聖書通読クラブ Day 198

聖書通読クラブ Day 198【伝道者の書 4章〜6章】

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シャローム!

人は生きていくために働かなければなりません。石川啄木は「働けど働けど猶(なお)わが生活(暮らし)楽にならざりぢっと手を見る」と書きました。みなさんはどうでしょうか?働いてもなかなか暮らしが楽にならないと思いませんか?
しかし、たとえ富を溢れるほど得たとしても、またそれなりの悩みがあるようです。私たちにとって何が幸いなのでしょうか。それは、主を恐れる生き方です。神から離れて行うことはすべてがむなしいものです。私たちはイエス様を信じるという恵みに導かれました。この地上で最も幸いな生き方が許されています。今日もみことばから主の素晴らしさを教えていただきましょう。

今日の通読箇所:伝道者の書 4章〜6章

■アウトライン

●人と人の間に主を:4章
  ・人間同士のねたみ:1-4節
  ・三つ撚りの糸:5-16節

●生涯をくよくよ思わない:5章(1-20節)

●人の労苦は自分の口のため:6章(1-12節)

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【4章】人と人の間に主を

・人間同士のねたみ:1-4節
いじめは根深い問題です。普通、「いじめ」と聞くと真っ先に思い出すのは学校でしょう。どうすればいじめをなくすことができるのでしょうか。そのような授業が学校で行われますが、一向にいじめはなくなりません。一体どうすれば良いのでしょうか?それは、まず大人からいじめをなくすことです。大人の世界にもいじめはあります。国民から選出された国会議員の中ですらあったりします。もしかしたら、教会の中ででもあるかも知れません。
かという私も、小学校の頃にいじめの加害者にも被害者にもなったことがあります。今、心が痛むのは加害者になった時の事です。その時はクラスの女の子の消しゴムを隠してしまったのです。小さな事に思えるかも知れませんが、本当に申し訳ないことをしたと今でも心が痛みます。一方、下校時に石を投げられたりしたのですが、その時のことはそれほど覚えていません。
このような状況でしいたげられている方の涙を主はご存じです。しかし、問題は多くの人が主を知らないと言うことです。このような状態になるのであれば、むしろ生まれない方が良かったとすら言っています。いじめは難しい問題です。根深い問題です。私たちの中にある罪、または罪の性質が顔を出す所です。ですから、本当にイエス様が必要です。主よ、この世からいじめをなくしてくださいますように。特に、虐げられている方を救ってくださいますように。虐げている者に悔い改めの心を起こさせてくださいますように。

・三つ撚りの糸:5-16節
先には虐げを見ました。ここでは人間同士のねたみが出てきます。どのような時にねたみが出てくるかというと、仕事で成功したときです。人々は様々な動機で仕事をします。最も良い動機は主のためということでしょう。次には社会のためでしょう。ちなみに、すべての仕事は社会貢献だと私は信じています。なぜなら、働けば収入も得ますが、同時に税金を支払います。その税金で誰かが支えられます。また、収入を得ると言うことは、何かに対する対価が支払われている事です。金銭というメジャーを使ってありがとうを受け渡ししているのが仕事です。ですから、働くだけでも誰かの役に立っていると信じます。
話をみことばに戻します。ソロモンは仕事の動機が人間同士のねたみだと言うことを見ました。社員数や事業規模、資本などが自分の方が優れているという争いです。
ソロモンは、一生懸命に仕事だけするのではなく、適度に休み、適度に働くことを勧めています。現代ではそれを「ライフ・ワーク・バランス」と言ったりするのでしょうか。ソロモンの時代にすでにそれに勝る考えがありました。これが成功の秘訣でしょう。確かに、学生の頃、成績の良い友だちはよく遊ぶ子でもありました。オンオフの切り替えが上手なのでしょう。主に導いていただき、バランス良く生活していきましょう。
7節から、ソロモンは再びむなしさを見たとありますが、ここでは孤独のむなしさです。人々のねたみからひとりになり、ついには自分の為だけに働くようになり、自分が大変な状態になっていることにすら気づかなくなってしまっています。これは本当に辛い状態です。
ですから、ソロモンはこの事を語ります。9-12節を読んでみましょう。ふたりはひとりよりも勝っています。もちろん、ひとりの時よりも問題は多くなるでしょうが、それ以上に報いが大きくなります。どちらかが倒れてもどちらかが起こすことができます。ふたりで寝ると暖かいです。ひとりなら打ち負かされることもあるかも知れませんが、ふたりなら励まし合って立ち向かえます。もっと強力なのは、そこに主がご介入くださることです。そのようにして紡がれた三つ撚りの糸は簡単には切れません。人間関係の間に、いつも主にいていただきましょう。

