聖書通読クラブDay 236

聖書通読クラブDay 236【エレミヤ書 34章〜36章】

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シャローム!

今日の箇所は、昔会ったテレビ番組で「よい子、悪い子、普通の子」のような構造になっています。みことばへの反応がそれぞれ違っています。
私たちはどうでしょうか。みことばにであったとき、どのような反応をするでしょうか。今日のみことばから、受け取っていきましょう。

今日の通読箇所:エレミヤ書 34章〜36章

■アウトライン

●中途半端な信仰:34章
  ・ゼデキヤへのことば:1-7節
  ・奴隷解放:8-22節

●忠実な信仰:35章
  ・酒を飲みなさい:1-11節
  ・命令は守られた:12-19節

●反抗的な信仰:36章
  ・悪の道から立ち返るかもしれない:1-8節
  ・首長の前で読まれる口述の書:9-20節
  ・焼かれる口述の書:21-32節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【34章】中途半端な信仰

・ゼデキヤへのことば:1-7節
この時はゼデキヤが王の時代です。彼の治世の第九年にバビロンに反逆しました。そして、バビロンが征服した国々も一緒になってエルサレムに攻めてきています。その時、主がエレミヤを通してゼデキヤに語っています。ゼデキヤはもしかしたら奇跡的に自分たちは助かるかも知れないと思っていましたが、主は「そんなことはない」とはっきり仰せられます。「あなたの目はバビロンの王の目を見、彼の口はあなたの口と語り」とあるように、ゼデキヤが直接バビロンの王と対峙することが書かれています。すなわち、神のさばきは免れないと言うことです。
ローマ2:3には「あなたは、自分は神のさばきを免れるのだと思っているのですか。」とあります。
ゼデキヤは死にますが、彼の死を悼む者がいるということで、ゼデキヤはわずかな慰めを受けます。エホヤキムは彼のしかばねを悼む者はいませんでした。
7節を見ると、ラキシュとアゼカを攻めています。エルサレムの陥落が近いことを知ることができます。

・奴隷解放:8-22節
神の民は定期的に奴隷が解放されなければなりませんでした。出エジプト21章に書かれています。しかし、ユダはそれをずっと行ってきませんでした。そこでゼデキヤが民にこの事を勧め、奴隷解放宣言を出しました。しかし、実際に行った後彼は心を翻しました。出エジプトさせた後のパロのようです。
このことから、ゼデキヤは熟考しないで物事を決断していたかも知れないと言うことがわかります。自分の国が攻められている苦しいときは神様に頼って、そうでないときは神様と関係ないような生活を送っている様子がうかがえます。
神様に従っているようにみせかけて、その実そうでない生き方を神様は嫌われます。
12節からを見ると、主はゼデキヤを評価しています。七年目の奴隷解放に関して、先祖は行わなかったけれども、ゼデキヤは行ったからです。この点は評価されましたが、その後の心を翻した事に関しては責めておられます。心を翻すことは主の名を汚すことになるからです。
マタイ21:29-31を見てみましょう。「兄は答えて『行きます。お父さん』と言ったが、行かなかった。それから、弟のところに来て、同じように言った。ところが、弟は答えて『行きたくありません』と言ったが、あとから悪かったと思って出かけていった。ふたりのうちどちらが、父の願ったとおりにしたのでしょう。」彼らは言った。「あとの者です。」イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。取税人や遊女たちのほうが、あなたがたより先に神の国に入っているのです。」
エレミヤに戻りますが、17節で主はゼデキヤのしたことに報いられます。彼が奴隷を解放しなかったので、ゼデキヤが死ぬことで奴隷が解放されるだろうと言われます。
ゼデキヤはアブラハムが行ったように、子牛を真っ二つに裂いてその間を通る契約を結んでいます。この契約を結び、破った者はこの子牛のようになるという契約です。
主はいつでもバビロンによってユダとエルサレムを滅ぼす用意ができていましたが、彼らが悔いあらためることを忍耐して待ってくださっていました。しかし、彼らは悔いあらためることはありませんでした。それで、神様はバビロンを用いて彼らを破壊し、再び建て直されるのです。

【35章】忠実な信仰

・酒を飲みなさい:1-11節
この時にはエホヤキムの時代に戻っています。レカブ人の家に行き、王の宮の一室に集めています。このレカブ人のルーツはモーセの妻、チッポラの父にあります。彼らはミデヤン人ですが、モーセを荒野で道案内しました。それから彼らはイスラエルと共に行動し、ケニ人と呼ばれるようになります。イスラエルの民と同じヤハウェなる神を信じる人たちです。彼らはその後、定住生活をせず、遊牧生活をします。それゆえ、彼らは偶像礼拝からも守られました。
そして北イスラエルがアハブによってバアル信仰を取り入れた時代、主はエフーを用いて聖められました。このエフーを迎えに来たのがケニ人から出たレカブ人のヨナダブです。
このヨナダブがぶどう酒を飲んではならないことや家を建ててはならないことを言い残し、それを守っています。そのような彼らにぶどう酒を勧めましたが、彼らは先祖の言い伝えを守ります。住む所がなくなったので、一時的にエルサレムに非難している状態です。

