聖書通読クラブ Day 290

聖書通読クラブ Day 290【マタイの福音書 22章-24章】

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シャローム!

今日の箇所は、世の終わりに関して書かれている箇所になります。ダニエル書や黙示録と併せて、終末の事を知ることができるとても大切な箇所です。
その前に、イエス様は偽善の律法学者やパリサイ人と話されています。このみことばは私に語られているみことばです。他人事として受け取るのではなく、自分の中に主の道からそれた部分がないか、点検しながら読み進めていきましょう。もし、外れている道があったなら、すぐさま方向転換しましょう。それが天の御国への道です。
今日もみことばから教えられていきましょう。

今日の通読箇所:マタイの福音書 22章-24章

■アウトライン

●サドカイ派、パリサイ派:22章
  ・結婚の披露宴を設けた王:1-14節
  ・税金をカイザルに納めるべきか:15-22節
  ・死人の復活:22-33節
  ・律法の中で大切な戒め:34-40節
  ・キリストについてどう思うか:41-46節

●わざわいだ:23章
  ・行いをまねるな:1-12節
  ・天の御国をさえぎる:13-15節
  ・誓い:16-22節
  ・十分の一:23-26節
  ・白く塗った墓:27-28節
  ・預言者:29-36節
  ・エルサレムへの嘆き:37-39節

●世の終わり:24章
  ・崩される:1-2節
  ・いつおこるのか:3-14節
  ・荒らす憎むべき者:15-28節
  ・人の子のしるし:29-31節
  ・滅びるもの、残るもの:32-44節
  ・忠実な賢いしもべ:45-51節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【22章】サドカイ派、パリサイ派

・結婚の披露宴を設けた王:1-14節
イエス様はたとえを用いて、御国の奥義を語っていきます。ここでのたとえは、誰が何を設けていますか?このたとえを誰が誰に例えられているかを考えながら読んでみましょう。神様が何度も何度も招いても、言うことを聞かなかったのは誰でしたか?誰も来ないので、どうしましたか?9節を見てみましょう。これは異邦人でしょう。11節で、王は一人の人に目を留めますが、どうしてですか?天国はスーツやドレスを着なければ入れないのでしょうか?そうではありません。婚礼にふさわしい服、言わばドレスコードです。天の御国のドレスコードは何でしょうか。イエス様ご自身であり、このお方のことばであり、また、血潮です。

・税金をカイザルに納めるべきか:15-22節
パリサイ人が出てきます。彼らはどうしようとしていましたか?彼らは弟子をやって、何をイエス様に言いましたか?それを見て、イエス様は18節でどのように答えられていますか?イエス様が彼らを驚嘆させた理由は何ですか?私たちが受け取っている全ては、本来誰の者でしょうか?それであれば、誰にお返しする必要があるでしょうか?

・死人の復活:22-33節
パリサイ派の人々は復活があると主張していますが、サンヘドリンという議会にはもう一派のサドカイ派がいました。彼らは保守派です。富裕層で少人数でした。復活を信じていません。
彼らはイエス様のところに来て、何を質問しましたか?イエス様は29節でそれに対してどのように答えられましたか?また、復活の時には人はどうなると30節に書かれていますか?神は生きている者の神ですか?死んでいる者の神ですか?この答えを聞いて群衆はどうなりましたか?

・律法の中で大切な戒め:34-40節
この事を聞きつけたのはパリサイ派です。商人や中流階級の人が多く、庶民からは比較的信頼されていた人たちです。35節を見ると、彼らの中の律法の専門家がイエス様にどうしていますか?律法の専門家と、律法その者のお方、どちらが正しいですか?しかし、彼はさすが専門家です。素晴らしい質問をします。彼の質問はどのような内容ですか?イエス様はそれをどのように答えられましたか?
40節を見ると、驚くことが書かれています。あの分厚い律法がこの二つにかかっていると言われます。律法ご本人が言われているので確かなことです。それであれば、この二つの事をいつも意識しながら旧約聖書を読むとき、主の大きなご計画が見えてくると信じます。

・キリストについてどう思うか:41-46節
今度は、パリサイ人たちにイエス様から質問をされます。その内容はどのようなものですか?イスラエルの人々、とくにラビと言われる聖書の教師はひたすら議論をします。イエス様はその方式をとられています。彼らの答えは何でしたか?
ここの意味がわかるでしょうか?イエス様は「キリストは誰の子か」と問われ、パリサイ人は聖書から「ダビデの子」と即答します。するとイエス様は詩篇を引用され、ダビデがキリストを主と呼んでいると言われます。自分の子を「主」という者はいないでしょう。イエス様はその矛盾を問われています。彼らの反応はどのようなものでしたか?それ以来、彼らはどうしましたか?

