聖書通読クラブ Day 93

聖書通読クラブ Day 93【サムエル記 第二 13章~15章】

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シャローム!

家族は一致すればとても強力な共同体ですが、すれ違いがあったらこれほど苦痛なことはありません。
揺るがないダビデ王朝のように思えますが、それは内側から徐々に崩れていってしまいます。息子によるクーデターにダビデはどのように対応するのでしょうか。私たちはそこから何を学べるのでしょうか。
今日もみことばから教えていただきましょう。

今日もみことばから教えていただきましょう。

今日の通読箇所:サムエル記 第二 13章~15章

■アウトライン

親子の争い

●悲劇の連鎖:13章
  ・非常に悪賢い男の助言:1-6節
  ・妹への暴力:7-14節
  ・愛情の裏返し:15-19節
  ・何もしない家族:20-22節
  ・アブシャロムの策略:23-27節
  ・アムノンへの復讐:28-29節
  ・虚偽の報告:30-33節
  ・アブシャロムの逃亡:34-36節
  ・アムノンを悲しむダビデ:37-39節

●アブシャロム:14章
  ・知恵のある女の変装:1-7節
  ・女のための命令:8-11節
  ・王様に話してみよう:12-17節
  ・ヨアブの指図:18-20節
  ・引きこもるアブシャロム:21-24節
  ・アブシャロムの美しさ:25-27節
  ・王の顔を拝したい:27-33節

●子の謀反:15章
  ・イスラエル人の心を盗む:1-6節
  ・謀反の計画:7-12節
  ・王の逃亡:13-18節
  ・一緒にイタい:19-23節
  ・神の箱を持ち帰る先見者:24-29節
  ・泣きながら登る:30-31節
  ・フシャイの伝言:32-37節

(1)通読のために心を整える

心を静めて、知恵と啓示の御霊をお迎えしましょう。

(2)通読

今日の通読箇所をまず音読しましょう。

(3)自分なりの受け取ったことをノートに書き記す

コラムを読む前に、自分なりに受け取ったことをノートにまとめてみましょう。

(4)コラムを読む

コラムを読み、質問の答えを考えてみましょう。

■コラム

【13章】悲劇の連鎖

・非常に悪賢い男の助言:1-6節
1節で「その後」とありますが、これはダビデとバテ・シェバの間にソロモンが生まれ、アモン人を征服した後です。
ダビデは多くの子孫を残すため、沢山の妻を迎え入れました。それが徒となってしまいます。
ここでの登場人物の整理をしておきましょう。アブシャロムはダビデとゲシュルの王の娘との間にできた三男です。その妹がタマルです。
長男は異母兄姉、イズレエル人アヒノアムの子アムノンです。このアムノンが調子ですので、ダビデの王権を継ぐ予定です。
アムノンは異母兄妹のタマルを愛してしまいました。律法でも禁じられている恋です。
しかし2節にあるように、何もできないと考えました。イスラエルの民は未婚の男女同士の接触を避けます。同性同士であつまり、お互いの聖さを守ります。また、親もそのように子どもを教育します。
そして、どのような理由があっても、妹であっても裸を見ることは赦されません。レビ20:17を見てみましょう。
さて、禁じられた恋心を持っているアムノンに悪い友達が入れ知恵をします。仮病を使って妹タマルを自分の寝室に呼び寄せる作戦です。
  
・妹への暴力:7-14節
ダビデは子どもには甘いように見えます。ここであっさり許可しています。もし、ここでなぜそうなったのか、子どもの言うことに耳を傾けていれば、悲劇は防げたかもしれません。もし、本当に子どもたちに心から接していれば、様子がおかしいと言うことに気づいたかもしれません。みなさんも子どもの小さな変化に気づくことができますように。
また、なぜアムノンはこのようになってしまったのでしょうか。それは母の影響も大きいと思います。イスラエルでは子どもの教育を担当するのは母の役目です。父はそれが守られているかどうかを確認し、道からそれていたら正す役割があります。
ダビデは異邦人の妻を多く持っていました。忙しい王の仕事もありましたので、子どもを見切れなかったのでしょう。
14節、非常に残念な事が起こります。イスラエルの今までの歴史でもなかった強姦事件です。