【5章】生涯をくよくよ思わない

神の宮に行くときの心構えが書かれています。神の宮に行く目的は礼拝をささげるためです。いけにえをささげるためです。そして、神の御声を聞くためです。そのような場に進み出て、「あれがしたい、これがしたい、あれがほしい、これがいやだ」など、自分のためだけの事を願うならそれは愚かな行為だと言っています。
4節からは誓願のことが書かれています。主の御名によって願い、祈ったのにも関わらず、途中で都合が悪くなると「やっぱりやめた」といってあきらめてしまう過ちです。
たとえ、自分がやりたいことがあっても、主人に従うのが僕です。自分の意見よりも主人の意見を優先するのが僕です。私たちは自分の都合以上に、主が「はい」と言われたことに「はい」と言い、「いいえ」と言われたことに「いいえ」と言わなければなりません。
8節から、私たちの心には正義の心があります。ですから、貧しい者が虐げられていたら、それに対して正義の心が働きます。それで、上に立つ人をなんとかしてやりたいと願うかも知れませんが、そのことに驚いてはならないと書かれています。虐げる者にもさらに上に立つ者がいます。それを突き詰めれば、最も上に立つお方は神様に至ります。すべての上に立つ権威は神から来ているからです。そして、9節には王の働きが書かれています。それは農地を耕させることであると書かれています。いくら戦いが強くとも、食料がなければ負けてしまいます。食は生きていくために必要なものです。食物が豊かな国は自国の民が力をつけることができるだけでなく、余った食物を外国に輸出して儲けることができます。そして、畑を耕すことはとても地味な働きです。しかし、最後まで残るのは子のような地味な働きです。忠実な王のいる国は幸いです。
10節からは富について教えます。箴言でもお伝えしましたが、金銭自体は悪くありません。金銭を愛することがあらゆる悪の根です。お金は金属か紙でできています。紙の原材料は木材です。つまり、お金は偶像になり得ます。しかし、あらゆるものの価値の交換に、お金はとても便利なものでもあります。だからと言って富を集めすぎたなら、これはこれでまた問題が起こります。
13節、富はまた時に不幸という災いをもたらします。何も持っていなければ起きることのない争いが起こります。例えば遺産相続です。少額の遺産であればそれほど争いは起こりませんが、どんなに中の良い家族でも、遺産の額があまりに多いとそのことで争いが起こる可能性があります。私たち人間は裸で生まれてきて、裸で死んでいきます。天の御国に経済を持っていくことはできません。たとえ持っていくことができたとしても、地上で価値のある金が天国では道路の材料です。見渡す限り宝石だらけです。地上の宝は天ではそれほど価値のない者なのかも知れません。天の御国では、困難の中でもどれだけ主を愛したかによって価値が計られます。
そして最後の部分、18節からで注目したいのは20節です。「こういう人は自分の生涯のことをくよくよ思わない」とあります。素晴らしい生き方です。私たちはくよくよ生きなくて良いのです。主は取られるときは取られます。また与えてくださるときには与えてくださるお方です。ですから、私たちは思い煩わず、主の素晴らしさを仰ぎ見て、心配を主にお委ねしてキリストで心をいっぱいにしていきましょう。自分のたましいに言ってあげましょう。「くよくよする思いよ。お前は私にふさわしくない。イエス様のお名前で私の人生から出て行きなさい。」と。

【6章】人の労苦は自分の口のため

ソロモンは沢山の富を得ていました。そのことでもう一つ悪があると言いました。それは富で楽しむことをせず、それを外国人に与えると言うことです。今ではM&Aという企業間の買収があります。中には家族が大切な思いで創業した企業が外資系の会社に買収されることもありません。一般的に考えるとそれはとても喜ばしいことでありますが、思い入れのある家族にとっては自分たちで築き上げたノウハウや顧客を全く関係のない人に持っていかれるようなものでしょう。
このように築き上げた富が外国人の手に渡ってしまうなら、生まれなかった方が良かったと言っています。
7節からを見ると、人の労苦はみな、自分の口のためだと書かれています。資産家にインタビューした記事を読んだことがありますが、彼らは富がありすぎて、何にお金を使って良いかわからないそうです。ですから、結局おいしいものを毎日食べたりしますが、それでも満足できないそうです。では、何で心が満たされるかというと、困っている人にお金を配ることだそうです。それほどの資産家になってみたいと思ったりしますが、それはそれで大変なのでしょう。かつてはそのような人も向上心があり、満たされない思いを仕事にぶつけていたのかも知れません。それで成功しても、やっぱり心はむなしいままです。すべての人にイエス様が必要です。
また、そう出なくても人は「今のままではだめだ」と思い、成長しようとします。そのことは素晴らしいことです。しかし、神様を見失う向上心は自分を滅ぼします。そして、その欲望は決して満たされることはありません。私たちを満たすことができるのはただイエス様だけです。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

1件のコメント

  1. 主が心を満たしてくださることを感謝します。
    心配を全て主に委ねることができるように祈ります。

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