【23章】わざわいだ

・行いをまねるな:1-12節
この話を受けて、今度はイエス様は群衆と弟子に話されます。イエス様は律法学者、パリサイ人をどのようにご覧になっていますか?それで、群衆や弟子にどうしなさいと言われていますか?また、何をしてはいけないと言っていますか?これはとても重要なことです。また、律法学者、パリサイ人の特長は何ですか?彼らの好きなことは何ですか?結局、彼らの目的は何でしょうか?誰に注目されることを求めていますか?
イエス様はそうではなく、結論として12節があります。結局、これが全てなのでは無いかと思います。これはつまり、主を恐れる生き方です。

・天の御国をさえぎる:13-15節
ここから、主が「偽善の」律法学者、パリサイ人にたいして「わざわいだ」と語られる所が続きます。「偽善の」と書かれていると言うことは、そうでない律法学者、パリサイ人もいたと言うことですが、ここでは偽善者について言及されています。この箇所で三つの「わざわい」が出てきますが、その内容はどのようなものですか?彼らの矢印は常にどこを向いていますか?

・誓い:16-22節
ここでのわざわいは何でしょうか。17節、19節でどちらがたいせつかを問われていますが、どちらがたいせつでしょうか?どちらがそれぞれのものを包括しているでしょうか。彼らの議論は、重箱の隅をつつくような議論です。

・十分の一:23-26節
彼らは律法を守っていますか?守っていないですか?イエス様は律法を守る以上の基準へと私たちを引き上げてくださっています。それは律法の本質を守るということです。律法の中ではるかに重要な三つが上げられていますが、それは何ですか?これこそしなければならないことであると、律法である方ご自身が教えてくださっています。正し、十分の一もおろそかにしてはいけません。

・白く塗った墓:27-28節
イエス様はここで、律法学者、パリサイ人は何のようなものだと例えられていますか?外側と内側に関して語られていますが、それぞれ、どのようなものですか?それは何のことを言っているかが28節に書かれています。

・預言者:29-36節
お墓の話が続きます。律法学者、パリサイ人は誰の墓や記念碑を作っていますか?これは結局、何を証言しているとイエス様は31節で言われていますか?ここでイエス様は彼らの呼び方を少し変えられます。33節ではどのように呼んでいますか?これはすなわち、誰の子孫だと言っていますか?今まで彼らの先祖が迫害してきたそのすべての報いがこれから彼らの時代の上に来ます。

・エルサレムへの嘆き:37-39節
主は何度も何度もイスラエルの民を招かれました。ご自身の心を伝えたいと願い、沢山の預言者を送りましたが、彼らはそれを受け入れませんでした。イエス様はそのことを嘆かれ、「祝福あれ。主の御名によって来られる方に」と彼らが言うときまで、イエス様を見ることがないと言われます。これはすなわち、再臨のときのイエス様のことです。

【24章】世の終わり

・崩される:1-2節
私たちのイメージでは、ソロモン神殿が最も豪華絢爛と思っているかも知れませんが、実はイエス様の時代の神殿のほうが、もっと豪華だったようです。弟子多胎はその神殿を指さしていました。この神殿に対して、イエス様は何を言われましたか?

・いつおこるのか:3-14節
このような立派な神殿が崩されることは、弟子たちには想像できません。(しかし、この四〇年ほど後にこの神殿はローマ軍によって破壊されます)そこで、気になった弟子は、そっとイエス様に聞きます。彼の質問の内容はどのようなものでしょうか?
イエス様は開口一番、何を言われましたか?その内容は具体的になにでしょうか?一つは自称キリストが現れるということです。その結果は惑わしです。どのような素晴らしい油注がれたように見える器でも、みことばに基づいていない者は偽物です。
また、5節では戦争だけでなく、戦争の「うわさ」と書かれています。ニュースは事実として受け止める必要がありますが、それで慌ててはいけません。イエス様は、それらは必ず起こり、終わりが来たのではないと言われています。陰謀論者などに惑わされないようにしましょう。彼らはあること無いことを言って、自分が注目されること、また、お金儲けをしたいだけです。惑わされてはいけません。
7節から、様々な恐ろしい事が書かれていますが、それは何だと8節の終わりにかかれていますか?また、その時どのような事が起こりますか?そして、その行き着く先は何ですか?12節を見てみましょう。
しかし、救いを受け取る者が書かれています。13節にどのように書かれていますか?これが終わりの時代に必要な品性です。
イエス様が伝えておられる御国の福音はどうなって、終わりの日が来ると書かれていますか?今はインターネットの普及により、また、コンピュータの翻訳技術の発達で、今までに無いほどの勢いで宣教が進んでいるという報告を聞きました。その日がいつであるかは誰もわかりませんが、そう遠くないのではないかと思わされます。

