた神様のご計画です。しかし、パウロもこの先、何があるかわかりません。私たちも同じでしょう。だれも1秒先に何が起こるかはわからないのです。そこで、パウロはどうしていますか?24-25節を見てみましょう。私たちもこのような信仰を持つことができたらと願います。
パウロは続けて、リーダーたちに語ります。28節には何をしなさいと勧めていますか?そして、御霊によってパウロが去った後のことを語ります。どのような事が起こるでしょうか?外からの事、中からのことの両方が書かれています。そのために何が必要でしょうか?31節を見ましょう。
その上で、パウロは彼らを何に委ねましたか?最も信頼できるものです。また、みことばは何をさせると書かれていますか?育成し、御国を継がせるとあります。このみことばを私たちは毎日読むことができる恵みに預かっています。感謝が溢れます。
そして、もう一つ大切なことは、みことばを聞くだけではないということです。パウロは行動しました。34-35節を見てみましょう。私たちもみことばから来る行動をしていきましょう。

・心を痛める人々:36-38節
パウロはこのメッセージを語った後、何をしていますか?人々はどのような反応をしていますか?別れは誰でも辛いものです。しかし、自分の感情で神様のご計画を阻んではいけません。もちろん、神様はそのような事でご計画が台なしになるようなことはありませんが、自分の感情で動くことをやめ、神のご計画を優先するなら、もっと早く、もっと多くの人に救いが及ぶ可能性もあります。
ペテロはかつて、イエス様が十字架の道を示されたとき、イエス様をいさめ、神のご計画を止めようとしました。人間的に考えると正しいと見えることをペテロは行いました。しかし、イエス様は「さがれサタン」と言われ、「あなたは神のことを思わず、人の事を思っている」と言われました。感情ではなく、神のみこころから行動したいものです。

【21章】エルサレムへ

・パウロへの忠告:1-6節
パウロの旅は続きます。そこでツロに立ち寄った時、弟子たちを見つけ出し7日間滞在しています。そこで、彼らは何を忠告していますか?パウロたちはそれに従いましたか?人と神、どちらに従うことが正しいのでしょうか?

・アガボの預言:7-14節
さらに旅は続き、カイザリヤに到着します。そこでピリポの家に入っています。そこには誰がいましたか?さらに、そこに誰が下ってきていますか?彼は何をしていますか?預言的な行動です。それを見た人々はパウロになにを願っていますか?
パウロはそれに対して、どのような決意を宣べていますか?それを聞いたら人々はかけることばもありません。パウロの決意は固いものでした。みことばに生きている人だと言うことがわかります。かつての彼のキリスト者を迫害する熱心は、神の御業によって神を追い求めることの熱心へと方向転換させられました。

・エルサレムに上る:15-16節
そしてついにエルサレムへと上ります。カイザリヤの弟子たちも同行しています。そして、キプロスのマナソンの家に泊まっています。各地に散らばっている弟子たちを頼りに、旅が続けられています。

・宣教の報告:17-26節
エルサレムに着くと、兄弟たちはどのような反応をしていますか?パウロと一行は長老たちと会い、異邦人の宣教の報告をします。それを聞いた人たちは神をほめたたえています。また、20節を見ると、ユダヤ人の中でも救いに導かれる人が幾万となくあると書かれています。彼らは何に熱心と書かれていますか?
その熱心の故、パウロたちに対しての懸念があります。それはどういうことでしょうか?長老たちはそれを回避するために何を勧めていますか?
パウロは彼らのアドバイスに従い、身を清めて宮に入ります。そして、ひとりひとりに供え物をささげる時間を告げました。

・勘違いからの暴動:27-36節
誓願の期間が満ちようとしていたとき、事件が起こります。ユダヤ人たちはパウロが宮にいるのを見て、何を叫んでいますか?それは事実でしょうか?29節を見てみてください。これは彼らの勘違いです。この事は私たちにもしばしば起こることです。「あの人はいつもこうだから、きっと今回もこうに違いない」と決めつけてしまうのです。これを偏見と言います。私たちは自分自身の目で見ることから、神の目線で自分を、そして人々を見ることを心がけていきたいと願います。
その結果、町中はどうなっていますか?30節を見ましょう。その事はローマ軍の耳にも入ります。千人隊長は何をしていますか?人々は千人隊長と兵士を見てどうしていますか?彼らが恐れていたのは誰でしょうか?
千人隊長はパウロを捕らえ、何者かを確認しています。ところが群衆はなにをしたでしょうか?34節を見ましょう。今の時代もこの事が起こっています。彼らは悪意があったでしょうか?おそらく、自分の中の正義を主張しているだけだと思います。今も「これこそが正しい」と人々は正義を振りかざしますが、残念ながらそれは人の正義です。私たちが持つ物は神の国とその義です。自分の義を掲げる人は、結局自分が中心となっているのです。
千人隊長は真実を確かめたいので、パウロをどうしましたか?

・階段の上から語るパウロ:37-40節
パウロは千人隊長の聞き取りのために兵営に入れられようとしています。そこでパウロは何を言いましたか?パウロは何語で話しかけたのでしょうか?千人隊長はパウロを誰だと思っていましたか?それに対して、パウロは自分の出生を告げ、人々に話をすることを願い、許可されます。
それで、今度は民衆に向かって何をしましたか?そして、何語で話しかけましたか?パウロは今の状況を判断して、最適な答えを出すことのできる賜物を主からいただいていたのかも知れません。パウロにとってはピンチのようなこの事を、主は益へと変えてくださり、多くの人に福音を告げる機会となりました。重要なのは、それに対する備えを十分にしておくと言うこと、また、神様のタイミングを悟り、最適な行動をするということでしょう。神の知恵を求めていきましょう。


(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

2件のコメント

  1. こんにちは。
    コラムを毎日楽しみに読んでおります。
    前からずっと書きたかったことがあってなかなか書けずにいました。
    私は前の通読のプランで、旧約だけ新訳だけの読み方をしています。
    エレミヤ書を読んでいて感じたことがあります。
    預言者はたとえ忌み嫌われることがわかっていても語ることが使命なんだということ。
    壮絶な環境の中にいても主はエレミヤを直接励ましてくださっていること。
    主に従っている者は敵でさえエレミヤを守ることがあること。
    私もエレミヤのように主の心を叫ぶ者でありたいです。
    字で書くと簡単にできそうに見えますが、これはなかなか大変なことだと思います。
    私も一心に自分を造り変えていただきたいです。

    1. エレミヤちやんさん、コメントありがとうございます。
      本当に、言ったり書いたりするのは簡単ですが、それを実行する事は時に大変なことがありますね。
      だから祈りが必要ですね。

      引き続き継続して通読を続け、変えられていきましょうね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です