・愛情の裏返し:15-19節
アムノンはタマルを愛していたのでしょうか。これは単なる恋です。良く「恋は下心、愛はまごころ」と言ったりします。アムノンは自分の性欲を押さえることができなかっただけです。どうしてそういうことが言えるのでしょうか。15節を見てみましょう。
むさぼりの罪です。至極自分勝手です。自分の欲が満たされたらそれで満足でした。
かわいさ余って憎さ百倍というのはまさにこの事でしょう。アムノンはタマルの言うことに耳を貸そうともせず、追い出してしまいます。そして、自分の罪をなかったことにしようとします。ダビデのバテ・シェバの時の性質が見え隠れします。
かわいそうなタマルは灰を被り、乙女のしるしである長服を裂き、声を上げて泣きました。

・何もしない家族:20-22節
タマルは兄アブシャロムの家でさみしく暮らしました。イスラエルの恥だからです。加えて、アブシャロムはアムノンにこの事がいいとも悪いとも言いませんでした。
ダビデもこの事を聞き、怒っただけで実際には何もしませんでした。
子どもは時に、親の目を見ながら悪いことをします。どこまでやれば叱られるのかを試しているのです。叱られたところで子どもは「あ、ここまでやってはいけないのか」と学びます。そして、時には叱られることで愛情を感じることもあるでしょう。
ダビデはアムノンに対してこの事をしませんでした。王としては立派だったかもしれませんが、父親としては不十分でした。

・アブシャロムの策略:23-27節
ここでは羊の毛の刈り取りが出てきます。覚えていますか?サムエル記第一25章でも出てきましたが、羊の毛の刈り取りはお祝いの日です。息子のアブシャロムは父ダビデにお祝いに来て欲しいと招きますがダビデはやんわりと断ります。
それならばと兄のアムノンをよこせと言います。これはアブシャロムの策略です。ずっとタマルの事でずっと持っていたうらみを晴らすタイミングを待っていました。

・アムノンへの復讐:28-29節
そして、宴の中で事は実行されます。アムノンが殺されます。それを見た王の息子たちは、次は自分が殺されるかもしれないと思い、一目散に自分の馬に乗って逃げました。

・虚偽の報告:30-33節
ダビデ家の一大事件です。ダビデの所に第一報が届きます。30節の内容を見てみましょう。これは本当でしょうか?
ところが先にアムノンに悪知恵を入れたヨナダブが今度は本当の事をダビデに伝えます。おそらく、内部事情をよく知っていたからでしょう。あと、自分のせいでこうなったという負い目もあったのかもしれません。

・アブシャロムの逃亡:34-36節
アブシャロムは逃げます。ヨナダブが言ったとおり、王子たちは生きていました。そして、ダビデの所に来て泣きました。

・アムノンを悲しむダビデ:37-39節
ダビデは子どもたちを愛していました。いつまでもアムノンの死を悲しんでいます。しかし、子どもに対するしつけはしていませんでした。どうしてダビデはこのような不器用親父だったのでしょうか。これは私の推測なので吟味が必要でしょうが、ダビデの育った環境だったのではないかと思います。
ダビデは8番目の末っ子として、他の兄弟とは別にされていました。外で羊の番をし、あきらかに他の兄弟と違う生活をさせられていました。そこで父の愛を十分に受けていなかったのかもしれません。父の愛の叱責を受けてこなかったのかもしれません。
人は経験したことを教えることができます。逆に経験していなければ教えることは難しいことです。子育てはダビデの弱さの一面だったのかもしれません。
しかし、親から十分な愛を受けていなかったとしても、神様を愛し、神様に愛される器になっています。ここに希望があります。

【14章】アブシャロム

・知恵のある女の変装:1-7節
ダビデは子どもたちを愛していたのですが、上手な接し方がわからなかったのかもしれません。それを見かねたのか、家来のヨアブが動きます。
ダビデは知恵のある女性によって助けられる器なのでしょうか。ヨアブはテコアに人を遣わして、ひとりの知恵ある女性を招きます。
この賢い女性は王の前に行きます。正しいさばきを求めるためです。当時は王が難しい裁判を行っていました。この女性の訴えの内容を見ると、殺人の訴えです。故意的に殺したので逃れの町には行けません。ところがそうするなら、その家の名が立たれてしまいます。なかなか難しい問題です。
イスラエルでは名が絶えないよう、近親者が買い戻したり、様々な事をして名を守ります。ですからこれは大きな問題でした。
それにしても、これだけの内容を言える女性は相当律法に詳しく、また頭の回転も速かったのではないかと思います。

・女のための命令:8-11節
王はこの事で特別な命令を出すことを決断します。
その時です。女は王の心を探ります。女性ならではのアプローチです。そして、王は息子を救い出す石があると言う答えを引き出します。