・荒らす憎むべき者:15-28節
ダニエルは七〇週のうち、残りの一週が残されており、そこで荒らす憎むべき(忌むべき)者について語っています。イエス様はそこを引用されます。この者がどこに立つのを見たなら、どうしろといわれていまか?「読者は良く読み取るように」と注意されています。この後の手紙の通読の時に出てきますが、現在の神殿は私たちのからだです。そのことをここに当てはめるとどうなるでしょうか?私たちの心の聖なる部分はイエス様の場所ですが、そこに荒らす憎むべき者が立つとき、私たちは気をつけなければなりません。
イエス様はその時、山に逃げるように言われています。実際にはこれはボツラだと思われます。また、ロトがソドムから逃げ出すときのような事が書かれています。その時、自分の持っていたものに未練を感じて振り返ったロトの妻はどうなりましたか?イエス様は同じ事を言われています。この世の物ではなく、御国を見続ける必要があります。また、イエス様はその時哀れなのは誰だと書かれていますか?19節を見てみましょう。だからといって、子どもを産むことを控えることは違うのでは無いかと思います。これは実際の事でもありますし、教会が求道者や信じて間もない人々を擁していると見ることもできます。主はいつでも信じる者を守ってくださいますので、主の約束通り、「生めよ。増えよ」という戒めを実行していきましょう。
20節には不思議な事が書かれています。逃げるのが冬にならないようにと書かれています。寒いからでしょうか?それもあるかも知れませんが、イスラエルの一年の終わりは夏です。その季節がずれることがないようにとの事ではないかと思います。そのためにイエス様がしなさいと言われていることがあります。それを阻止するために私たちができることはこのみことばによると何でしょうか?この大患難という時代がどれほどの事かをイエス様は教えてくださっています。また、そのようなどさくさに紛れて、人々がすることが書かれています。23節から26節にはどのように書かれていますか?選民をも惑わす力が働きます。気をつけましょう。みことばだけを信じましょう。
また、イエス様が来られる様子が27節に書かれています。それはどのようなものでしょうか?長い時間がかかりますか?それとも一瞬ですか?その日のために備えはできていますか?

・人の子のしるし:29-31節
この苦難の日から、さらに天体に及ぶさまざまな現象が起こります。これらは先ほどの苦難より先に来ることはありません。この時、地上の人々は悲しみながら、何を見ますか?そして、主は何をされますか?誰を集めますか?
これは大患難を通されて悔い改めたイスラエルの人々を指すと思われます。では、私たちは一体どうなるのでしょうか?この大患難の前に、イエス様が私たちを途中まで迎えに来て下さり、私たちは引き上げられるのです。一人でも多くここに招かれるよう、祈りましょう。

・滅びるもの、残るもの:32-44節
イエス様は何からたとえを学べと言われていますか?このくだものはイスラエルを指しています。「うなじがこわい」と言われているイスラエルが柔らかくなり、イエス様を受け入れる土壌が整ったとき、夏、すなわち終わりが近いことがわかります。これらをみたらイエス様がすぐそこにまで来られている事がわかります。
35節には、滅びるものと残るものがあります。それぞれ何ですか?私たちは今から残るものを選び取っていきたいものです。
36節は非常に重要です。よく「イエス様は○○年の○月○日に来る」と言う人がいますが、100%嘘です。なぜならイエス様ご自身がこのように言われているからです。その人はイエス様以上の人なのでしょうか?惑わされてはいけません。その日は誰だけが知っていると書かれていますか?それ以上は悪いことです。ですから、イエス様がいつ来られるかを熱心に探り求める以上に、イエス様との関係を深めることを熱心に求めることをお勧めします。
また、この世の終わりのことをある人物のある出来事にたとえています。それは何ですか?その箇所を思い出して読み返して見ましょう。そのために42節で、どうしろと書かれていますか?それはなぜですか?

・忠実な賢いしもべ:45-51節
イエス様は世の終わりのしめくくりでひとつのたとえを話されます。これは何を意味しているのでしょうか?主から賜ったものを管理することです。ある者は教会の牧者として教会をこのようにする必要があるでしょう。ある者は家族、ある者は仕事や勉強、ある者は自分自身かもしれません。主は私たちに多くのものを任せて下さっています。「主はまだこられないじゃないか」と言って不忠実になることがないようにしましょう。主は来られるときには突然来られるのです。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

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