・命令は守られた:12-19節
なぜ主は突然レカブ人を登場させたのでしょうか。彼らの忠実さをエルサレムの住民に示すためでした。レカブ人は神ではない、人から出たことばをこの時まで守っていました。一方、エルサレムの住民は神の御口から出た事を守っていません。主はこの二つを対比されています。レカブ人は主の民ではありませんが、忠実にイスラエルの神への信仰を守りながら、イスラエルの民と共に暮らしています。この従順さから私たちも多くのことが学べるでしょう。

【36章】反抗的な信仰

・悪の道から立ち返るかもしれない:1-8節
時代は再びエホヤキムの時代になっています。彼の第四年目なので、ネブカデネザルがバビロンの王となった年です。また、エジプトがバビロンに敗れた年でもありました。バビロンが大きくなり始める年です。
エレミヤに、ヨシヤの時代から今までの預言を書き記せという主のことばがありました。約22年分の預言です。この時の預言がまとめられ、後にバビロンにいたダニエルはこのエレミヤを読んだとき、エルサレムの荒廃が70年であることを知りました。このように聖書が口伝ではなく、書き記されて残されていることを感謝します。
この時、エレミヤは監禁されていましたので、バルクを呼び、エレミヤの口述に従って主のことばをことごとく巻き物に記しました。
そして、断食の日にそれを読み聞かせることを申し送りました。エレミヤは監禁されて不自由でしたが、このような方法をとってみことばが伝えられます。パウロも同じような働きをしました。捕らえられていましたが、その時に多くの手紙を残しました。不自由なのは環境ではなく、私たちの心が自分を不自由にしているのです。

・首長の前で読まれる口述の書:9-20節
上の出来事から約1年が経っています。バルクが語り、それをミカヤが聞いています。それを聞いたとき、彼らはみな互いに恐れました。この時代にこのように、みことばを聞いて恐れる者がいることを感謝します。
あまりの力強い神のことばに圧倒され、それはどのようにして書かれたのかと尋ねます。バルクはエレミヤのことばを自分が記したと伝えます。すると首長たちはバルクとエレミヤに身を隠すことを勧めます。

・焼かれる口述の書:21-32節
ここで驚くべき事件が起こります。王は読まれた神のことばを暖炉の火で焼き、小刀で切り刻みます。そして、先の首長たちが忠告したとおり、バルクとエレミヤの殺害を命じます。しかし、主が彼らを隠されます。さらにエレミヤを最後まで守ってくださいます。
ここで考えたいのが、どうしてエホヤキムはこれほどまでに神のことばを嫌ったのかということです。
その原因の一つは、断食までさせてバビロンから救われることを強く信じていたのに、神のことばはそれと正反対の事を言っていたからです。誰でも、意見を真っ向から否定されると良い気分はしません。しかし、相手は神様です。エホヤキムは神様に対して腹を立てたのです。つまり、自分の意見の方が正しいと思っていました。これを聖書では高ぶりと言います。
私たちもこのような考え方をしていないでしょうか。「聖書はそう言うけど…」と言っていないでしょうか。聖書は絶対的な権威をもっているものです。常に聖書が正しいのです。自分の都合を違うことをみことばが語ったとしても、私たちは従順な心を持ってみことばに従っていきたいものです。
せっかく1年もかけて作られた巻き物が焼かれてしまいました。しかし、その後に主はエレミヤに語られます。その内容はもう一度その書物を作りなさいと言うことです。神のことばはどのような事があっても亡くなることが無いと言うことを知ることができます。
そして、神のことばをさげすむ者にはその報いがあります。エホヤキムの死体は野ざらしにされます。息子のエホヤキン、妻や周囲の人々は捕らえ移されます。
ここまでのまとめとして、みことばに対する三人の反応を見ることができます。まず、ゼデキヤ王です。彼の特長は中途半亜です。みことばを聞いているようで自分の都合に合わせて守ろうとしたり、自分に必要なくなったら守らないというものです。そして、次はエホヤキムです。神のことばに対して真っ向から拒絶し反対する態度です。そして最後はレカブ人です。主に対して従順となり、主のことばをそのまま聞きます。また、それを忠実に守ります。信じるすべての人がレカブ人のようなみことばの聞き方をすることができますように。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

1件のコメント

  1. 自分の姿がエホヤキム王のようだと思いました。レカブ人のように主に素直に従うことができるように祈ります。

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