・王様に話してみよう:12-17節
この賢い女性はナタンと同じようなアプローチをしています。例え話から核心に迫ります。ダビデの子どもたちの中に不和がありますので、この後のダビデ王朝の先は暗雲が立ちこめています。
ヨアブはその事を懸念して賢い女を遣わしたのです。
女は思いきって王に話します。なぜこのやもめには憐れみを示すことができるのに、自分の子どもにはそれができないのかと。

・ヨアブの指図:18-20節
ダビデの目も節穴ではありません。賢い女がヨアブによって遣わされたということを悟ります。それは事実でした。

・引きこもるアブシャロム:21-24節
ダビデ王はヨアブにアブシャロムを連れ戻すことを命じます。ヨアブは祈りが聞かれ、主に感謝します。
さっそくヨアブはアブシャロムを連れてきましたが、なんとそのまま引きこもってしまいました。作戦失敗です。
ダビデとすぐ近くにいるのに顔を合わすことがない。なんとつらいことでしょうか。これなら遠くにいた方がまだあきらめがつきます。
もしダビデが本当にアブシャロムを愛していたのなら、自ら出て行って息子を抱きしめるはずです。ダビデは何を恐れていたのかそれができませんでした。不器用親父です。

・アブシャロムの美しさ:25-27節
さて、アブシャロムですが、絶世の美男子でした。足の裏から頭の頂まで非の打ち所のないほどのイケメンです。一度見てみたいですね。
彼は一年間で約2キログラムも髪の毛が伸びました。

・王の顔を拝したい:27-33節
アブシャロムは、なんと自分の娘に妹のタマルという名をつけました。それほど妹を思っていたのかもしれません。
しかし、彼はエルサレムに二年間も住んでいましたが、ダビデとは一度も顔を合わしていませんでした。悲しいことです。
さすがに気になったアブシャロムは、父の気を引くためにヨアブを呼びつけようとしますが、二度断られます。
父のアテンションを欲しいがあまり、アブシャロムはヨアブの畑に火をつけます。不器用な息子です。素直に父のところに行けばいいものを、それができませんでした。
しかし、ついにこの放火事件がきっかけでアブシャロムは父ダビデの前に行きます。実に5年ぶりです。
一見、麗しい和解に見えますが、実はそうではありません。アブシャロムは強引に父の注意を引きつけ、会いました。しかし、この事がかえってアブシャロムのくすぶっていた心に火がついてしまいます。父に対する憎悪の思いがメラメラと燃えてしまったのです。

【15章】子の謀反

・イスラエル人の心を盗む:1-6節
1節で、アブシャロムは戦車と馬、自分の前を走る者50人を手に入れたとあります。これはいわばパフォーマンスです。軍事パレードのようなものです。その証拠に「自分のために」とあります。
そして、彼の美貌を使ってある作戦に出ます。人々の心に不満を抱かせ、ダビデ王に対する信頼を失わせています。そして、自分の方が正しいさばきができると言っています。
人々の苦しみをうまく利用して、人々の心を奪っています。

・謀反の計画:7-12節
ここでは、アブシャロムは「自分は霊的にも優れている」と言うことをアピールします。礼拝という名目で、その実は父への反逆の備えをします。
アブシャロムは間違ったことを行っているのでしょうか。確かに間違っているでしょうが、彼の中では彼の正義が会ったと思います。人の行動は目的があり、その人の中の正義がその人を動かします。
極端な例ですが、殺人犯には殺人犯の正義があるのです。(それは許されることではないですが)
では、アブシャロムの問題は何だったのでしょうか。それは自分が一番正しいと思い込んでいたことです。現代の霊的指導者がこのような状態になると、その集団はカルト化してしまいます。
自分の正しさを主張するあまり、みことばとずれたことを平気で言ったり、難の根拠もない陰謀論をさも真実かのように平気で講壇から語ったり、「これは絶対に人に言わないで」と自分たちだけが知っている特別な情報だと言って一部の人にあること無いことを言ったりする特徴があります。
なぜそのようになってしまうのでしょうか。原因は様々でしょうが、おそらく自信が無いのだと思います。だから、人間的な力でなんとかしなければならないと思って人の人気をつなぎ止めるためにそのようにしてしまうのでしょう。
この事は一見「霊的」に見えますが、それはそのように装ってるだけです。その中心は自分です。気をつけましょう。
10節を見ると、更にアブシャロムは巧妙に働いています。イスラエルの心を奪っていたのでこの事は容易でした。角笛が鳴ったら「アブシャロムがヘブロンで王になった」と言わせます。
人の力で自分を王にしようとしています。本来はこれは主が引き上げてくださるポジションです。
そして、アブシャロムは何も知らない200人を連れていきます。全くもって滑稽です。はだかの王様のようです。そこまでして父への憎悪を実現させようとしています。王座を奪うためにあらゆる手を使って「自分はすごいんだぞ」とアピールしています。その根源は「私を愛して欲しい」という願いでした。
このアブシャロムの謀反に乗っかる人物もいました。アヒトフェルです。彼はバテシェバの祖父です。だから、ウリヤの件で、ダビデに対して苦みを持っていました。

・王の逃亡:13-18節
親子の断絶です。本当に悲しいことです。もしこのままダビデが王権に固執していたらどうなるでしょうか。親子の全面戦争が起き、多くの人の血が流されます。
ダビデはそのような事をなんとでもして避けたいと考え、自ら王座から降り、逃げることを決断しました。ダビデは平和を追い求めました
王の家来、家族はダビデと一緒に逃げる決断をします。苦渋の決断でしょう。

・一緒にイタイ:19-23節
イスラエルが二つに割れます。ダビデにつくもの、アブシャロムにつくもの。イスラエルに分裂の霊が働いています。
その中で、王の家族でもなく、イスラエルの民でもない、異邦人がダビデについて行きたいと言い始めます。その代表がガテ人イタイです。この事を見るとき、イエス様がヨハネの福音書6章で「わたしの血と肉を食べなければ救われない」と言われたとき、多くの人が「これはひどい」といって離れていく場面を思い出しました。
主についていく者、離れていく者に分かれました。イエス様について行くことは簡単ではありません。十字架の道を通されます。しかし、その先には永遠のいのちがあります。
いかにも目に麗しい、楽しそうな理想郷はこの地上には存在しません。どこに行こうとも、労苦はその日その日に十分にあります。
アブシャロムについていく者は新しい考え、華々しい力に満ちた派手なものに目が引かれるかもしれません。しかし、アブシャロムについていく者は一時的な栄光しかありません。ロトのようです。
主に従う者は地味でいばらの道を歩むかもしれませんが、そこに主の慰めがあると信じます。

・神の箱を持ち帰る先見者:24-29節
祭司ツァドクはダビデがいのちをかけて取り戻した神の箱も一緒に持っていこうとします。しかしダビデは神の箱をエルサレムに戻すことを命じます。ダビデには「主は私を必ずここに戻してくださる」という信仰がありました。今が一時的な苦しみであると言うことを知っていたのです。

・泣きながら登る:30-31節
主を信頼していながらも、現実に心が折れてしまいそうなダビデに更に悲報が届きます。優れた議官、アヒトフェルがアブシャロムの謀反に加担しているという知らせを聞きます。
ダビデはアヒトフェルの助言がどれほど素晴らしいかを一番知っていました。だから祈りました。「アヒトフェルの助言を愚かな者にしてください」と。これは霊的な空中戦です。なんと、これが現実のものとなっていきます。
ダビデの流した涙は主に覚えられています。

・フシャイの伝言:32-37節
なんというタイミングでフシャイが来るのでしょうか。この後、このフシャイがアヒトフェルの助言を打ち壊す別の助言をすることになります。ダビデの短い祈りは主に届いていました。
私たちもこの短い祈りが必要です。時には「主よ」としか言えないかもしれませんが、それで十分です。瞬間的に祈る祈り、また長く祈る祈り、様々な祈りを引き続き主に教えていただきましょう。

(5)ノートに記す

文中の質問、また以下の質問の回答をノートに記しましょう。
 ・【観察】今日の通読箇所の内容を簡潔にまとめましょう。
 ・【観察】神様はどのようなお方ですか?神様のご性質や神様がどのように働かれるかを書きましょう。
 ・【観察】ここからどんな真理や教訓を学べますか?
 ・【適用】自分の生活にどのようにあてはめることができますか?
 ・【感謝】受けた恵みや感謝はありますか?
 ・【祈り】実行できるように祈りましょう。

(6)祈り

実行できるように、主に切に求めて祈りましょう。

(7)分かち合う

ページの一番下にある「コメントを残す」というところに、受けた恵みを分かち合いましょう。

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